農園便り

雑誌「珈琲と文化」2024年7月号 原稿

 
前回の四月号で日米の雇用形態の違い触れた。今回はもう少し掘り下げて、仕事上のインセンティブ(誘因)、つまり、与えられた条件によって、労働者がどう行動を変えるかについて考えてみる。
日本のサラリーマンだった私は三十五歳でアメリカの金融機関のNY本社へ転職した。後にリタイアしてコーヒー農家になった。日米の企業で働いて、インセンティブの違いを痛感した。日本以外の資本主義国では、会社は株主のものである。資本による主義だから、それが定義だ。一方、日本の会社は、商法上は資本主義の形態をとっていても、実体は違う。株主(資本)ではなく、正社員と正社員の親玉(社長・会長)が支配する。そして、社員への報酬体系も、資本主義各国は利益を追求するインセンティブが与えられるが、日本は会社組織への忠誠を求めるインセンティブが与えられている。
日本は新卒一括採用・終身雇用制・年功序列制という他国にない奇異な雇用形態を採用している。失われた三十年の原因として様々な理由付けがなされるが、私はこの日本独特の雇用形態に起因する社員ひとりひとりの心構えも大きな要因と考える。
私が働いたアメリカ企業では、社員は仕事上のアイデアを思いついたら、それが会社の利益率を向上させるかを考える。つまり、株主還元を念頭に置く。それが業績と認められその年のボーナスに直結するからだ。自分の行動の目的関数が単純である。利益を最優先し、なるべく高く売り、利幅を厚くする工夫を考える。そして、フェアープレーで儲けた人が評価され昇進・昇給する。単純で分かり易い。
日本のサラリーマンは、利益以外の会社内の様々な処世術を考慮しなければならず、目的関数が複雑すぎる。頭の半分は利益を考えるが、もう半分は、会社内の調和や、会社の永続性、組織防衛、社内派閥を考える。自分が定年になるまで会社が存続して、同僚との軋轢を減らしながらも序列に気を配ることに無意識に思考が向かう。なにせ、昇進・昇給は勤続年数に応じて決まる。さらに、給与の一部を日本特有の退職金という人質に取られる。こんな壮大な給与の後払いが合法なのが不思議なくらいだ。
これでは競争にならない。同じアイデアを思いついても、日本のサラリーマンが悶々と社内調整をしている間に、他国の企業がさっさと実行して利益を上げてしまう。
国際競争力の観点以外にも、個々人にかかる日々のストレスも社会的に重要だ。株主利益重視、即解雇というと世知辛く聞こえるが、会社は給料をもらう場所と割り切って、家庭やコミュニティーなど会社以外の場所に生きがいを求め、会社の求める仕事が自分の価値観・倫理観と合わなければ、さっさと転職する、あるいは、自分が役に立たなければ、クビにしてもらい、次へ進むという雇用形態と、日本のように、正社員か否かは新卒時一発勝負で、たとえ正社員になっても、会社が人生・人生が会社で、やがて窓際族とか社畜とか云われても会社にしがみ付く生き方の、どちらが気持ち的に楽だろうか。利益と組織防衛の二兎を追う不透明で複雑すぎる人事評価基準に悶々とし、上司の命令に、自分の理想や倫理観に合わなくても目をつむり、先輩から居酒屋で「大人になれ」と諭され、だんだんそんな仕事にも後ろめたさが消えていく。社員も結構辛いし、会社も儲からない。解雇がないから素晴らしいとの意見もあるが、この日本独特の雇用形態は国民を幸せにしているのだろうか。その腹いせに踏みにじられて、非正規雇用者は幸せなのだろうか。
終身雇用制は日本の文化に根差した雇用形態との主張があるが、戦後の人手不足期に企業が労働者を囲い込むためにできた仕組みだ。歴史は浅い。西欧諸国に追い付け追い越せの時代は機能したが、今の日本は他国よりも安く生産する時代ではない。新たな成長分野へ進出するには、労働が流動的でなければならない。今までの雇用制度は成長の足かせだ。職場におけるインセンティブは一国の経済をも左右するほど重要な要因である。
 
さて、コーヒーの話である。私が思う美味しいコーヒーとは、コーヒーの木を健康に育て、健康に完熟した実だけを丁寧に摘んだコーヒーだ。これに関しては、2023年6月の日本コーヒー文化学会総会で述べた。その講演はYouTubeにあるので、興味のある方はご覧いただきたい。
コーヒー畑でもインセンティブの与え方に応じてピッカーは摘み方を変える。ピッカーに時間給で払うと、ピクニック気分でおしゃべりしながらのんびりで埒が明かなくなることがある。摘んだ重さで払うと、乱暴に速く摘んで、欠陥実や未熟の実が混入しがちだ。収穫のきれいさに応じて報酬を払うか、きれいに摘むことを雇用の条件としない限り、きれいに摘んでもらうことは望めない。しかし、丁寧に摘むと収穫作業のスピードが落ちるのでピッカーには不利。それを補うために多めに賃金を支払わなければならない。
今や世界的な人手不足。コーヒー農園の最大の課題はピッカーの確保である。なまじ、きれいな収穫を要求すれば、そんなうるさいことを要求しない隣の農園にピッカーは流れる。かつてはコーヒー生産国経済が低成長で、山間部の貧しいピッカーに無理難題を押し付けることが可能だったかもしれないが、今はコーヒー生産各国は経済成長著しい。よほど気を使って報酬を支払わなければ、今後はきれいに摘んでくれなくなる。美味しさを求めるなら、きれいに摘んだピッカーには多くの賃金を払う商習慣が必要だ。
ピッカーにきれいに摘んでもらうのは難しいので、最近は酵母菌発酵やインフューズドコーヒーなど、手っ取り早く簡単に独特の風味を付ける農園が増えている。悪いことではないが、消費国がその類のコーヒーを過度にもてはやせば、農園主がきれいに摘んだコーヒーを生産するインセンティブが低下する。本来の美味しいコーヒーが減りかねない。
ピッカーにきれいに摘んでもらうには、消費国の理解と支援が必要だ。消費国が農園主に対して、きれいに摘むことを要求しその対価を支払わないと実現できない。きれいな収穫は農園主の責任でもあるが、消費者の責任でもある。ピッカーは今後ますます不足し、農園どおしの取り合いになる。農園主がいくら頑張っても、乱暴な収穫の隣の農園のコーヒーに消費者が同じ値段を払ったらそれまでだ。
きれいに収穫したコーヒーが美味しいのは輸入業者や小売業者は常識として知っている。ほとんどの業界のプロはその味も知っている。しかし、スペシャルティーコーヒーを顧客に紹介する段になると、品種、産地、テロワール、標高、乾燥方法などの説明ばかりで、肝心の収穫の話はない。だから、スペシャルティーコーヒーのファンでさえ、美味しいコーヒーの味は知っていても、それが丁寧な収穫から来ることを理解していない。消費者の頭の中で、きれいに摘んだクリーンな味わいと丁寧な収穫がリンクしていない。そのコーヒーが美味しいのはテロワールなどの自然の神秘ではなく、人が手で摘んでいるからだ。
願わくば、小売業者は消費者に対して、美味しいコーヒーとはきれいな収穫が前提であることを、ピッカーのおかげであることを明確に説明してほしい。さすれば、消費者からきれいに摘むことを求める声が上がる。そして、小売業者、輸入業者は、産地・農園主にきれいに摘むことを要求し、その対価を払うようになってほしい。それが農園主やピッカーにきれいに摘むインセンティブを与える。
インセンティブは日本の失われた三十年の原因になるほど重要な要因である。コーヒー畑でも、きれいに摘むインセンティブがなければ、世界的なピッカー不足ゆえ、ピッカーはきれいに摘んでくれなくなる。すると美味しいコーヒーは飲めなくなる。
2024年6月 山岸秀彰
2025/01/16   yamagishicoffee
山岸コーヒー農園は小規模ながら品質追求のコーヒー栽培をしています。
コナ・ルビーはクリーンな味わいのコーヒーです。
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