珈琲と文化の原稿 2016年夏号 コーヒーでダイエット
以前にもコーヒーでダイエットに成功したことを簡単に触れましたが、今度はフルバージョンで珈琲と文化の雑誌の夏号に書いたので転載します。
ここだけの話にしてもらいたいが朗報がある。実はコーヒーにはダイエット効果がある。昨年、ブラジルのコーヒー農園視察に行ったところ、帰国後デング熱を発症して入院した。何も食べられずにやつれたが、回復するにつれ急激にリバウンドした。その後、夏の健康診断でコレステロール、中性脂肪、血糖値が悪いと注意されたのでダイエットを決意。そして、コーヒーダイエットのおかげで2ヶ月で4kgの減量に成功した。
最近はコーヒーが健康に良いとのニュースを耳にする。コーヒーの糖尿病の予防効果、動脈硬化抑制による脳卒中や心筋梗塞の予防、肝臓保護作用、がん抑制効果などさまざまな効果が研究・報告されている。コーヒー好きには喜ばしい。
かつて、コーヒーは体に悪いと言われた。昔はコーヒー愛好者に喫煙者が多かったので、統計学的にタバコの効果とコーヒーの効果をうまく区別できず、本来はタバコの害なのに、コーヒーにも濡れ衣が着せられたのだろう。最近では嫌煙が進み、純粋にコーヒーを楽しむ人が増えて健康にも良い。残る問題は砂糖とクリームの影響だ。今後、良質のコーヒー豆を生産する農家が増えれば、消費国でも砂糖やクリームを入れる人が減る。そうすれば、コーヒーは益々健康に良いということになるだろう。
さらに、コーヒーには豆の部分以外にも、果肉や果皮や葉に抗酸化物質が含まれていることがわかり、健康食品としての可能性が出てきた。もしかしたら将来はコーヒー豆よりも現在は捨てている果肉や果皮や葉の方が大きなビジネスになるかもしれない。コーヒーの葉のお茶はほのかな甘みを感じてなかなかの味わいである。良質のコーヒー豆をライトローストにしたときに感じるほのかな甘みに似て、同じコーヒーなんだなあと感じる。
さて、ダイエットの話である。私は1990年に渡米して2006年にリタイアするまでに、毎年1kgずつ15kgも太った。NYのメリルリンチの資産運用部門でFund of Hedge Fundsのポートフォリオマネージャーとしてグループを率いていた。競争の激しいウォール街で生き残るために必死で働いた。妻も弁護士として多忙な日々。夕食は深夜にミッドタウンのレストランで待ち合わせて食べた。体脂肪はたまる一方だ。
毎年年初にクレジットカード会社から前年の使用状況をカテゴリー別に分類したレポートが来る。ある年、レストラン部門を見ると一年間に254回も外食をしていた。太るのが道理。こんな生活では早死にする。心を入れ替えて節制を誓った。ところがその年は前年以上に妻も私も業務が好調。稼げる時に稼げるだけ稼ぐのがウォール街の鉄則。将来の保証は一切ない。アクセル全開で働いたので、深夜の外食を余儀なくされる事も多かった。しかし、人生は体が資本。節制に努めた。年が明けて、お待ちかねのレポートが来てビックリ。レストラン部門は253回。節制の甲斐あって、前年の254回から1回分の削減に成功した訳だ。
極めつけは、2001年9月11日のテロによるオフィスの移転。メリルの本社はワールドトレードセンターの隣。倒壊は免れたが使用できなくなった。多くの部門がハドソン川対岸のジャージー・シティーのビルへ移転したが、私の部門は1年間ほどプリンストンにあるメリルの研修所に移転した。NY郊外の自宅からは往復で7時間なので通勤は無理。我々は月曜日から金曜日まで研修所に泊まり、廊下でつながったオフィスに通った。テロの直後の数ヶ月は誰もが興奮状態なので唯ひたすら働いたが、初期の興奮状態がさめると、人々のストレスは極限に達した。家族や恋人と離れ、建物の外に一週間一歩も出ずに缶詰で働く環境は苛酷だ。さらに、テロ後の金融市場環境は最悪。おまけに、炭疽菌があちこちに郵送されて死者がでるテロ事件が起き、我々の研修所の近所の郵便局から発送されたことが判明。恐怖がつのった。
ストレス解消は食べることだけ。しかも毎日3食とも研修所内のレストラン。そもそも研修所は世界中からメリルの成績優秀な営業担当者を集めて接待する場所。研修所というよりはホテルの雰囲気でレストランも豪華だ。しかも、いくら飲み食いしてもタダ。我々は毎日、シェフが目の前で取り分けてくれるローストビーフを食べ続けた。グループの全員がブクブク太りだした。典型的なストレス太り。特にハーバード卒の若い女性は可哀想。初期のルノアールの絵から飛び出だしたような色白の美人なのに、ハイヒールのかかとが折れそうだ。当然、私も太った。
状況改善を経営陣に訴えた。あなた達アメリカ人はローストビーフを毎日食べても平気かもしれないが、日本人の私は病気になると訴えたら、日本人は毎日寿司を喰わねえと早死にするらしいぜハハハッと、会社中のジョークのネタにされた。それを聞きつけて、援軍が現れた。隣のグループの私と同い年の英国人。ローストビーフ本場の英国出身の彼にはここのローストビーフは耐えられないと苦情に加わったが、だったらニューヨークステーキを注文しろ、脂がのって旨いぞとこれも却下された。日英同盟はあっけなく敗退した。
そんなストレスの溜まる生活を送っていたら心身ともに擦り切れた。44歳とキャリアのピークにリタイアした。ハワイに移住し、たまたま買った家にコーヒー農園が付いていたことから、コーヒー栽培を始めた。眼下に広がる青い水平線を眺めながら、自分の畑で採れたコーヒーを飲む。あのストレスの毎日が嘘のような至福の日々だ。
コーヒー関連の本には、コーヒー店にとっては、質の良い生豆を仕入れることが重要、赤い完熟した実だけを丁寧に摘む良心的な農園との関係が大切などと書いてある。まさにその通りで、一杯のコーヒーの品質にとって、畑から喫茶店まで様々な工程のある中で、最も重要なのは丁寧な収穫。しかし、農園主が自らコーヒーを摘む農園は稀だ。最も重要な工程にも関わらず、大抵は低賃金の季節労働者が行う。コーヒー摘みは肉体的・精神的に辛いので、誰も好き好んでやらない。
しかし、我々は自分で摘む。一番重要な工程を収穫時期だけ外から渡ってくる季節労働者に任せたくない。品質のためなら、辛くともNY時代の苦労を考えれば、こんなのなんでもない。
ハワイ島コナはフアラライ山の山腹にあるので、コーヒー畑は斜面にある。溶岩が転がっており足元は不安定。そこを踏ん張りながら、腰につけた10キロ入りのバスケットに摘んだ実を入れる。かなり重い。しゃがんだり、中腰になったり、背伸びしながら摘む。朝6時から夕方6時までの収穫作業。1日を通すと相当のエネルギーを消費する。
周りの畑のピッカー達を見ていると、彼らは栄養補給をしながら摘む。あるメキシコ人は、昼飯の他に、2リットルのコカコーラを1日かけて飲む。それだけで1000キロカロリーはある。また、あるフィリピン人は昼食の他に、一日かけて、大きなパンに銀紙に包まれたバター一本分を付けながら食べる。2000キロカロリー近くはありそう。朝5時に開く近所の雑貨屋では、早朝から、そういった日中のカロリー源を買い求める労働者の列ができる。
私もクッキーやチョコレートなどおやつをバクバク食べながら摘む。それでも例年4ヶ月間の収穫で4キロぐらい痩せる。農閑期には太るが、コーヒー栽培を始めて8年間で13kg痩せた。26年前の渡米時の体重に戻るのにあと一息だ。
前述の通り、デング熱からの回復後にリバウンドをして血液検査の結果が悪かったので、昨年の収穫開始と同時にダイエットを決意。畑での菓子のどか食いを止めた。畑で食べるのは昼食のおにぎり、おやつひと口、水2~3リットルのみ。ただし、それ以外の食事制限はなし。朝はしっかり食べるし、夜はご飯もステーキもデザートも食べ、ビールやワインは飲み放題。一日2500キロカロリーは摂取する。それでも、2ヵ月後の10月末までには4kgも体重が減った。体重減少が急過ぎるので食事とビールの量を増やし、その後の2ヶ月間の収穫時期の体重は安定した。
ちょうどその頃、アナウンサーの生島ひろし氏が、ダイエットに成功したというコマーシャルが出ていた。2ヶ月で9kgも痩せたそうだ。これは凄い。でも、調べたところ、生島氏のダイエットプログラムは、ビールもご飯もお菓子も我慢する厳しい低糖質の食事制限と、ジムでトレーナー付のきつい筋肉トレーニングをする。しかも、2ヶ月で最低でも35万円は支払うらしい。
一方、私の場合は農園主なのでいくら摘んでも収入にはならないが、仮に友達の農園で2ヶ月も毎日摘んだら70万円は貰える。4ヶ月間の収穫シーズンをフルに摘んだら140万円超。ご飯、ステーキを食べ放題、ビール、ワインの飲み放題で、4kg痩せて、しかも70~140万円も貰える。夢のような話だ。
冒頭にコーヒーにはダイエット効果があると記した。もう、お気付きだと思うが、飲んだだけで痩せる訳ではない。ちょっとちょっと、それを期待して読み始めたそこのあなた、そんな甘い話がある訳ないでしょ。摘むから痩せるのだ。それでもこのダイエット法をお試しになりたい方には、念のため、50歳を過ぎて2500キロカロリー以上を食べながらでも2ヶ月で4kgも痩せるのは、相当つらい作業だと補記しておこう。毎晩手足がつるよ。