♫ああ!コーヒーのなんて甘いこと。千のキスより甘く、マスカットワインよりも柔らか。コーヒーなしでは生きていけない。私を満足させたいなら、ああ、コーヒーをください!♫ (バッハ作曲 歌劇コーヒーカンタータより)
バッハの作曲でコーヒーカンタータという喜歌劇がある。コーヒーを愛する若い娘が「千のキスより甘いコーヒー」と歌い、コーヒーを称える。今もそうだが、おそらく、当時のドイツのコーヒーは砂糖とミルクやホイップクリームたっぷりだったのだろう。
一方、うちのコーヒーは砂糖・クリームなしでも上品な甘みがある。私は甘いと評価されると確かに嬉しい。でも、実はクリーンと評価されたほうがもっと嬉しい。
コナといえば、酸味が特徴。うちのコーヒーも数年前までは、他のコナと同じように、酸味が強かった。しかし、ある年から突然、甘みが増した。自分ではその甘みが気に入っている。しかし、畑の気候や自然環境の影響が大きく、自分でなかなかコントロールできるものではない。まあ、自然からの恵みだ。
うちのコーヒーがクリーンな理由は分かる。コツコツ一所懸命にやっているからだ。健康に育て、きれいに収穫すればクリーンになる。努力次第だ。だが、近所のコーヒーより甘い理由は、良く分からない。他の農園に比べて実が時間をかけて成熟するからかもしれない。一般に、ゆっくり成熟したほうが甘みが増し、品質も良いといわれる。
8月号に記したとおり、コーヒー業界では、ワイン業界の用語を借りて、テロワールやマイクロクライメットなどの言葉が使われる。同じ産地でも、畑によって斜面、風向き、土壌が違うため香味が異なる。良い畑からのコーヒーを選ぶ必要があるという考えだ。うちはコナの中でも比較的標高が高い。昼と夜との寒暖の差が大きいので、実がゆっくり成熟する。畑のテロワール・マイクロクライメットが幸いしている。
しかし、それだけではない。気象条件がまったく同じ隣りの畑よりも、成熟に時間がかかる。手間をかけているからだ。コーヒーの実はストレス下では子孫を残そうと早く熟す。すると、成熟が不十分で不完全な香味になる。ゆっくり成熟させるには、コーヒーの木を健康に保つことが肝要だ。水や栄養分が不足すると、コーヒーの木は葉から実へ栄養分を移動させて実を守ろうとする。その結果、葉が枯れて、光合成ができなくなり、実は益々栄養不足に陥る。そして、栄養不足のまま早く熟す。だから、葉を失わないように栄養分と水の管理をしっかり行う。葉の色や勢いをこまめに観察して、木がストレスを感じていないかを判断する。日々、コーヒーの木との対話が必要だ。
コーヒーは、自分の体力以上の数の実を付ける習性がある。春の開花時期に、もったいないぐらいに枝の剪定を行って、木の体力と実の数と栄養と水のバランスを保つ。
さらに、うちではカオリンという粘土を水に溶かしコーヒーの木全体に散布する。これは景徳鎮の陶磁器の粘土の主成分で、リンゴやブドウなどの果実農家が有機の害虫対策として用いている。コーヒー農家としては世界に先駆けて採用した。実も葉も粘土で白くコーティングされ、害虫が嫌がる。それ以外に成熟時間が長くなる副次効果を得た。直射日光に弱いコーヒーの木を日焼けから守る。また、日光を遮るので、熟成にかかる時間が長くなる。これが数年前に酸味から甘みに変化した要因のひとつと思われる。
このように、私なりにコーヒーを甘くする為に色々と工夫はしている。それでも、いつ、一般的なコナのように酸味の強い味に戻るとも限らない。お天道様次第の要素がある。酸味はコーヒーの命なので、それはそれで良い。しかし、クリーンさは努力次第だ。だから、私は甘いと褒められるよりも、クリーンと褒められたほうが嬉しい。畑のテロワールを褒めるより、畑で働いている人の努力を褒めてほしい。その方が、生産者に意欲を与える。世界的な品質向上への足がかりともなり得る。