農園便り

雑誌「珈琲と文化」2024年1月号 原稿

 
2001年の同時多発テロ以降、アメリカは不法移民への規制を強化した。トランプ大統領はメキシコとの国境に壁を作って、中南米からの不法移民を防いだ。
移民排斥の安全保障以外の理由のひとつは、移民が入るとアメリカ人が職を失うからだ。例えば、私が永住権の申請をした際に、私と妻のどちらが申請すべきかで移民法弁護士に相談した。NY州弁護士の妻が米国で職を得ると、アメリカ人弁護士の誰かがその職を得る機会を失う。しかし、日本の金融市場に詳しい私の代わりになるアメリカ人はいないので、私が職を得ても誰も職を失わず、アメリカに仕事が一人分増える。英語が下手な私よりもネイティブな妻の方がアメリカ社会の御迷惑にならないと思うが、結局、私が申請することになった。
米国内に一千万人以上いると推定される不法滞在者の多くが中南米人である。中南米移民を排斥しても、その効果は限定的と私には見える。なにせアメリカ経済は空前の人手不足だ。加えて、彼らはアメリカ人がやりたがらない仕事をしている。不法移民による不法就労なしではアメリカ経済が立ち行かない。特に農業。米国農務省によると、全米の農場で働く労働者のうち米国籍は約三割、約二割が十カ月間有効の農業用就労visa(H-2A visa)による就労者、そして、約五割が不法移民が占める 。政府が把握するだけで五割だ。
もちろん、農園主が不法移民を雇うことは違法だ。雇用者が人を雇う際には、被雇用者がアメリカで仕事ができる法的地位(アメリカ国籍、永住権や就労ビザの保有者)にあることを確認する義務がある。そして、被雇用者の氏名、住所、社会保障番号をIRS(税務当局)に報告する義務がある。社会保障番号とは日本のマイナンバーに相当するもの。IRSへの報告を怠れば、雇用者が罰せられる。
では、どうやって、この制度をかいくぐり、農場に多くの不法滞在者が存在するのか。それは、農作業をIndependent Contractor、つまり独立した業者らに、委託するからだ。
この業者は移民の元締のような人々。不法移民に住居と食事を提供し、業者が契約した農園に日々バスで送迎する。季節によりイチゴ、スイカ、リンゴと農園を渡り歩く。農園主は業者に料金を一括して払うだけ。個別の労働者が合法か違法かは分からない。知りたくもない。不法移民を違法に雇うリスクはその業者が負う。
コナにも収穫作業を請け負う独立業者は何人もいる。彼らのところに九~十二月にかけて、本土から中南米系の労働者が流れてくる。母国でコーヒーを摘んでも金にならないが、コナで摘めば、一日に二~三万円、人によってはもっと稼げる。
請負業者は収穫を請け負い、収穫量に応じて収穫手数料を農園主から一括して受け取り、不法労働者へは現金で賃金を支払う。その業者の行為は違法なのでリスクがある。アメリカ国籍がないと危険。アメリカ人はアメリカから追放されないが、そうでないと、罰金ではすまず、国外追放となる可能性がある。
子供の頃、親と一緒にアメリカに不法入国し、アメリカ教育を受けて、成人した人は多い。オバマ政権の救済処置で一定の条件を満たせば国籍取得への道が開かれたが、トランプ政権で救済処置は廃止された。アメリカ育ちの彼らは、アメリカ人と変わらない。ただ、スペイン語が堪能で、アメリカ国籍がないだけだ。農園主と中南米労働者の間に入り、上手く取り持ちながら物事を進める。農園主には頼みの人物だ。アメリカ人の妻を持ち、生まれた子供はアメリカ人である。
それが仮に、車のスピード違反で捕まったとする。彼らはアメリカの運転免許書を持たないので、不法滞在がバレる。あるいは、コロナで入院したとする。通常の病気なら問題ないがコロナの場合は保健局にバレる。気の利いた人ならば、村が頼りにするこの人物の、ちょっとした事件を見逃すかもしれない。しかし、杓子定規に処理すると、移民強制退去のレールに乗る。ひとたびレールに乗ると、誰も止められない。
家族が懇願しようが、農園主たちが請願しようが、たとえ州知事や州選出の連邦議員を動員しようが止められない。それほど重要な人物ならば、正式なルートで永住権を取得してから再入国しろと国土安全保障省から言われるのがおちだ。そして、永住権取得は気が遠くなるほどの労力と時間がかかる。ましてや国外追放歴の難題も抱える。
 
我家の裏の斜面にCalifornia Pepperの大木があったが、この木は根が浅く、嵐で倒れることで悪名高い。危ないから伐採しようと、業者に費用の見積もりを尋ねたら二千ドルもした。ちょうどその頃、ある人物と知り合ったので、値段を尋ねたら五十ドルでやってくれた。
彼はコーヒーの収穫も請け負う。中米のある国の山間部出身。見た目はインディオ風。ストリートスマートで頼りになる人物だ。どんな問題でも解決策を思い付き実行する能力には舌を巻く。小学生の頃から畑仕事で家族を養い、ほとんど学校には行かなかったらしい。コーヒー以外の作物も詳しく、九歳で始めたタバコ栽培は儲かったと、タバコの儲け方を教えてくれた。どんな状況でも生き抜く能力には感心する。
彼は小学校を卒業せず、親元を離れ、アメリカへ不法に入国した。職を転々とし、コナにたどり着いた。コナで随分と年上のハワイアンと結婚した。しかも、その妻は薬物使用で州の刑務所に服役中だ。連邦政府の刑務所は厳しいが、ハワイ州の刑務所は、服役中は刑務所と家を行ったり来たり。次の約束の日時までに刑務所に戻れば良い。服役中の妻とその両親を支える形だ。彼は不法移民なので、彼の名前ではビジネスできない。妻の父親名義の会社がビジネスをするが、実体は彼の差配だ。彼が取ってきた請負作業に、彼の指図で服役中の妻もその父親も働いた。
なんだか不釣り合いな夫婦だが、経済的には利害はぴったり。まあ、他人の夫婦関係を詮索するのは良い趣味ではないが気になる。ところで、アメリカ人と結婚すると一定期間後に永住権を取れる。やがて彼は永住権を取得した。すると、自分の名前でビジネスを始め、同時に離婚して母国出身の若い女性と再婚した。いったい、あの結婚は何だったんだろう。
ある時、私は彼を大いにしくじった。彼に収穫を委託する際、もしグループに不法移民がいれば、そのリスクは彼が取ることは理解していた。しかし、私自身が米国籍ではなく永住権である。もし話がこじれて、その非が私に及んだら、罰金で済むならまだしも、私が国外追放になったら困る。だから、うちの畑には不法移民を入れるなと頼んだ。「君だってアメリカ国籍がないから、そんなリスクは取らない方がいいだろ」と親切にアドバイスまでした。
この一言で彼は烈火のごとく怒りだした。「オレは子供の頃に親元を離れ不法に国境を渡った。人には言えないような辛い目に散々あった。やっとこの仕事を手に入れた。だからオレは同胞を助けたい。仕事とチャンスを与えたい。それなのに、お前はオレの同胞を差別するのか。お前がそんな人種差別的な考えの持ち主とは思わなかった。人種差別主義者とは関わりたくない。お前のところの仕事は金輪際お断りだ!」。
余りの剣幕に、何事かと妻が家の中から出て来たくらいだ。リタイアして以来、人様に頭を下げる機会は減ったが、この時ばかりは「申し訳ございませんでしたー!私は決してあなた方を差別してはおりませーん!」と、ただただ、ひたすらに、平謝りに謝った。事情も分からずキョトンとする妻に「おい、何ボケっとしてんだ、おまえも謝れ」と、一緒に頭を下げさせた。しかし、それ以来、彼はうちの仕事はしてくれなくなった。
なるほど移民なしでは経済は回らないのだ。
2023年12月 山岸秀彰
2025/01/16   yamagishicoffee
山岸コーヒー農園は小規模ながら品質追求のコーヒー栽培をしています。
コナ・ルビーはクリーンな味わいのコーヒーです。
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