農園便り

コナコーヒー農園便り 2015年3月号

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今シーズンのコーヒーの収穫がほぼ終わった。今シーズンは2012年に植えた海側の畑の収穫が始まったので、例年の倍以上の収穫となった。コーヒーの実は同時には熟さない。赤く熟した実だけを摘む。畑を一周して、3~4週間後には、最初の木に戻らなければならない。これを8月から3月まで繰り返す。今シーズンは11周した。

 規模を拡大したので、もはや夫婦2人では収穫できない。シーズン当初はフィリピンからの移民家族に手伝ってもらった。良い家族にめぐり合えてよかった。  

 とはいえ、農園主とピッカー(コーヒーを摘む人)では、利害が異なる。農園主は品質を高め利益を極大化も図る。赤い実だけを摘み、かつ、コーヒー畑の健康を保つような摘み方を求める。これに対し、ピッカーは楽な方法で多くの賃金を得ようとする。いかに農園主の期待に近い形でピッカーに摘んでもらうかが、農園主の腕の見せ所である。

 きれいに摘んで欲しいので、そのフィリピン人家族を始めて雇ったときには、時給で払った。すると、確かにきれいに摘むが、時間がかかりすぎた。休憩時間も長い。次は、摘んだ実の重さに応じて払うことにした。すると、今度は倍の速さで摘むが、未熟豆の混入が増えた。彼らが摘んだ実から未熟豆を取り除くのが私の係りなので、私が音を上げた。今度は、未熟豆は自分で取り除く事を彼らに課した。未熟豆の混入は格段に減った。未熟豆を取り除くと、作業が増えて、摘む量が減るが、好意的に協力してもらった。だが、コナで最も高品質を自負する私は、ピッカー達に、さらに10以上の要求事項がある。もちろん、そのため他の農園よりは高い賃金を支払っているが、こちらの要求基準を理解してもらい、その通りに作業してもらうのは、お互いの信頼関係やら、色々と難しい問題である。彼らも生活がかかっているので、損はしたくない。

 彼らの畑を収穫する際には、我々も行って手伝う。我々はただで摘むので、彼らの収入が増える。彼らの信頼を得るための努力を重ねた。

 さて、ある日の収穫中、午後に激しい雨が降った。2時間で50ミリ。相当の豪雨だ。黒いビニールのゴミ袋に腕と首の穴を開けて彼等に渡した。コナの農園では一般的な雨合羽だ。しかし、この豪雨では、さほど役に立たず、全身びしょぬれ。長靴も水であふれ返った。でも、彼らは文句を言わず、夕方まで摘んでくれた。ありがたいことだ。感謝のしるしに、帰りにワインを振舞い、その日は普段の倍の労賃を払った。だいぶ信頼を得てきたようだ。全幅の信頼を得る日はそう遠くないと喜びをかみしめた。

 そして、その日は突然やってきた。普段は4~5人なのに、その日は12人も来た。親戚総出。昨年来の抗癌治療で仕事を休んでいる人まで来た。しかも、皆、笑顔で気持ちよく働いてくれた。普段は私がしている雑用も進んで手伝ってくれた。これだ!私が求めていたものは。ついに彼らと私の目標が一致し、完璧な調和が訪れた。

 午後になると、冷たい風が吹いてきた。一人が寄ってきて、満面の笑顔で「雨が降り始めたね」とささやいた。すると、大粒の雨が。先日の様に、ぬれては気の毒。作業の中止を宣言した。だが、誰も止めない。前回とは違い、今回は全員がゴミ袋を持参し着込んでいる。笑顔の謎が解けた。彼らは知っていたのだ、雨が降ることを。餌をついばむ鳥のような目をして、ひたすら摘み続けた。もちろん、倍の給料を期待して。

 雨模様の日が続き、連日大勢が来た。いっきに作業が進み、今月の収穫もあと一息の所まで来た。すると、帰りがけに、もう今月は誰も来られないと告げられた。仕方がない。翌日からは妻と二人で摘んだ。数日ぶりにカラッと晴れた気持ちの良い日だった。

 

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2015/03/02   yamagishicoffee

コナコーヒー農園便り 2015年2月号

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2012年に新しい農園のコーヒーの植え付けをした。まず、大型ブルドーザーで整地し、次に土壌流出を防ぐための芝生の種をまいた。畑のデザインを決め、植え付けのための穴を掘り、いよいよ苗木の植え付けをする。

 地面に直接、コーヒーの豆(種)を植えるのはダメ。育つのに時間がかかるし、大きくなる前に雑草に覆われて、育たない。

 50~60cmに成長した1歳半ぐらいの苗木を買って植える。コストを節約する為に自分で苗木を育ててもよいが、苗木が育つまでの2シーズンを無駄にする。つまり、収穫が始まるのが2年遅れ、その間、収入なし。結局、苗木を買ったほうが経済的に得だ。

 自分の畑より標高の低い場所で育てられた苗木が良い。逆に、標高の高い所(涼しく、曇りが多く、雨が多い)の苗木を標高の低い所(暖かく、晴れて直射日光量が多く、乾燥している)の畑に植え替えると上手く育たない。

 線虫のいない苗木を使うことが重用。線虫とは根に付く小さな生物で、コナには強烈な線虫がいる。根がこれに汚染されると、コーヒーの木は死ぬ。畑全体に広がると、その畑は2度とコーヒーを育てられなくなる。苗木業者は種を植える前に土を焼くなどをして、細心の注意を払う。信頼できる業者を選ぶことが肝要だ。

 ちなみに、コーヒーの木の下には豆が落ち発芽して勝手に生えてくる。これを他の場所に植え替えるのは厳禁。畑のどこに線虫が潜んでいるか分からない。土の中に住む線虫は早くは移動できない。ある木が汚染されても、隣の木まで移動するのに数年はかかる。しかし、やたらと植え替えると畑全体に線虫が拡散するリスクを負う。

 苗木を買ったら、いよいよ植え付け。コーヒーの根は真ん中に主軸となる太目の根がある。それが深さ1mほどまで伸びる。主軸の根が真っ直ぐ伸びるように植える。それが横へ伸びると、やがて枯れる。Jルートと呼ばれ、よくある問題だ。また、掘った穴には充分な深さがなくてはならない。すぐに固い大きな岩にぶち当たると、やはり枯れる。主軸の根の周りに産毛のような根が密集している。その細い根を少しほぐし、軽く切ってやる。すると植え付け後に、細い根が勢い良く成長する。

 頻繁に起きる間違えは、しっかり固定しようとして、深く植えすぎることだ。幹の根元の土のラインを、植え付け後も同じ位置に保つ必要がある。元々の幹の最下部が地中に埋まると、そこから腐って枯れてしまう。根が少し見えるか見えないか程度に植える。結構グラグラして不安だが、数ヶ月で苗木は自らを立派に固定する。

 最後に50~60cmの苗木の上の部分を切り取る。すると、植え付け後、そこから2本の縦幹が伸びてくる。幹1本よりも収穫量が増える。しかし、欲張って幹を3本も4本も伸ばすと、若い木には実が多すぎて枯れる。

 2,100本以上ある苗木を植えるのは、難儀な作業だった。大型の掘削機で開けた穴を人がつるはしとシャベルで深さと大きさを調節。畑のあちこちに、トラックで運んできて山盛りに積んである土をバケツで運び、穴を埋めて苗木を植えた。大層な力作業で、私には1時間以上は無理。若い男たちが数人やってきて、上半身は裸で、鍛え上げられた筋肉に大粒の汗を流しながら何週間も作業をした。妻はかつてNYで働いていた頃、「肉体の貧弱な日本人とは違って、ニューヨークの男はスーツが似合うね」と言っていたが、今度は「ここの男達の裸は立派ね。やっぱりハワイは楽園だわ」とうっとり。

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2015/02/04   yamagishicoffee

コナコーヒー農園便り 2015年1月号

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 ナッツリターン事件が話題となった。大韓航空の副社長が自社便のファーストクラスに搭乗した際、出されたナッツの出し方に不満を持ち、飛行機を戻させ、客室責任者を飛行機から降ろさせた事件だ。その際に出されたナッツはマカデミアナッツで、事件後、韓国のオンラインショップではマカデミアナッツの売り上げが20倍に跳ね上がったそうだ。

 ハワイのお土産の定番と言えば、マカデミアナッツチョコレート(マカチョコ)だ。昔、日系人が考案したロングセラーだ。会社でお茶の時間に、白い恋人、かもめの玉子、萩の月、笹団子、うなぎパイ、八つ橋、もみじまんじゅう、カステラなどのお裾分けが来ると、ああ、誰かがあそこに行ったんだなあと、その場所がすぐに頭に浮かぶ。そういう意味では、海外旅行のお土産の定番でマカチョコに勝るものはないだろう。

 ハワイ産のマカデミアナッツの大部分が、ここハワイ島で栽培されている。ハワイ島には約700のマカデミアナッツ農家がある。ちなみにコーヒー農家も約700軒。そして、そのマカデミアナッツ農家の多くがコーヒー農家でもある。

 先月号に記したように、昔の日系人のコーヒー畑は列に植わっていない。溶岩を避け、植えやすい場所に植えたからだ。そして、多くの場合、コーヒーとマカデミアナッツが混ざって植えてある。最近の畑は大きな掘削機で溶岩を砕くので、コーヒーを列に植える。その中にマカデミアナッツがあると農作業の邪魔なので、マカデミアナッツは植えない。つまり、マカデミアナッツとコーヒーの混在した畑は日系人の古い畑に限られる。

 コナのティピカ種は品種改良されていないので、直射日光に弱い。フアラライ山麓のコナは午前のうちから山から雲が下りてくる。日差しが柔らかいので、日陰樹がなくともティピカ種は問題なく育つ。しかし、雲が下りてくる時刻の少し遅い標高の低い地域などでは、背の高いマカデミアナッツがあると、より直射日光が遮られる。一方、コーヒー相場は昔から値動きが激しい。昔の日系人はコーヒー畑にマカデミアナッツを植えることで、日陰樹として活用するとともに、収入の多角化を図った。マカチョコのお土産としてのブランド確立はコナの日系人コーヒー農家の収入の安定に大いに貢献した。

 しかし、近年ハワイ島のマカデミアナッツは不況産業だ。オーストラリア産のマカデミアナッツの方が安いので、マカチョコ用のハワイ産への需要は減少。頑固にハワイ産にこだわる良心的なマカチョコ業者もあるが、多くは豪州産に変わってしまった。

 原料のマカデミアナッツは豪州から、ココアはアフリカから輸入して、ハワイで加工する。確かに加工する場所はハワイなので、メイド・イン・ハワイと表示され、ハワイアン・マカデミアナッツ・チョコレートが店頭に並ぶ。このハワイアンという形容詞はナッツにもチョコにも掛からない不思議な形容詞だ。それでも、日本からの観光客は喜んでお土産に買っていき、お土産をもらった人は、どこへ行ったかを聞かなくても、「ああ、ハワイに行ったのか。うらやましいなあ」と思う訳だ。誰も豪州のナッツとアフリカのココアの売り上げに貢献したとは思っていない。

 そういう訳でハワイ島でのマカデミアナッツの卸値はこのところ低迷したまま。日系4世・5世のコーヒー農家ではマカデミアナッツを切り倒す所が増えている。そこへもって、ナッツリターン事件を契機として、20倍に跳ね上がった韓国でのマカデミアナッツ特需。久々の明るいニュースだ。今後も韓国の財閥の子女が頻繁かつ定期的にマカデミアナッツ騒動を起こしてくれると、ハワイ島の経済もずいぶん助かる。

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2015/01/02   yamagishicoffee

コナコーヒー農園便り 2014年12月号

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2012年に新しい農園にコーヒーを植え付けた。まず、大型ブルドーザーで整地し、次に土壌流出を防ぐために芝生の種をまき、同時に土壌検査をした。芝の芽が出ると、いよいよ苗木の植え付けのための穴を掘る。その前に、畑全体のデザインを決める。

 畑の回りはトラックがぐるりと一周できるよう幅10mの道で囲んだ。次にコーヒーの木の間隔は5x11feetとした。現代の畑はコーヒーを列に植える。列と列との間が11feet(3.4cm)で、同じ列の隣どおしの木の間隔が 5feet(1.5m)である。

 一方、昔の畑は列に植えていない。世界のコーヒーは一般的には20~30年程度で植え替えるが、コナのティピカ種は例外的に長生き。100年以上もつ。日系1世が19世紀末に植えた畑が今でも残る。コナの土壌には溶岩がごろごろと混ざっている。昔は、溶岩を砕き、苗を植える穴を掘れるほどの強力な掘削機がなかった。人間の手とつるはしでの作業になる。よって、大きな溶岩を避けて、穴の掘りやすい場所を選んでコーヒーを植えた。大変な苦労だ。だから、木の間隔は広く、しかも不規則。その代わり、あまり剪定せず、枝を横と縦に大きく伸ばした。現代の世界各地の品種の多くがティピカ種を品種改良し、収穫作業がしやすいよう矮小化しているが、本家のナティピカ種は剪定しないと10m位に伸びる。昔は畑の斜面にはしごを立て摘み取りの作業をした。危険な作業だ。

 現代では写真のような大型の掘削機でガンガン穴を掘る。大きな岩があってもお構いなし、岩を砕くことによってコーヒーの根が岩の割れ目の間に入り込めるようにする。コーヒーはミネラル豊富な溶岩が大好きだ。

 列に植えると農作業の効率が格段に向上する。トラクターや芝刈り機が自由自在に畑に入り込める。昔のように45kgのずた袋を肩に担いで坂を上り下りしたり、腰をかがめて鎌で雑草を刈る必要がなくなる。灌漑用のホースを列に沿って敷設することで、容易に水遣りができる。それに加えて、ホースに液体肥料を溶かした水を流すことで、雨の少ない年でも、木を健康に保つことが可能で、収穫量も上がる。

 うちの山側の既存の畑は、6x9feet で植えてある。列と列との間が9feet(2.7cm)で、木と木の間隔が 6feet(1.8m)である。これはコナでは一般的なレイアウトだが、列の間が9feetだと、トラクターや草刈機が通るには少し狭い。よって、新しい畑は5×11 feetで列の間を11feetに広げた。単位面積当たりの木の本数が減るが、作業効率が上がる。木と木の間は5feetと通常の6feetよりは幾分狭くした。コナでは一本の木に4~5本の幹を伸ばすのが一般的だが、私の畑では3本に制限することにした。一本あたりの生産量は減るが、豆に栄養が行き渡り健康な豆ができる。その代わり、狭い間隔で木を多く植えることで生産量を補うわけだ。

 実際の作業は畑の斜面を横に横断する形で11feetごとにタコ糸を張った。これが列になる。それぞれのタコ糸には5feetごとにスプレー式のカラーペインターで地面に印を付け、掘削機がガンガン穴を掘る。その後、人がつるはしで穴の深さや大きさを調節する。そこに土を入れて、コーヒーの苗木を植える。これでできあがり。縦から見ても一直線、横から見ても一直線、斜めから見ても一直線の、幾何学的に美しい畑が出来上がった。

 古い畑の約1,350本は一郎・二郎・・・千三百二十五郎と名をつけたが、新しく植えた約2,100本も続けると、三千二百六十五郎などと、数が多すぎて、とっても間抜けな名前になる。名づけられたほうも、これでは可哀相だ。ここはひと工夫して、新一郎・新二郎・・・新千九百九十九郎・・と言う具合に、すっきりと名づけることとした。
 

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2014/12/03   yamagishicoffee

コナコーヒー農園便り 2014年11月号

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 新しい農園のコーヒーの植え付けは、まず、大型ブルドーザーで整地し、次に土壌流出を防ぐための芝生の種をまいた。それと同時に行うのが、土壌成分の検査だ。

 畑の土を数ヶ所から採取し、ハワイ大学の研究所のコナ出張所へ持っていく。研究所が土の中の栄養成分を計測して、コーヒー畑に適した成分にする為の改良策を提示してくれる。そのほかに葉の養分検査もしてくれる。コーヒーの木が育ち、実をつけるようになったら、葉を何枚か検査に送る。不足している栄養素を割り出し、その年、あるいは翌年に肥料としてあげるべき栄養分を教えてくれる。便利なサービスだ。

 昔から、ハワイ大学の研究員がコナに常駐して、コーヒー農家のための知恵袋となっている。かつて、日系移民1世や2世の時代にはコナコーヒーの生産は盛んで、コナの研究所の日系2世・3世の研究者は世界のコーヒー研究の最先端だった。

 土壌検査では、窒素・リン・カリウムなどの主要栄養分やカルシウム、マグネシウムなどの微量栄養素量や塩分濃度のほか、pH値も計測する。

 コーヒーは火山性の酸性の土壌を好む。最適pH値は6.0。検査の結果、うちの畑はpH値は5.8とで問題なし。植物はそれぞれが好む最適なpH値から大きく酸性、あるいはアルカリ性に傾くと、いくら肥料をあげても栄養素を根から吸収できなくなる。だから、pH値は数年ごとに測ることが望ましい。

 コーヒーが実をつけるには大量の窒素とカリウムが必要。カフェインには窒素が含まれている。検査の結果、窒素は不足気味、カリウムは一年分は土の中にあることが分かった。コーヒーはリンをあまり必要としない。うちの畑には20年分以上のリンがあり、これを肥料として与える必要はないことが判明した。結局、土壌の改良は必要なく、苗木の植え付け後に、窒素、鉄分、カルシュウムを肥料とて与えることにした。

 さて、土壌検査のマニュアルには1カップの土を提出せよ書いてある。計量カップは日本とアメリカではサイズが異なる。日本では酒と米に180cc(一合)を使うこともあるが、おおむね200ccが標準だろう。一方、アメリカでは1カップは240cc (約0.5パイント)と連邦法で定められている。その証拠に、アメリカで買う日本製のカレーの箱には、調理法が日本語と英語で併記され、水は日本語では6カップ、英語では5cupsとある。

 ここはアメリカ、240ccの土を提出するのが筋。だが、私の妻は日本とカナダのハーフで、カナダでは1カップは250cc。敬意を表し、「少し多めに250ccを提出するから」と妻に見せた。すると、「アメリカ人にとって1カップといったら、普通マグカップ1杯でしょう」との答えが返ってきた。それじゃ倍じゃないか。ここで大激論となった。

「じゃー、料理の本に1カップとあったら、アメリカ人はマグカップを使うのか?」

「普通のアメリカ人は料理をしないから、そんな細かい決まりは誰も知らないわよ」

「研究所に出すんだぞ。科学者だぞ。そんないい加減じゃ科学は成り立たないぞ」

「アメリカは何でも大きいの。マグカップでいいじゃない」

「連邦法の規定だぞ。弁護士が法律を無視していいのか?」

 意地っ張りな私は250cc分を袋に入れて、車で30分先の研究所へ行った。土を提出すると、受付の女性は困り顔。こんな少量を持ち込んだ人は始めてだという。マニュアルを持ち出し再確認して、キッパリと「サンプルは1カップ必要です。これでは足りません」との返事が来た。どれくらい必要なのか問うと、机の上のマグカップを指差した。

 往復1時間。マグカップ分の土500ccを集めて、再提出した。

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2014/11/02   yamagishicoffee

コナコーヒー農園便り 2014年10月号

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 2012年に下隣の3エーカーの土地を買い増しコーヒーの苗木を植えた。まずは大型ブルドーザーで整地をした(先月号)。次は芝の種をまく。芝は畑の土の質を向上させる。日光で表土が熱くなるとコーヒーの木の根が弱るので、芝で表土を冷たく保つ。土の保湿にも役立つので水の節約にもなる。微生物が増え、土が柔らかくなる。さらに、芝は土壌の流出を防ぐ。集中豪雨に備えたものだ。

 芝の種類はハワイのゴルフ場でおなじみのバミューダー芝を選んだ。一度、根ずくと、背は高くならずにどんどん横に広がる。乾燥への耐性も高く、管理が比較的に容易。しかし、根付くのに歳月がかかるので、その間に雑草に領地を占領されてしまう。

 それを防ぐ為に、1年性ライ芝の種をバミューダーと同時にまく。ライ芝はすぐに発芽する。30cmほどの高さになり地面を覆って、雑草を防ぐ。英国のゴルフ場やウィンブルドンのテニスコートは多年性ライ芝。1年性ライ芝も似たような芝だが、1年以内に枯れてしまう。その間に、バミューダー芝が地面を覆うまでの時間を稼ぐ。

 それでも何種類もの雑草が生える。除草剤はなるべく使いたくないので、こまめな芝刈が肝要。雑草が種を作る前に刈る。逆にバミューダー芝は刈れば刈るほど強く横へ伸びる。やがて芝が優勢になり、雑草は駆除されていく。2年たった今でもこの過程の途中で、今でも毎月の芝刈りは欠かせない。芝を張るというのはなかなか大変な作業だ。

 さて、コーヒー畑の話ではないが、以前、家の前の芝生を張り替えた。キクユ芝が植えてあった。ある日、庭師が突然やめて、自分で芝刈りした。ところが、芝目が強すぎて、芝刈り機がすぐに止まってしまう。頭にきて、翌日には除草剤で全部やっつけた。

 アメリカでは、夫の最も重要な資質はバーベキューを取り仕切ることと、家の前の芝を綺麗に保つこと。黄色く枯らした芝では、沽券に関わる問題だ。キクユ芝の代わりに管理の易しいセンティピード芝の種をまいた。本来は、それが生え揃うまでの時間稼ぎにライ芝の種も同時にまくべきだが省略した。これが間違え。センティピード芝が生え揃う前に、Oxalisという強力な雑草があたり一面を占領した。ハート型の葉が3つありクローバーのようだが、似て非なるもの。その憎々しい赤い根からの分泌物で、周りの植物を枯らす。成長が早く、種をポンと遠く散らし、どんどん領地を拡大していく。無敵の雑草だ。

 一家の主の権威の問題なので、畑では使わない種類の除草剤を投入。園芸店には世の男性の為に、芝を殺さず他の植物を殺す芝生用除草剤の品揃えが豊富。買ってみた。全然効かない。逆に芝が枯れて、益々Oxalisが増えた。駆除不能だ。

 いくつか試し、やっとOxalisに効く配合を見付けた。さらに、畑での技術にならい、遅まきながら発芽の早いライ芝の種をまいた。徐々にライ芝とセンティピード芝の領地を拡大していった。一年以上かけて、やっと芝が優勢となった。かくして、我が家の名誉は保たれた。

 しかし、敵ながらOxalisは粘った。賞賛に値する。このあっぱれな雑草は何者かと調べたら、なんと日本語では「かたばみ」。こっこっこれは。。。。

 実はうちの家紋は丸にかたばみ。私の先祖は新潟県長岡の商家で、今では何も引き継ぐ財産もなく、親戚も長岡を離れてしまったが、私は一応14代目の当主だそうだ。子供の頃、父から家に伝わるそろばんやら風呂敷やらに描かれた丸にかたばみを見せられ、先祖代々受け継いできたありがたい家紋だ、大切にせよと教えらた。

 家紋の本によると、かたばみは繁殖力が強く駆除が困難で一族繁栄のシンボル。一族繁栄を願い、かたばみを家紋とする家は多いとある。ご先祖様、ごめんなさい。不肖14代目は、あらん限りの知恵と近代科学を用い、我が家の象徴かたばみを根絶やしにしました。

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2014/10/01   yamagishicoffee

コナコーヒー農園便り 2014年9月号

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 2012年に下隣の3エーカーの土地を買い増しコーヒーの苗木を植えた。敷地は縦170m横75mで、上と下では25mの高低差がある縦長の斜面だ。まずは、アメリカならではの巨大ブルドーザーで雑草だらけの土地の整地から始まった。雑草や、キアベ、シルバーオークなどの大木も根こそぎなぎ倒す。

 しかし、妻はジャカランダの木は残したいという。春から夏にかけて青紫色の花を咲かせる。桜のように満開になるが、咲いている時期が長い。世界三大花木の一つに称される。ハワイアンでブルドーザーの運転主のカウウはパンの木を倒すのは心が張り裂けるという。ハワイアンにとって、パンの木は昔からの大切な食料。パンの木はマンゴー位の大きさの実をつけ、焼いたり蒸かすとサツマイモのような食感がする。それにハワイ自生のオヒアを加え、3種類は残すことにした。

 それら以外の樹木と雑草を取り除くと、下から溶岩と土の混ざった土地が出てきた。コーヒーの木はミネラル豊富な溶岩が大好き。ここからが、カウウの腕の見せ所。あの大きなブルドーザーを自在に操り、敷地内を行ったり来たりを一週間も続けると、あちこちに直径20cmから1mの溶岩を積み上げた山と土の山ができた。次は敷地内の窪んだ場所に溶岩を埋めていく。次第に凹凸のない一枚板の斜面になる。その上から、集めておいた土をかぶせると、きれいな畑のできあがり。他の業者にはちょっと真似できない技。NHKの「超絶 凄ワザ!」に出演してもらいたいものだ。

 コナは普段はさらさらと優しい雨が降るが、数年おきに集中豪雨がある。畑全体が坂なので、土壌の流出を防ぐ工夫を施す。まず、埋める溶岩の大きさは、敷地の下へ行くほど大きく、水はけがよい。また、畑の左下の部分に直径20m位の緩やかなすり鉢状の窪みを作る(その窪みにもコーヒーは植える)。豪雨で土砂が流れてもその窪みにたまり、敷地外への土砂の流出を防ぐ仕組みだ。

 こうした作業では溶岩トンネル(Lava tube)に出くわすことがある。ハワイ島は島全体が巨大火山だ。玄武岩質の溶岩で粘り気が少ないので、火口から噴出すると川のように流れて海へ達する。その流れる溶岩の表面は空気にさらされて、冷えて早く固まる。その下の溶岩は固まらずに流れ続け、溶岩がすべて流れていってしまうと、地中に空洞のトンネルが残る。これが溶岩トンネルだ。わざわざ富士山の風穴・氷穴(天然記念物)を見に行かなくても、ハワイ島にはごく普通にあちこちにある。

 溶岩トンネルは大きさもまちまち。直径10m以上もあれば1m以下もある。大きなトンネルが地下にあるのを知らずに大型のブルドーザーで上を整地すると、重さで崩落し、トンネルの中にブルドーザーがすっぽり入ることさえあるらしい。

 今回、うちの畑にもトンネルを発見。直径2m程度で上の既存の畑から続いて、新しい畑に入ってほんの数メートルで消滅している。そういえばその既存の畑の右下端一帯は木の成長が悪くて不思議だった。そのすぐ外側、すなわち我々の敷地の隣は、昔のハワイアンの遺跡が出土した場所なので、呪われているのかと気味が悪かったが、なるほど、地面の下は空洞で根が張れなかったわけだ。

 新しい畑のトンネルの尻尾の部分にはコーヒーではなく、ライチーの苗木を植えた。大木だからその程度の穴はものともせず育ってほしい。ライチーは楊貴妃が好んだという甘い果物で、私も妻も大好物。玄宗皇帝は楊貴妃のためにライチーを600kmもの距離を運ばせたそうだが、私は家から60mだ。妻は自分も楊貴妃のように美しくなるかなあと喜んでいる。「ん~。。。。。。」

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2014/09/01   yamagishicoffee

コナコーヒー農園便り 2014年8月号

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 2012年に下隣の3エーカーの土地を買い増し、2,100本以上のコーヒーの苗木を植えた。目の前に他人が家を建て、私の家の景観が台無しになるリスクはなくなった。同時に、隣接する住人たちにとってもプライバシーが確保される。隣人たちに喜ばれ、いろいろと応援してもらった。

 畑を作る作業は全てジョージ・ヤスダ氏に委託した。つまり、開発許可の取得、整地、畑のデザイン、灌漑施設の付設に加え、彼の畑からコーヒーの苗木を買って植えてもらった。

 まず、郡政府から整地作業の許可を取得。同時に、このあたり約80軒からなる自治会からも同様の許可を得た。いよいよ、ブルドーザーで雑草だらけの土地の整地を始めた。その時、近所のある人物から苦情が入った。整地の仕方が違法だというのだ。自治会に持ち込まれ、自治会から作業の中止を命じられた。

 ことの成り行きを見守っていた隣人たちが忠告してくれた。実は彼はいわく付きの人物。庭で馬を飼っており、隣の敷地に馬糞を投げ込んでいた。投げ込まれた側が文句を言うと、ハルク・ホーガンのような体格の彼は、隣人に頭突きを食らわせ病院に送り込んだことがあるらしい。

 無駄に時間が過ぎてゆく。何が目的の苦情か分からない。デコボコの土地を平らにしているだけ。ジョージは何十年もこの仕事をしているが、そんな文句は受けたことはないと自治会に説明しても、作業は中止の一点張。

 これは嫌がらせだ。喧嘩を売っている。こっちが頭に来て怒鳴り込んだら、得意の頭突きを喰らわせる魂胆か。そこで隣人たちに抗戦を呼びかけたが、誰も関わりたがらない。諸君らの集団的自衛権を行使せよ!と檄を飛ばしてもポカンとしている。どうやらここでは集団的自衛権は流行っていないらしい。ついに、私もキレた。「てやんでぇ、べらぼーめ。日本人だってんでなめんなよ。あっしらは元はニューヨークでヘッジファンドと弁護士をなりわいとし、人様の喧嘩に口~挟んで、おまんま食おうって~、おあ兄さんとおあ姉さんだ。お奉行所へでもどこでも出て、白黒はっきりさせようじゃねえか。」と隣人たちに(頭突きおやじには怖くて直接言えない)つたない英語で啖呵をきって、単独抗戦を決意。

 まずは、ココナッツの実を頭で割る訓練を重ねた。いっこうに割れない。不安はつのる。やはり、直接対決は無理だ。裏から手を回すしかない。そこで、市役所に我々の整地方法は問題ないと再確認したうえ、役所から自治会に説明してもらった。すると、あっさりと自治体は納得し、作業再開の許可を得た。頭突きおやじもこれで静かになった。たわいも無い。ざまあみろってんだ。あっしら喧嘩にゃ、つえーんだ。

 さて、話はそれ以前にさかのぼる。実はジョージと契約する前に、彼と厳しい価格交渉があった。彼はフル装備の畑を作るのが信条で値段が高い。確かに、最初に金をかけて畑をしっかり作ると、後々の作業効率も収穫量も上がり、長い目で見れば安上がり。しかし、見積もりを見てビックリ。灌漑設備など、もっと安いものにしてくれと頼んだが、中途半端な仕事はしたくないと言い張る。昔堅気の大工の棟梁みたいな人だ。

 結局、最終的な契約書のサインと小切手の引渡しを彼の畑で行うことになった。癪なので、最後にもう一押し値引きをねじ込もうと意気込んで出かけた。彼と大学を出たての息子が待っていて、契約書の確認を行った。さて、ここで値引交渉をという目論みだったのだが、そこはすごい数の蚊がいた。うかつにも半袖半ズボンで行った私と妻は全身蚊に刺された。15分間で50箇所は超えている。それが強烈で、とても痒い。気がつくと、隣に立つジョージと息子は全く刺されていない。平然として、もだえ苦しむ我々を見て笑っている。虫除けは使っていないのに、なぜだ? 彼らは酒も飲まないし、ジムに毎日通う健康オタクだから?? とにかく、痒くて気が狂いそうになった我々は値下交渉どころではない。大金の小切手を手渡し、早々に退散する羽目になった。あっしら交渉には弱いのだ。

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2014/08/01   yamagishicoffee

コナコーヒー農園便り 2014年7月号

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 一昨年、うちの目の前の3エーカーの土地を買い、畑の規模を2エーカーから5エーカー(約6,100坪)に拡大した。2,100本の苗木を植えたが、昨年7月の台風接近で、200本も倒れて大変苦労した。実は今年も強風で50本が倒れた。新しい畑は災難続きだ。

 土地取得に際しての、私の不動産屋は先月号にも登場したモーリス・キムラさん。NYからコナに引越してきて、右も左も分からない我々を、何かと面倒見てくれた。日系3世で86歳。コナの高校の校長を長年勤め、引退後は友人の不動産会社を手伝っている。人格者として知られ、コナのリーダーとして活躍した地元の名士だ。

 さて、2008年にハワイに引っ越して、眼下に海を眺望するこの家を気に入り購入した。たまたま、コーヒー畑が付いていて、コーヒーを育て始めた。とても楽しいので、次第に、農地を買い足すことを考え始めた。

 4年前、手ごろな農地が売りに出たのをウェブで見つけ、不動産屋のモーリスを訪ねた。畑を買い足したいと言うと、モーリスは子供の頃コーヒー畑で苦労した話を延々と語った。「せっかくリタイアして、今まで上手くやってきたのに、今さら、そんな苦労を背負い込んで人生を無駄にすることはない。規模拡大は止めなさい」と諭した。

 彼の祖父は19世紀末に移民してきて、コーヒーで成功した。70エーカーの農園を経営し、モーリスも子供の頃からコーヒー畑で働いた。明治の移民には、自分のコーヒー畑を持つのは夢のような話だったが、3世ともなるとアメリカ国籍だし、英語は流暢に話せる。モーリス世代にとって、コーヒーは、むしろ、貧困の象徴。彼ら3世たちは、そこから抜け出す為に、大学へ行き、社会進出を果たした。モーリスには、いまさら、コーヒーに熱中し、さらに規模を拡大したいという私の希望は、無謀な試みに映るようだ。結局、売り手につないでもらえず、私は購入を断念した。

 半年後、他の農地が売りに出た。彼のオフィスを訪ねると、「まあ、そこへ座りなさい」と、前回と同じ苦労話を1時間たっぷりと聞く羽目になった。半年前にしたお説教は覚えていないが、若い頃の辛い経験は、はっきり覚えているらしい。その後も、2度、物件を持ち込み、計4回も同じ苦労話を聞いた。客の私が買いたいと言っているのに、買わせてくれない不思議な不動産屋。客の為にならないと思うと、てこでも動かない人格者。さすがは日系人社会のリーダーだ。

 一昨年、うちの目の前の3エーカーの空き地が売りに出たのをウェブで発見。モーリスに連絡を取って驚いた。実は、売り手の不動産屋が、私が農地を探しているのを知っていて、その物件を売りに出す前に、私の代理人のモーリスへ打診があったらしい。もちろん、即、断ったそうだ。それはないでしょう。一言ぐらい私に連絡してよ。

 そこで一計。標高600メートルの私の家は海が180度見渡せていい眺め。夕日が美しい。しかし、目の前の空き地を他人が買って家を建てたら、この景色が台無しになる。これをモーリスに訴えた。すると、「景色を守るためならば良いだろう。今の家の価値もそれで上がり、不動産取引として正しい選択だろう」と、やっと念願のお許しが出た。

 彼の気が変わらないうちに、大急ぎでその土地の取得手続きを済ませた。間髪をいれず、彼には内緒で、土地の端から端まで、びっしりと2,100本以上もコーヒーの苗木を植えてしまった。途中でバレて、「へへへへへ~~」とごまかしたけど。

 でも、畑は災難続き。やっぱり彼の言うとおり苦労は絶えないなぁ。

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2014/07/01   yamagishicoffee

コナコーヒー農園便り 2014年6月号

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 5月に日本へ行った。目的の一つはポール・マッカートニーのコンサート。しかし、彼の体調不良で中止となった。当日、会場の国立競技場の回りは唖然とする中高年でごった返した。わざわざ北海道や九州から来たという声の中、ハワイは一番遠かった。

 コナに住むとドタキャンや遅刻には慣れてくる。そんなことでいちいち目くじらを立てては暮らせない。農園で人を雇っても、約束の日時に来ないことは日常茶飯事。様々な言い訳があるが、本人あるいは家族の体調が悪いというのが多い。マッカートニーの体長は心配になるが、彼らの場合は、毎度、度重なると、ずいぶん病弱なご家族ですねと心の中でつぶやいてしまう。しかし、怒ってはいけない。来ないばかりか、何の連絡も無いこともある。携帯電話を畑に失くしたそうだ。あなた、それは今年5回目でしょうと突っ込みたくなるが、それを言っては負けだ。

 朝起きたら雨が降っていたからというのも多い。こっちは快晴なのに現れない。コナのコーヒーベルトは標高200m800mに縦3km、横35kmの帯状の狭い地域で、その中でも天候は随分異なる。ある地域が土砂降りでも、他の地域では快晴ということがよくある。いわゆる、マイクロクライメットというものだ。だから、電話をかけて、こっちは晴れていると説得をしなければならない。しかし、一度、お休みモードになった人を、仕事モードに戻すのは、割と苦労する。

 コナの時間はゆっくり流れる。NYや東京のように秒単位で物事が進んでいない。このコーヒー農園付きの家を買った際にお世話になった不動産屋はモーリス・キムラ氏。日系3世で86歳。コナの高校の校長を長年勤め、引退後は友人の不動産会社を手伝っている。私の尊敬する紳士だ。

 彼の案内でこの家を見に来た際に、一目で気に入った。帰りに、購入に向けての質問事項をまとめ、彼に調査を頼んだ。帰宅後、妻と「もしモーリスさんが今日中に調査結果を持ってきたら、ちょっとガッカリだね」と語りあった。コナに来て半年が経ち、時間のゆったり流れる生活に馴染んできた頃だ。NYや東京の不動産屋なら、夜中だろうが何だろうが、その日のうちに電子メールで返答が来るだろう。そういう、せわしなさが嫌でコナに引越したのだ。ここ2~3日はのんびり構えたい局面。

 果たして一週間経っても音沙汰が無い。段々焦れてきた。なにせ、私の人生で最も高額の買い物。人生の重大事だ。だが、ここで焦ってはコナの仲間とはいえない。修行と思い我慢。10日後に、ゴルフ会で同組になった。彼はひたすらゴルフを楽しんでいた。完全に忘れているなと思い、催促しようとしたら、帰り際に、「例の件だけど」とやっと答えを貰った。のんびりしたハワイ生活の真髄を見た瞬間だ。

 ハワイに来たばかりの頃は、引越、電話、電気、水道などの業者が、約束の日に来なかったり、大幅に遅れてくるので、いらだった。忙しいNYからハワイに来たのだから、そういう時間の流れ方を楽しんだ方が良い。一日一つ用事が済めば、それはよい日だ。 

 こんな田舎のハワイにはマッカートニーは来ないだろう。たぶん、一生、彼を見られない。ビーチ・ボーイズなら1月にホノルルに来た。 “Two girls for every boy…”Surf Cityの一節)と彼らが歌うと、観客席のおばあちゃんたちが総立ちになり、歌に合わせて2本の指を突き上げたのには感動した。しかし、若いビーチボーイが女の子2人をはべらすなら、様になるが、70歳を過ぎてもそれじゃあ、ただのエロジジイだろう。そこへいくと、マッカートニーは年代を超えて普遍だ。”All you need is love♪…” 何年経っても名曲だなぁ。あっ、これはジョンか。
 

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2014/06/02   yamagishicoffee