農園便り

雑誌「珈琲と文化」10月号の原稿(コナの気候)

雑誌「珈琲と文化」10月号の拙稿を転載します。
 
冬に日本へ行った。京都に一ヵ月逗留した。まん防発令中で修学旅行も外国人もいない。誠に静かな京都を堪能した。しかし、寺は寒い。まともな冬服など持っていなので、寒さが骨身にしみた。ハワイが日本人に避寒地として人気なのが理解できた。
夏にも日本へ行った。今年は猛暑で参った。外は茹で上がるように熱いし、室内は冷房。熱波と冷気が交互に来る。体へのストレスが高い。冷たい物の飲みすぎで体がむくんだ。ハワイが日本人に避暑地として人気な理由が理解できた。
コナの家に帰ったら涼しい。家に冷房はないが、朝夕は肌寒いくらいだ。帰国後二日で体重が三キロ以上減った。むくみで相当な水分が体に溜まっていたようだ。
ところで、帰りのホノルル行の便で、着陸直前に客室乗務員が「ただ今のホノルルの気温は二十七度。爽やかなコナ・ウィンドが吹いています」とアナウンス。思わず笑った。
天気予報にコナ・ウィンドとあって、ハワイの風は爽やかという先入観から、両者を繋いでそう言ったのだろう。しかし、コナ・ウィンドといえば、地元の人にとっては蒸し暑く不快な風を意味する。天気予報でコナ・ウィンドといえば不快注意報だ。
ひょっとして、客室乗務員もそれは承知のうえで、日本の熱波に比べれば、コナ・ウィンドなど他愛もないと、日本の猛暑への八つ当たりならば、皮肉が効いて名言だ。
通常、ハワイ諸島には、東北東から貿易風が吹く。常夏のハワイが爽やかに感じるのは、このひんやりとした北風のおかげ。日陰に入りさえすれば、涼しい風が心地よい。ハワイが観光地なのは、この貿易風に負うところ大である。
一方、気圧の関係で、時には西南西から風が吹く。これがコナ・ウィンド。ハワイ語でコナとは西。コナ・ウィンドとは西風のこと。西南西からの湿った暑い風で不快だ。オアフ島のホノルルの住人には、コナ・ウィンドとはハワイ島のコナの方から来る風と勘違いしている人がいて、酒の席で、蒸し暑いのはコナのせいだと責められたことがある。大きな勘違いだ。コナはホノルルよりずっと東に位置する。反対方向だ。
さて、ハワイ語でコナは島の西海岸をも意味する。オアフ島もマウイ島も西海岸はコナであるが、それらの島は東西に長いので西海岸が小さい。一方、別名Big Islandと呼ばれる大きなハワイ島は南北に長い西海岸が広がる。だから、ハワイ島の西海岸だけは特にコナとして地名になった。そして、コナはハワイ諸島の他の地域とは気候が異なる。これがコナをコーヒー産地たらしめた。
コナはハワイ島の西海岸に縦長(南北)に広がる。北半分のノースコナはフアラライ山の麓、南半分のサウスコナはマウナロア山の麓にある。つまり、背後(貿易風の風上)に大きな山があるため、貿易風が遮られて届かない。その遮られた大量の空気がフアラライ山の北側に集中して通過するため、コナより北のコハラ海岸やワイコロアは風が強いことで有名だ。ワイコロアでのゴルフは風との闘いで楽しい。
貿易風が来ないコナは、その代り、日中に西側の海から海風が吹き込み、逆に夜には山から風が吹き下ろす。これがコーヒーに最適の気候をもたらす。
コナの朝は快晴。日が昇ると海の湿った空気が温められ山腹を駆け上がり、上昇気流となる。山麓は昼前には曇り、午後にはしとしと雨が降る。風が穏やでコーヒーに優しい。貿易風は強すぎてコーヒーにはストレス。夜は、昼とは逆に、山から冷えた風が吹く。これが昼夜の寒暖の差を生む。コーヒーは実に栄養をしっかり蓄え味が調う。
ハワイ諸島でこの気候パターンは、コナの標高200m~800mの地域に南北に広がる幅3km、縦35kmの帯状のコーヒー産地、コーヒーベルトと呼ばれる地域だけ。コーヒーに最適の雨量。コーヒーは直射日光が苦手だが、昼前から曇るので日陰樹が必要ない。
しかも、なんとなく雨季と乾季に分かれ、コーヒー栽培には都合が良い。ハワイ州は冬に定期的に西から低気圧が通過するので、一般的に冬が雨期といわれる。しかし、コナは収穫シーズンの冬は乾期。夏より気温が低いので、海からの水蒸気の量が減り、曇りはするが雨には至らない。収穫期に雨が多いと、カビや腐敗が起きやすく、品質が安定しない。
通常コーヒー産地というと人里離れた標高の高い山間部にある。都市から数時間も離れた不便な土地だ。ところが、コナは町から車で十分も坂を登ればコーヒー農園にたどり着くので、コーヒー農園を観光するには便利。標高も他の産地よりも低い。これは、前述のような特殊な気候がこの狭いコーヒーベルト地帯にあるため。
海岸沿いは高級リゾートである。山麓のコーヒーベルトとは違ってビーチは晴天率が高い。貿易風の影響が弱いので海は穏やか。ゴルフや釣りやスキューバ・ダイビングなどのレジャーに絶好の環境だ。世界的に有名なカジキマグロのトローリング大会(ビルフィッシュ・トーナメント)や、世界中で予選が行われるトライアスロンの決勝戦(アイアンマン世界選手権大会)が行われる。
富裕層の別荘が多いので、冬に人口が倍増する。感謝祭時期やクリスマスから年始にかけては、空港にプライベートジェットが並ぶ。昔は、日本人移民とその子供・孫(日系人)が中心の貧しいコーヒー農村だったが、今はひょっとしたら、冬だけなら住民の平均所得は全米一かもしれない。
近くのマウナケア山頂には日本のすばる望遠鏡など、大型望遠鏡が並ぶ。望遠鏡の大敵は光害である。だから、コナは四階建て以上の建物の新たな建築は禁止。ネオンサインも禁止。街灯も少ない。町は全体的に暗めで、ホノルルとは雰囲気が違う。南の島の田舎の雰囲気を残しているのもコナの特徴だ。実際、本当に田舎なんだけど。
私が引っ越して来た頃は、サブプライムローンによる不動産バブルが弾けた直後だったので、比較的安く土地と家を買えたが、その後、不動産価格はうなぎ登り。さらに、新型コロナ騒動で、コナの不動産は急騰した。高層ビルがないのでエレベーターという閉鎖空間がない。人口密度が低い。家やレストランは風通しよく作られている。コロナの発症件数が低かったので、米国本土の富裕層がコナの不動産を買い漁った。何も都会でコロナに怯えるより、コナの別荘で在宅勤務すれば良い。二億円、三億円の家に対して、売りに出た日に、物件を見ずに買い手が何人も現れる異様な人気ぶりだった。こんな田舎の町なのに、コナの一軒家の売買価格の中間値は百万ドルを超えた。
不動産ブームはコーヒー農家にも影響がある。ピッカー達はリゾートのスタッフやリゾート開発の建設現場に流れて、ピッカーの確保が難しい。そもそも、リゾートに勤めていた中高年は、株高・不動産高を背景に資産を持っているから、なにもコロナに怯えながら観光客相手に働く必要はないので、多くがリタイアした。空前の人手不足。数あるリゾートホテルは、どこも百人単位で求人中。もはや時給25ドル(3,300円)を払っても人集めは著しく困難。
昔はハワイの高級物件を買い漁るのは日本人だったが、今回は日本の国力低下と円安の影響で買い手は米本土の富裕層が中心。むしろ売手に日本人が多い。団塊の世代が75歳を迎え、別荘を手仕舞いするケースが増えている。
戦前は日本人村だったコナは、80年代以降は、日系人コーヒー農家の割合が減った。一方、海岸沿いの高級リゾートでも、日本人の存在感は減りつつある。
どなたか、コナに引っ越してきませんか?ドル資産は円安ヘッジになるよ。
2022年9月 山岸秀彰

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2022/11/13   yamagishicoffee

雑誌「珈琲と文化」7月号の原稿(リベラルの味)

少し古くなりますが、雑誌「珈琲と文化」7月号の拙稿を転載します。
 
スペシャリティーコーヒーの要件の一つはトレーサビリティー。誰がどのように生産したかが追跡可能。生産者も消費者に見られていると思えば、きちんと生産する。きちんと生産すればコーヒーは美味しくなる。美味しくなれば、ますます消費者はその生産者に注目する。正しく育て、正しく収穫し、正しく精製したコーヒーは美味しい。これを世に知らしめたのがスペシャリティーコーヒーの真価である。
SCA(Specialty Coffee Association)は酸味派の代表。SCA基準(ミディアム焙煎)のカッピングでは酸味の良し悪しで点数が変わる。一方、苦味は減点要因とされる。コーヒー愛好家の間では、比較的新しい勢力のSCAのコーヒー評価基準には賛否両論ある。
「SCAの評価基準はコーヒーの好みの偏った人々が作ったから」との批判を伺ったことがある。なんだか奥歯にものが挟まったような言い方だ。「味覚音痴のアメリカ人の言うことなんかに、いちいち付き合ってらんねえ」という本音が透けて見える。確かに在米三十二年の私でもアメリカの食文化には驚く。
もちろん、アメリカにも味覚の鋭い人は多くいる。アメリカ人の味覚を一般化することは不可能だし、他国民を一括りに論じるのは不謹慎でもある。しかし、あえて、私の限られた個人的な経験から言えば、いくつかの特徴を感じる。
まず第一に、量が多いことが美味しさの条件。同僚や友人が「あのレストランは美味しい(Food is good!)」という場合、たいていは量が多い。その証拠に、マンハッタンに住んでいた頃、近所のパンケーキ屋はいつも長蛇の列で、厚手のパンケーキが6枚重ね。フレンチトーストは食パン一斤がまるごと皿に乗って出て来た。それを平らげながら知人が言うには、フランス料理や和食のように小さなものをチマチマ出されると食べた気がせず、皿から溢れんばかりにドッカンと乗った食べ物と格闘するのが美味しいらしい。私が思うに、アメリカ人がビッグマックをこよなく愛するのは、口に入らないぐらい大きいからだ。
コーヒーも、アメリカ生まれのラテアートは味よりも見た目で勝負。加えて、表面張力への挑戦。溢れんばかりの状態が「美味しいコーヒー(Good coffee)」を暗示する。
普通のコーヒーもコーヒーショップではマグカップの淵までなみなみと注ぐ。おまけのサービスというよりも、店員さんは、「最後にコーヒーを美味しくするためのひと工夫」と真摯に誠意を示しているものと推測される。こぼれないようにそっとマグカップを手渡す際にニコッと見せる自慢気な笑顔にそれを見て取れる。
渡米したばかりの頃は、そんな真心も気づかずに、「おーとっとっと、溢れて指でも火傷しちまったら、いってぇ、どうしてくれるんでぇ。」と腹を立てた。今では、大人げなかったと反省している。溢れるのはコーヒーではなく誠意。量が多いことが美味しさの条件という立場にたてば、そのことに理解が及ぶ。
マクドナルドのコーヒーをこぼして火傷をしたと、マクドナルドを訴えた女性の話は、アメリカの訴訟社会の例として頻繁に引用される。しかし、あれは、コーヒーを美味しくするためにカップの淵まで溢れんばかりに入れると、こぼれ易いという物語でもある。行き過ぎた誠意は誤解を生むという教訓でもある。
 
次に、アメリカ人の味覚の第二の特徴として、私は渡米直後に「アメリカ人の舌は子供の舌」説なる珍説を考え付いた。アメリカ人が好きな食べ物は、日本でも子供の大好物。ハンバーグ、ピザ、アイスクリームなどなど、いくらでも例を挙げられる。
日本でいうところの大人の味、珍味という味覚がある。旨い酒を飲みながら、ウニ、フグの白子、カラスミ、塩辛、サンマのわたなどをチビチビとつまむと、私などはたまらない。しかし、アメリカ人に出したら「ウッ、吐きそう!」と言われた。
各国の料理は、その国の長い歴史の中で育まれたもので、大人になる過程での経験が必要。それぞれの国に珍味と言われるものが存在する。一方、アメリカには様々な国からの移民で成り立ったので、各国独自の珍味は切り捨てられ、多様な民族の味覚の最大公約数の部分が残る。それは、それぞれの民族の歴史的背景を超越したホモサピエンス本来の好物だ。ホモサピエンスとして真っ白な汚れの無い子供の味覚でもある。だから、アメリカ人は大人になっても子供が好きな料理が好き。逆に、イカの塩辛を食べられないからって、アメリカ人を侮ってはいけない。珍味はそれぞれの国の奇習だ。これが私の説。
これをもとに、30年も前に、アメリカで当時流行の寿司、天ぷら、すき焼きの次は、日本風のラーメンとカレーライスが流行ると説いて回った。われながら、ある程度は当たったと思う。でもね、すき焼きの割り下のようなスープに中華麺を入れてラーメンと称するのは勘弁してほしい。まあでも、アメリカ人にはアリかな。
彼らははっきりした甘味や油分や脂肪分が好きだ。サラダなど野菜を食べているのかドレッシングを食べているのか分からない。菓子はバターでベトベトで頭が痛くなるくらい甘い。口に入れると脂でギトギトで、砂糖がジャリジャリいう。砂糖の取りすぎで、甘みに対する感度が鈍いから、日本風のほんのり甘い菓子では刺激が足りない。だから、スタバは糖蜜屋か乳製品屋と見まがうくらい子供っぽい飲料を供する。
旨味に関しては日本人は圧倒的に鋭敏だが、アメリカでも肉料理やトマトやオニオンやマッシュルームのスープなどは好まれるので、彼らも感じている。しかし、Umamiは舌の上にうまみの受容体が発見され、専門家の間で五味に加えられて日が浅い。Umamiという単語が使われるが、なじみが薄い。時にはMeaty taste(肉っぽい味)と訳されたりするからややこしい。昔、お吸い物に「なに、この熱した塩水は?」との感想がきてがっかりしたものだ。
最近は、この新たに味覚に昇格したUmamiを語る気取った連中が増えて来た。レストランのメニューには、ステーキや魚の味付けに、Shiitake、Miso、 Konbudashi、Teriyakiなどの単語が踊る。SCAでもUmamiをコーヒーの評価基準に入れるべきとの主張を耳にする。確かにコーヒーにはグルタミン酸などのアミノ酸が含まれているらしい。しかし、こうなると、もう私はついていけないし、ほとんどのアメリカ人は全滅だろう。
 
ところで、ニューヨークには大富豪がいる。彼らと会っても面白くもないが、彼らのお抱えの運転手や料理人やプライベートジェットのパイロットなどと親しくなると、面白い話が漏れてくることがある。例えば、NYの社交界では常連の大富豪の奥様。派手好きで、パーティーでは同じ靴・衣服は二度と着ないので、年間の衣装代は4億円を超える。雑誌にセレブのパーティーの写真が出ても、夫はいつもカメラに背を向けている。夫は生まれながらの金持ちなので目立つことは嫌い。ところが、彼女は違う。ドンドン、カメラに向かってポーズをとるので雑誌の常連だ。衣装代がかさむ訳だ。
彼女はとてもやり手。なにせ、前妻を蹴り出し、自分の努力と才覚でその地位を獲得したのだから、大いにセレブとして振る舞う権利がある。パーティー以外でも大富豪同士の社交は重要で、高級レストランでの肩の凝る食生活をこなしている。
そんな彼女にも秘密がある。週に一度は、お抱え運転手を連れ出し、マクドナルドのドライブスルーでビックマックを買って、マックの駐車場で人に見られぬよう黒ガラスの後部座席でうずくまりながら、むしゃぶりつくのだ。やっぱり、デイビッド・ブーレーのフレンチ料理よりもビックマックだ。シャトーマルゴーの赤ワインよりもダイエット・コークだ。すごい勢いでむしゃぶりつくものだから、後部座席は食べ屑だらけになる。夫に気付かれぬよう、きれいに掃除するのは運転手の重要な役目。
夫に秘密にするぐらいだから、どうやら、彼女はビックマックなしでは生きていけないことに後ろめたさを感じているらしい。しかし、社交界のお友達のドナルド・トランプという人は、こともあろうか大統領になりたいとか言い出して、本当に大統領になった後でも、人前で平気でビックマックを頬張る。ビックマックはアメリカの誇りと固く信じる人々は、そんな姿に親近感がわくらしい。
まあ、味覚は人・国それぞれだから良いんだけど、ビッグマック好きがビッグマックインデックスなるものにまで高じると忌々しい。これは世界各国でのビッグマックの値段を比較して、その国の物価水準を推定する経済指標。いくらアメリカ人が世界一美味しい食べ物と誇ろうとも、日本人はあんな巨大で食べにくい物には食指は伸びないから、値段は米国より安い。ただでさえ、各国対比で日本の物価が安くなって苦労しているのに、ビッグマックインデックスだと、日本の物価は、より下振れして見える。迷惑この上ない。
 
さて、コーヒーの話である。アメリカにはアメリカンコーヒーというものは存在しない。アメリカのコーヒーは日本のアメリカンとは違う。彼らが飲むのはロバスタ種だ。日本人もヨーロッパ人もアラビカ種を飲む。安いロバスタ種は缶コーヒー、インスタントコーヒーの原料となる。なんとアメリカ人はそのロバスタ種をドリップして飲む。大きな缶に挽いた粉が入ってスーパーで安価で売っている。浅煎りで薄めにたくさん抽出する。安くて大量に作れる。なにせ量が多いことが美味しさの必要条件だ。私の元同僚は店でロバスタが出ると「コーヒーはこれでなきゃ」と大喜び。彼には申し訳ないが、私にはまずい。
推測するに、日本人は米国人の飲むこの不思議なコーヒーを再現しようと、浅煎りにしたり、お湯で割ったりと、工夫したのが日本のアメリカンコーヒーの始まりではなかろうか。しかし、どんなに真似しようにも、日本の喫茶店のアメリカンは、どうしたって本場のアメリカのロバスタよりも美味しくなってしまう。なかなか、アメリカ人の域には達しない。
しかし、80年代からスターバックスが急成長した。アラビカ深煎りを提供することで、ヨーロッパ人はロバスタ種を飲まないことを米国人に啓蒙した。欧州コンプレックスを刺激し、人々をあっと言わせた。爆発的にヒットして、会社は急成長した。
それとは別に、ほぼ時期を合わせて、スペシャリティーコーヒーも認知されてきた。渡米時にはアメリカのコーヒーに絶望したものだが、年々美味しくなった。
ところで、ホテル・レストラン業界の友人から聞いたところによると、米国はどの町でもマクドナルドとロバスタコーヒーが王道だが、レストランを展開する際には、シアトルとハワイは他の町とは違うアプローチが必要だという。そこは日系人を含むアジアからの移民が多い歴史を持つので、異なる味覚を持っている。住民にアジア系が多いし、食材を提供する近郊農家にもアジア系が多い。だから、他の都市と異なった味覚を住民が持つのだそうだ。
そういえば、ロバスタ種を平気で飲む米国に、欧州人はアラビカ種を飲むと啓蒙したスターバックスはシアトルで受け入れられた。また、ハワイにはアラビカ種の本流ティピカ種を生産するコナがある。今ではアラビカ種は市民権を確立した。都市部ではスペシャリティー・コーヒーという市場まで生まれた。それがシアトルとハワイという、米国の食文化の特異点が源流となっているのは単なる偶然だろうか。
 
前置きが長くなった。いよいよ本題である。
そんな味覚の持ち主であるアメリカ人ではあるが、スペシャリティーコーヒーがアメリカ生まれだからという理由で軽んじてはいけない。SCAのカッピングプロトコールには画期的な意味がある。それは、焙煎や抽出の差を排除することによって、生豆の価値を評価しようとする。そこには丁寧に生産されたコーヒーに高い点数を与える思想がある。農園で働く人々を評価する。
きっと多くの日本人は、コーヒーというと産地と品種、ツウになると標高や土壌などを思い浮かべるだろう。乾燥方法にいたって、何となく人の気配がするが、畑で働く人々の事など、頭からスッポリ抜け落ちているに違いない。生豆とそれを作る農家にスポットを当てたのがスペシャリティーコーヒーの真価であり、カップやロゴがスタイリッシュだとか、目の前で淹れてるパフォーマンスがカッコイイという事ではない。
加えて、私はスペシャリティーコーヒーが若者に受ける理由がもう一つあると想像する。
東西冷戦終了後、世界中で自由主義・資本主義陣営の影響力が強まるなか、同時にIT革命が起こり、人・物・金・情報が国境を越えて移動する時代となった。コーヒー生産国を含め、世界はものすごい勢いで経済発展を遂げた。途上国にドンドン商売を取られ、この三十年間経済成長ゼロの日本にいると見えづらいだけだ。
途上国においても、アフリカの貧困率はいまだ高いが、アジア・中南米の貧困層は大幅に底上げされた。しかし、経済成長をすると、その恩恵にあずかる者と取り残される者がでる。富裕層の成長率の方が速いので、格差は拡大する一方だ。
そのうえ、コーヒー生産地は途上国内でも山間部の最貧地域の場合が多い。その国の主な民族とは異なる少数民族の地だったりする。少数民族問題が絡むと問題は複雑だ。国全体が豊かになろうとも、彼らは経済発展から取り残されやすい。
しかし、遂に、グローバル経済は国境や政治体制を越え、人・物・金・情報の壁を取り払い、山間部のコーヒー生産地にまで達した。コーヒー生産者と消費者を直に結び、スペシャリティーコーヒーという概念を生んだ。
スペシャリティーコーヒーの売りの一つはトレーサビリティー。つまり、生産者の顔が見える。アメリカのリベラルな若者にとって、スペシャリティーコーヒーは、山間部の成長から取り残されがちな生産者との直接的な接点を感じさせる。コーヒーを飲めば、少数民族の生活向上に繋がると感じさせる魅力がある。(実体はそんなに単純ではないが。)
古くから、コーヒーは南北問題の象徴、植民地時代のプランテーション方式による奴隷作物の代表だった。奴隷制が廃止された後でも、プランテーション方式は支配層が貧困層を搾取する体制の象徴であった。つまり、コーヒーは古い時代の古い体制を支え、人々を飢餓に追いやる輸出商品作物。貧困の元凶だった。
スペシャリティーコーヒーはコーヒーをその地位から解き放つ可能性を提示した。そこがカッコよく、ヒップな点だ。スペシャリティーコーヒーはリベラルな飲み物なのだ。しかも、数量が少ないので、大資本が大量に扱える代物ではない。小規模なプレーヤーによる手作り感が、リベラルな若者には魅力だ。
昔はコーヒーは国家に管理され、生産者に質の良いコーヒーを作るインセンティブはなかった。今はコーヒーが自由に取引され、質の良いコーヒーを作れば、消費国のバイヤーが山奥までやってきて、市場価格よりも高く買ってくれる。しかも、プランテーション方式で生産されたコーヒーよりも、国家管理で生産されたコーヒーよりも、大資本が流通を支配するコーヒーよりも美味しいことが、リベラルの勝利感を醸し出す。植民地的経営、国家管理体制、大資本による流通支配では出せなかった味だ。
それがアメリカの若者の味覚の琴線に触れた。だから、SCAの年次総会には、ああいう雰囲気のああいう人々が集まるのだ。なんだか、大学の学園祭、あるいはサークル活動の延長のようなノリだ。そして、大資本が参入するとシラケる。そういう素人っぽい手作り感とリベラルな熱量、現代のフラワーチャイルドっぽい雰囲気が、前述の「SCA基準はコーヒーの好みの偏った人々が作ったから」と感じさせる一因かもしれない。
欧米の若者はリベラルの味を感じる感覚器官が発達していて、スペシャリティーコーヒーに甘・塩・酸・苦・旨に続く第六味を感じているのだ。 
 2022年6月 山岸秀彰

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2022/11/13   yamagishicoffee

農園便り最終号

先週、母が突然他界した。40年前に父を亡くし我が家は困窮した。それでも、母は私を大学へ行かせてくれた。あの頃の母を思い出すと涙がでる。私は今月で60歳。先月、母と妹から赤いちゃんちゃんこが送られてきたが、着て見せることはかなわなかった。

 

さて、毎月の始めに、このA4サイズの農園便りを書き始めたのは2012年7月。ちょうど10年になる。我ながらよくも120話も恥をさらしたものだ。ほとんどが愚痴だが、それなりに農家の視点からコーヒーを語ったつもりだ。10年を区切りに、今回でこの農園便りは最終回といたしたい。(雑誌「珈琲と文化」のエッセイは暫く継続)

 

大学を出て、人並みに金が欲しくて、日本の金融機関へ就職した。NY支店の頃、米国投資銀行の幹部との世間話で、今後はこういう種類の投資が流行ると話したら、それなら、うちへ来てそれをやらないかと誘われて転職した。アメリカ資本主義の神髄を体験できた。新規事業は紆余曲折だったが、そこそこ軌道に乗った。Managing Directorにも昇進した。そして、キャリアの絶頂で癌を宣告された。手術は痛かった。

 

心を入れ替えた。貧しい頃の願いは叶い金は貯まったが、使う前に死んだら元も子もない。それまで育てたビジネスとチームを捨てるのは辛かったが、体制を整えてリタイアした。それでも44歳でリタイアできたのは、いかにもアメリカらしい。

 

休暇で何度か訪れたハワイ島コナに魅了され、移住した。ゴルフやスキューバダイビング。それに、明治の日本がここに取り残されたような日系人社会があり、義理堅い人々に出会った。たまたま買った家にコーヒー畑が付いていたことから、コーヒー栽培を始めた。職場で飲むコーヒーは世界経済の原動力。それがこのように作られるとは知らなかった。それどころか、自分は何も知らないことに愕然とした。コーヒー栽培のことは一から勉強して多少は学んだが、トラックや農機具など絶対に自分で作れない。軍手や長靴だって作れない。剪定ばさみにも、それを作る職人の技がある。世界は英知と技術に溢れている。金融の知識ぐらいでこんなに早くリタイアして申し訳ない。

 

色々な人の英知と技術が連なってコーヒーが飲める。そして、その中で、美味しいコーヒーのためには、世界に3千万人いると推定されるコーヒーを摘む人(ピッカー)が最も重要と気が付いた。それなのに、彼らの収入は最も低い。構造的におかしい。

 

ピッカーは辛い仕事だ。コーヒーサプライチェーンの最下層。たとえは難しいが、日本の農村で働く外国人研修生の下の下のぐらいの階層。私の学生時代より貧しい。

 

コーヒーの価値の源泉がピッカーならば、単なる農園主ではだめ。自らピッカーになった。彼らと同じように摘み、誰よりもきれいに摘もうと努力した。それが自慢だったし、他のコナコーヒーとは一味違った。しかし、10年以上続けたら腰椎が潰れた。やはり大変な仕事だと身をもって理解できた。残念ながら、昨年から生産量を自家消費分に絞った。

 

赤字の道楽だが、自分の時間と労力のほとんどをつぎ込んだ。一般的なコナコーヒー同様の価格で売ったから高い。諸経費の高いハワイだからご勘弁いただきたい。ただ10年以上もやれたのは、こんな道楽に付き合ってくれるお客様あってのこと。感謝したい。

 

貧困から抜け出たくて就職した。終身雇用制度という日本独特の奇習のもとで働いたのは興味深い経験だった。ウォール街に転じ、世界中から集まる人材としのぎを削る高揚感も味わえた。でも、何もかもが違う農家となり、ピッカーという対極の身分で生きたのは、なによりも愉快だった。日本のサラリーマン社会を飛び出してよかった。早くリタイアして良かった。さて、人生百年時代が到来するそうだ。残り40年間、何をしようかな。

 

10年間、ご愛読ありがとございました。           

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2022/07/01   yamagishicoffee

コーヒーと少数民族

私の妻がコーヒー摘みの達人になる前はNY州弁護士だった。その前は、弁護士のN氏率いるNGOで途上国の孤児を支援するボランティア活動をしていた。1980年代、まだロースクールの学生だったN氏は、飢餓で苦しむエチオピアの草原に飛行機で救援物資を飛ばした。食糧や医薬品の寄付を募り、航空会社から無償で飛行機の提供を受け、草原の草をむしり地面をならして土の滑走路を手作りした。国連など大組織では支援に時間もかかるし、途中で中抜きリスクもある。NGOの力で直接、素早く支援を届けた。何かの雑誌で世界に影響を与える若者10人に選ばれた。

結婚前の私の妻は、ひと時N氏の紹介でバンコクのKlong toey地区のスラムにあるNGOでボランティアをした。スラムにはHIVを持って生まれた孤児が大勢いた。親はなく、自分も長くは生きられない。自暴自棄になりがちな子供達だ。そんな子供達と手書きのホリデーカードを作り、近所のナイキの工場に買ってもらい、自分の工夫でお金を稼げることを体感するプロジェクトを発案し実行した。ナイキからは縫製の悪い靴を貰い、孤児らが履いたナイキのロゴがスラムを走り回ったそうだ。ナイキの株主の私も嬉しい。

昔はタイ北部の国境地帯はゴールデントライアングルと言われアヘンの原料のケシの栽培地域だった。タイ政府の施政の及ばぬ無法地帯。妻が北部山岳地帯へ行ったら、軍隊が道を封鎖して、ずいぶんと物騒だったらしい。

私は、数年前にコーヒーハンターの川島良彰氏の案内でタイ北部のドイトゥン地区を見学した。タイ王室の資金でケシ栽培地帯をコーヒー栽培に転換したプロジェクトだ。川島氏もコーヒー生産の技術指導をしている。コーヒーへの転換で、地元の少数民族がケシを栽培せずとも自活できるようになった。素晴らしい成功例だ。私は30年ぶりのタイ訪問。その間、タイの実質GDPは3倍に増えた。その発展ぶりには驚いた。初めて訪れたドイトゥン地区はきれいに整備され、とても安全。タイは確実に前に進んでいると感じた。

コーヒーを飲めばタイ経済の発展に貢献すると感じる方もあろうが、私はそうは捉えない。コーヒーはタイにとって成長戦略ではない。コーヒー生産量上位50か国の生産量をGDPで割ると、タイは米国、中国、マレーシアに続き下から4番目。小さすぎて成長戦略とはいえない。むしろドイトゥン・プロジェクトは、少数民族対策の成功例だ。ドイトゥンの現地スタッフの多くは大卒のタイ人でバンコクでの職と遜色ない収入を得るが、実際にコーヒーを育て、摘むのは少数民族で収入はずっと低い。それでも、アヘンを生産せずとも、娘を売らずとも生活できるから、それは素晴らしい成果だ。

少数民族問題は日本人の私には計り知れない悩ましい問題だ。国によっては、地元民に良かれと思う支援も、一部の勢力には許しがたい行為ともなりうる。アフガニスタンで支援活動をした医師の中村哲氏殺害のニュースは記憶に新しい。

冒頭で述べた妻の元上司のN氏。数年前に、ある国で児童性的虐待撲滅のために現地活動をしていたら、児童性的虐待で逮捕され、8年の刑で投獄された。彼を知る人々は、彼にはそういう嗜好はないし、そういう人物ではないと信じるが、その国の裁判では、証拠も提示されずに有罪とされたらしい。真相は闇の中。

中村氏やN氏の例は残念な結果だが、最近のスペシャリティーコーヒーの潮流は山岳地帯の少数民族や貧困層と消費国を直に結ぶリンクとなった。リベラルな若者にとってコーヒーがオシャレな飲み物なのは、それを感じ取っているからだろうか。自由主義陣営の価値観の押し付けとの批判と反動リスクもあろうが、情報とお金の自由な動きが、少数民族と我々を繋いでいくのは止められない。

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2022/06/01   yamagishicoffee

「珈琲と文化」原稿4月号(カーボンファーミング)

雑誌「珈琲と文化」4月号の原稿を転載します。カーボンファーミングに関してです。

 

中川毅著「人類と気候の10万年史」によると、地球の気温は安定期と変動期を繰り返してきた。氷河期が約一万二千年前に終わり、気温の安定期に入っている。同時に人類は農耕を始めた。狩猟採取時代の人類は頭が悪かったわけではない。変動期には、五度(東京とマニラの差)もの平均気温の変動が百年間に三~四往復もしたから、農業は無理だった。人類文明は地球が気温安定期に入ったからこそ開花した。そして、その安定は微妙な均衡の上に成り立っている。

私の読後感想はこうだ。このまま温暖化が進むと、あと数十年で気温上昇を止められなくなる可能性があるらしい。もし気温が高位安定すれば、北国の農業は得をするかもしれない。しかし、せっかく安定している気温が暴走を始め、変動期(地球のより一般的な状態)へ突入したら、農業はできない。仮に、規則的に五度変動するのであれば、十年ごとにバナナと小麦を転作する手もあろうが、変動の時期と幅は予測できないので、私なら農家を諦める。私だけなら問題ないが、農家が全員諦めたら、人類は困る。

さて、現在でも農業は文明の基盤だが、残念ながら、その農業自体が二酸化炭素を排出する。まず、土壌中からの蒸発。土壌は粘土と腐植からなる。植物は光合成で空気中の二酸化炭素を取り込んで根や枝や葉などの組織を作る。その死骸がある程度分解した段階で土壌に残ったのが腐植。つまり、炭素の塊。三億年前の石炭紀には木材を分解する菌類がいなかったので、森林の樹木が石炭となり地中へ炭素を大量に固定したが、現代の草原や森林では細菌類が有機物を分解して、地表の炭素の99%は大気中へ蒸発し、土壌中に残るのは1%以下。しかし、1%とて馬鹿にはできない。地球全体の土壌中には大気の三倍もの炭素が腐植として存在しているそうだ。

ところが、人類が一万年前に農耕を始めて、草原や森林を切り開いたから、地表の炭素(草原の草や森の樹木)は焼き払われるし、耕すと、せっかく何千、何万年もかけて土壌中に貯められた炭素も二酸化炭素として空気中へ蒸発してしまう。

そこで、近年、カーボンファーミングなる言葉が生まれた。堆肥を積極的に使い、かつ不耕起にして、炭素を土壌に戻す農法。これだと、炭素の蒸発を防いで土壌中に貯められるので温暖化対策になるという触れ込み。ナパのワイン畑などで使われる。

 

ところで、うちの畑はコーヒーの木が列に並んで植えてある。最初の数年は各列の両端の木の生育は悪かった。端の木は隣に木がないので太陽光を多く浴びる。コーヒーの木は直射日光が苦手。葉が黄色くなり収穫量も少なく、困った問題だった。ところが、ここ数年は端の木の生育がすこぶる良い。不思議なこともあるものだ。

二つ理由が考えられる。まず第一に、数年前にキラウェア火山の噴火が止まって以来、コナは雨が多い。日光が柔らかくなったことが原因ではなかろうか。(ただし、昨秋、噴火が再開し雨量が減った。)

第二に、土壌中の炭素量。うちの畑は二年ごとに木を膝の高さでカットバック(剪定)する。切った枝葉を畑の端の通路脇に積み上げ、粉砕機で細かく粉砕し畑に撒くが、そんなに遠くまでは飛ばせないので、どうしても列の端の方に集中する。それら枝葉は一年で昆虫や細菌類に分解されてなくなるが、1%ぐらいは腐植として土壌中に残る。よって、列の端の方の土壌は腐植が多いと推測される。

土壌中に腐植が多いと、土は団粒構造をなし、コロコロ、ネバネバ、柔らかくなる。水はけが良いうえに、保水力が高まる。また、栄養分を蓄える力も増す。つまり、腐植が多い土は肥えている。これが、列の端の木の生育が良好な理由ではなかろうか。

コナは日本と同じで火山灰土壌(黒ぼく土)。火山灰土壌はアロフェン粘土が植物に必須のリン酸を強く結合するので、植物の根がリン酸を吸収できない。火山灰土壌が不良土とされる所以だ。一方、アロフェン粘土は腐植も強く吸着するため、火山灰土壌は他の土壌の何倍、何十倍も腐植が多い。腐植が多ければ植物の根はある程度は腐植からリン酸を吸収できる。だから、腐植が多いほど土は肥える。炭素は宝。

この畑の地表は溶岩だらけだったが、ひとたび雑草(芝)が覆うと、ほんの十年で地表は黒く粘り気のある火山灰土壌で覆われた。常夏のコナは雑草(腐植の源)が元気。ナパの十倍は生える。一方、常夏なら良いわけではない。通常、高温多湿の熱帯では、有機物はすぐに分解・蒸発し、土壌は枯れる。しかし、コナの火山灰土壌は粘土が有機物を蒸発する前に腐植の形でガッチリつかみ取る。土壌は地質学的な年代を経て形成されるが、ここの火山灰土壌は驚くべき速さで成長し、炭素を固定した。

コナコーヒー畑は腐植が豊富。コナコーヒーこそがカーボン・ファーミングを名乗るのにふさわしいかもしれない。しかし、話はそう単純ではない。実は現代農業は農作業の過程でかなり二酸化炭素を排出する。

 

リタイア後、農業は初めてだが、スローライフに憧れる感覚で、コーヒー栽培を始めた。畑を買った時、除草剤できれいに処理されて、溶岩だらけで雑草が一本もなかった。最初はそういうものかと思い、雑草が生えるたびに手で抜いた。「除草剤か芝刈り機を使わないと無理だよ」と地元の長老に笑われたが、「これが一番エコ。スローライフさ」と受け流した。しかし、なるほど、すごい勢いで雑草が生えて来た。四つん這で一日に二坪しか進まない。八千坪の敷地では四千日かかる。だめだ。スローすぎる。

そこで、鎌を買った。すごい。一日で何十坪も刈れる。歴史教科書にある鉄器の発明とはこのことか。頭の中で映画「2001年宇宙の旅」の曲(R.ストラウス「ツァラトゥストラはかく語りき」)が「パーパーパー パパ― ドンドンドンドン」と鳴り響いた。

しかし、現代人の私は、それでも間に合わない。やがて、ガソリン工具に手を出した。Weed Wacker(ガソリンで動く芝刈り用の手工具)。もっとすごい。数週間で畑を一周できる。しかし、腕がパンパン。手が震える。そこで遂に百万円超の業務用芝刈り機を買った。すごすぎ。座って鼻歌交じりで運転して一日で終了。ガソリンを使いまくりだが、草刈り鎌の何万倍も効率的だ。私のやることなすことを笑い飛ばしていた長老も”That’s smart”と、やっと褒めてくれた。しかも、腐植たっぷりのよい土壌ができた。

最初は、コーヒーの木の剪定もノコギリで数週間かけて切った。今ではガソリン式チェーンソーでちょちょいのちょい。剪定した枝葉は、マシェテ(中南米のなた)で二ヵ月かけて細かくしたが、今は業者が来て粉砕機で二~三時間。もうガソリン大好き♡。

摘んだコーヒーは百ポンドの袋に詰めて肩に乗せて坂を登る。足腰の鍛錬に良い。なんとゴルフのドライバーの飛距離も伸びた。最初は喜んで担いだが、つらい。そうだ、ロバを飼おう。コーヒーといえばロバだ。コロンビアコーヒーのロゴにもなっている。畑の雑草を食べて餌いらず。コーヒーも運んでくれる。一石二鳥。スローライフのシンボルだ。

しかし、妻の猛烈な反対にあい、結局トラックを買った。なるほど内燃機関は偉大。アクセルを数センチ踏むだけで二十袋も運べる。十キロ先の精製所までの坂道も楽々。歴史教科書にある内燃機関による産業革命とはこのことか。おまけに、トラックならばゴルフ場へも行ける。ロバにゴルフクラブを縛り付けて出かける羽目にならずに済んだ。

便利な工具なしにコーヒーを作った百年前の日系一世の苦労を追体験してみたが、やはり機械を導入したら畑の管理が行き届き、コーヒーが美味しくなった。ガソリンは使うが、美味しいコーヒーのためなら仕方がない。今後は工具の電化に努めるにしても、畑を出た後の精製、輸送、販売を含めると、コーヒーのカーボンニュートラルへの道は遠い。

お詫びといってはなんだが、我家には冷暖房はない。コロナ後は町への外出は控えめ。庭で採れた野菜・果物を食べ、肉食を減らした。浄水器を買いペットボトル飲料もやめた。屋根に太陽光パネルを設置し、電気は自給。加えて、グリーン経済応援の趣旨でテスラ社の株を買った。すると、あら不思議、何十倍にもなった。先日、その値上がり益で電気自動車をオーダーした。早く届かないかなあ。へへへ。

 

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2022/05/27   yamagishicoffee

ワインとコーヒー

日本の米は食管制度を廃止したら美味しくなった。コーヒーも昔は、生産国では質の良し悪しにかかわらず政府が買い取る価格維持政策が支配的だったから、品質が価格に影響しなかった。農家の側にも良い質のコーヒーを生産するインセンティブ(動機)がなかった。質を上げて世界のコーヒー市況とは切り離した値段で売ったのは、コナやブルマンなどの限られた産地しかなかった。しかし、近年、スペシャリティーコーヒーという概念の登場で質の良いコーヒーを作る農家が増えて来た。

スペシャリティーコーヒー業界はワインを手本としてきた。実際に、コーヒーのカッピングの手法の多くはワインから借用している。ワインは質に応じて値段が変わる。一本千円以下のワインもあれば、何十万円もするワインもある。それならば、一杯何千・何万円もするコーヒーがあっても良いはずとスペシャリティーコーヒーの人々は主張する。私に異論はない。しかし、ワインとコーヒーでは決定的な違いがある。

例えば、ボルドー地区の第一級銘柄「シャトー・マルゴー」。マルゴーの畑の赤ワインには、生産過程ででる規格外の安いブランドもあるが、マルゴーの基幹ブランドは何といっても第一級銘柄のGrand Vin du Chateau Margaux。年間生産量は平均して35万本もある。だから、マルゴーの畑はGrand Vinを生産するために存在し、畑全体の品質のばらつきを抑えながら、全体的に質を高くしようと目指す。一般に、ワインの点数は、その年のそのブランドのすべてに対して適応される。ここがコーヒーと違う。

コーヒーの点数は、農園の主力コーヒーの点数を意味しない。COE (Cup of Excellence)などの品評会へ出品されるのは、それ用に生産され、試飲を繰り返し選りすぐった豆で、せいぜい百~千キロ程度。各農園の生産量の1%以下であろう。所詮宣伝目的だ。出品豆が入賞すれば、評判が上がり、他の99%の普通の豆も高く売れる。入賞豆がいかに素晴らしく、高値で競売されようとも、数少ない業者の手にしか渡らない。一般の消費者が入賞した農園のコーヒーを買い求めたところで、それは入賞豆ではなく、その他99%の豆であることがほとんどで、点数や味は入賞豆に及ばない。いくらの値段を払うべきかは消費者には分かりにくい。大抵は飲んでガッカリする。マルゴーのGrand Vinであれば、よほどのことがない限り安心してマルゴーの味を堪能できるのとは違う。

確かに、COEはスペシャリティーコーヒーの質の向上に多大な貢献をした。昔のコモディティーのみの時代とは大違いだ。しかし、ほんの少量の豆に点数を付ける方式だと、ほとんどの消費者の手には届かないから、点数の意味は消費者に不明確だし、ホームラン狙いで農園全体的な質は顧みないインセンティブを生産者に与える。スペシャリティーコーヒーがワインを目指すには、現在のCOEの形式では道のりは遠い。

スペシャリティーコーヒーの世界は歴史が浅い。大学のサークル活動の延長のような雰囲気さえある。そのお祭り騒ぎが、かえって、若者の心を捉えているのかもしれない。さらにワインを目指すのであれば、農家がきちんと製品のばらつきを抑える工夫をして、質が良ければ値段が高く、悪ければ値段は安いという質と価格の関係を安定させ、消費者が安心して、提示された値段で購入できるようにすべき。

ブドウは一度に熟すが、コーヒーは一度に熟さないのが、コーヒー栽培の難しい点。高い質の源泉、つまり、きれいに収穫する事が、ワインより何倍も難しい。価格機能がきちんと働くようになるためには、ピッカーの重要性を業界全体で認識して、ピッカーを大事にし、きれいな収穫に努めることが肝要。

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2022/04/30   yamagishicoffee

農園主とピッカー

美味しいコーヒーを作るにはコーヒーの木を健康に保ち、健康に完熟した実だけを摘む。つまり、ピッカー(コーヒーを摘む人)の働き次第だ。

コーヒーに携わる人々の中で、美味しさに最も貢献しているのがピッカー。ところが、彼らに対する報酬は最も低い。それは歴史的な植民地主義や南北格差の遺産だ。先進国と途上国の格差に加えて、農園主(地主、植民地支配層の子孫)と労働者(被支配層の子孫)の格差もある。以前、日本のテレビ番組が南米のコーヒー農園を紹介するのを観た。まず、取材班を白人の農園主一家が古いプランテーションハウスで出迎え、先祖から受け継いだ農園の歴史を語った。次に農園で慣れない手つきでコーヒーを摘んで見せた。土など触ったこともなさそうなきれいな指だ。とてもピッカーの指には見えない。その背後に映るのは実際に働く、ごつい指をしたインディオたちだ。

ハワイ島コナのコーヒー畑で働くメキシコ人達にもヒエラルキーがある。収穫作業を請け負うメキシコ人のグループのリーダーは大抵は米国に合法的に在住する白人のメキシコ人で、その下で収穫を行うのは、カリフォルニア州の農園を渡り歩き、秋にコナに出稼ぎに来るインディオ系のメキシコ人だ。彼らは話す言葉も違う。それでも彼らは米国の賃金水準で働ける。米国とメキシコの国境の壁の前で追い返された人々は、中南米の賃金水準でコーヒー摘みに耐え忍ぶ。そういう人々がコーヒーの価値の源泉だ。

私はコーヒー栽培を始めて、美味しいコーヒーの価値の源泉は収穫にあると気が付きピッカーになった。彼らと同じように摘んだ。それが自慢だったし、だからこそ他のコナコーヒーとは一味違った。しかし、12年で腰椎がつぶれた。たいへんな仕事だ。

一杯のコーヒーの値段のうち、コーヒー農家に渡るのはほんの1~3%という話はコーヒー愛好家なら誰もが耳にしたことはあるはず。しかし、それは農園主、農協、自営農に渡る金額で、農園主の下で働く労働者の取り分はさらに少ない。長く続いたコーヒー市況低迷で生産者の生活は、ままならないという話は頻繁に紹介されるが、その下で働く労働者はさぞ大変だろう。近年、どの産地でもピッカーの確保が難しくなっているのは、低賃金や劣悪な労働環境が原因だ。

買い付け担当も、産地に視察に行ったカフェのオーナーも農園主としか会わないから、よくネットにある農園訪問レポートは、労働者の仕事の事よりも農園主の視点が強調される。気候や土壌(先祖からたまたま受け継いだもの)、品種、精製方法の記述ばかりだ。精製方法も、水洗式、ナチュラル、セミナチュラル、酵母菌発酵などの単語が踊る。

確かに、酵母菌発酵は強い特徴が出る。ちょっと珍しい。だから農園主は躍起になる。でも所詮、小手先の工夫だ。ワイン用の酵母会社から何種類か取り寄せて、2日、3日、4日と発酵時間を変えて、どの酵母で気温何度で何時間発酵されば良いかを探るだけのこと(畑により最適な酵母菌の種類と発酵時間は異なる)。中には企業秘密ともったいぶる農園主もいるが、なんてことはない。私の場合はCimaという酵母菌で72時間発酵させるのが最適だった。種類と時間の組み合わせで、数十通りのサンプルを試し、あとは雑菌に注意(気密性)するだけの単純な工夫だ。1年もやれば大体の勘はつかめる。

それよりも、木を健康に保ち、きれいに収穫する方がずっと重要。いかに畑で労働者に丁寧に働いてもらえるかが鍵。易しくはない。上手に人に働いてもらうのは、人類の永遠の課題といえるほど難しい。だからコーヒー市況が上がったからって怒らないでね。

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2022/04/03   yamagishicoffee

コーヒーの酸味

SCA (Specialty Coffee Association) のコーヒー評価基準では、酸味が重要視される。逆に苦味は減点要因。コーヒーの木を健康に育て、丁寧に収穫すれば、酸味のきれいなコーヒーができる。逆に、木が不健康で、収穫も乱暴だと、苦く雑味の多いコーヒーとなる。だから、生産者としては、SCA基準には一定の納得感がある。

きれいな酸味は質の良いコーヒーの証拠なのに、日本のコーヒー党には酸味を嫌う人が割と多い。味覚は好みの問題だから、とやかく言う事ではない。しかし、海外生活が長い私には、我々日本人は酸味を愛でる習慣と表現が乏しいと思える。欧米や東南アジアの食文化は酸味が多彩だし、酸味をより肯定的に捉える感じがする。

昨年NHKで帝国ホテルのフランス人シェフが日本の米を探求する番組があって、様々な種類の米を食べては、酸味が素晴らしいと力説していた。この感性には驚いた。私には理解できない。米といえば甘味やうま味だろう。しかし、彼には酸味らしい。

昔はおおむね、温帯地方は酢(酢酸)、熱帯地方は果物(クエン酸、リンゴ酸)、中央アジアはヨーグルト(乳酸)による酸味を用いたが、現代は影響し合い多様化した。

日本では米酢、梅干し、漬物、柑橘類などが代表。しかし、日本料理の本領はうま味だろう。一方、欧米や東南アジアは酸味を積極的に使う。タイ料理は、酢やタマリンド、ライム、レモングラスなどを用い、辛みと酸味の重層感が素晴らしい。

欧米の酢は、ワインビネガー(赤・白)、シェリービネガー、バルサミコ酢、リンゴ酢、モルトビネガーなど多彩。漬物も酢漬け(ピクルス)で種類も豊富で酸っぱい。トマトは味付けの基本だし、果物やヨーグルトを多用する。酸味が多様だ。

日本は欧米に比べ、果物の消費量が少ない。日本は古来からの果物が柿ぐらいで、種類が少なく慣れないせいか、近代以降流入した果物をどんどん甘く品種改良する。最近は梅干しまで甘い。

テニスのウィンブルドン選手権は、ストロベリー&クリームが名物で、学生時代に放送を観て憧れたものだ。実際に行ってみたら、そのイチゴは甘くなく酸っぱい。秋にロンドンで出回る小さなリンゴも酸っぱい。イギリスの果物を酸っぱくて不味いと言う日本人がいるが、大きなお世話だ。イチゴにしろリンゴにしろ、本来、果物は酸味が命。それを日本のように何でもかんでも甘味を追求するのは、少し特殊だろう。

そもそも、日本語は、なんでも「酸っぱい」と表現する。欧米人はSour(劣化した酸っぱさ)とAcidity(酸味)を区別し、Acidityは好ましい味として積極的に愛でる。

日本人は甘い酸味のワインを甘いと褒める。しかし、アメリカでワインを甘いと褒めたら、仲の良いソムリエにフルーティーとか酸味が良い (good acidity)と表現しろとたしなめられた。ワインは酸味を愛でる飲み物だ。だから、素人でさえ、このワインはBlack currant, plum, blueberry、と酸味を果物に例えてスラスラ表現する。恥ずかしながら、私には、どう考えてもブドウの味だ。

日本酒も酸味は命。酒の辛口の要因は多元的だが、酸味も要因の一つ。酸度が高いと辛口という。辛口党は酸味を好ましいと感じているが、酸味とは言わず辛いと表現するのがツウだ。たぶんSourな酢に劣化した酒と区別する意味もあろうが、あれは決して辛くない。唐辛子風味ではないし、オリーブオイルの辛味でもない。酸味(Acidity)を愛でる習慣と表現が乏しいためだ。

日本で、コーヒーの酸味をマイナスに受け取る人が多いのは、こういう背景があるのかもしれない。なら、いっそのこと、酸味とは呼ばず、このキリマンジャロは淡麗辛口でキレがあるねとカフェで粋がってみるのもおつだ。

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2022/04/03   yamagishicoffee

雑誌「珈琲と文化」1月号の原稿(還暦)

雑誌「珈琲と文化」1月号の拙稿を転載します。ご笑覧ください。

 

ついに寅年。とうとう還暦となってしまった。

 

人生を振り返ると情けない。大学では学問などはせず、ただ就職に有利だから「優」を並べた。就職後は、良い役職に付きたいから社内の米国MBA留学に応募した。MBA取得後は、最先端の仕事をしたいとNY支店を希望。さらに、三十五歳で米国金融機関のNY本社へ転職し、社内で新たな事業を立ち上げた。すごい競争社会だった。生き残るために必死で働いた。成果を出せば出すほど昇給・昇進した。アメリカ社会が世界中から優秀な人材を集める魔力だ。高揚感に我を忘れて猛烈に働いた。運も良かった。自分でも驚くほどの力を発揮し、得意になって重責を負った。

 

そして厄年。四十二歳の時、突如、癌を告知された。手術は痛かった。

 

バカバカしくなった。日本の教育制度に乗ったら、阿呆なレールに乗っていた。受験、就職、留学、転職、昇進と通過して癌手術に到着。幸いお金だけは貯まったが、使う前に死んだら元も子もない。このレールから降りなくちゃ。

 

ここまで育てたビジネスとグループを捨てるのは辛かったが、二年かけて体制を整え四十四歳でリタイアした。リタイアといえば聞こえは良いが、ポートフォリオマネージメントどころか、自分の健康マネージメントもできず、競争社会の魔力に引き込まれ、そして弾き飛ばされた。

 

妻は弁護士としてヘッジファンドのパートナーで忙しかったので、彼女がリタイアできたのは一年後。私は一年間、ひとりでリタイア生活を満喫した。

 

十二月の退職の日、会社の帰りにキャンディーズのCDを買った。翌日、それをガンガンかけながら車でNYからフロリダのオーランドへ向かった。「もうすぐはーるですねえ♪」。雪のNYから南下すると、徐々に暖かくなる。ワシントンDCを過ぎるとコートを脱ぎ、二日目、ジョージアでセーターを脱ぎ、三日後にフロリダに着くころには長袖がTシャツに代わった。極寒のNYでストレスだらけだった身も心も徐々に温まっていった。

 

ハンデが0になるまでゴルフをする。当面の目標だった。オーランドにアパートを借り、ゲーリー・プレーヤーなど多くのプロを育てた有名コーチのフィル・リトソン氏に付き、練習の日々が始まった。多くのツアープロが冬にオーランドで練習をする。一緒に練習した。毎日、千球はボールを打った。うれしくて止まらない。なにせリタイアしたばかり。

 

ゴルフなんてプロと同じように練習すれば、数ヶ月でハンデが0になると思っていた。ところが向こうは二十歳代、こちらは四十半ば。すぐに手首と十本の指が腱鞘炎になった。ゴルフどころかグーが握れない。無理してグーにすると中指だけが曲がらずに伸びたままで、アメリカでは非常に都合の悪い状態となった。

 

そこで考えたのが基礎体力の向上。ミッシェル・ウィー選手らのトレーナーのダグ・パラ氏のもとでストレッチ、筋力強化に励んだ。ところが今度は股関節が動かなくなった。医者の診断ではストレッチとウェートトレーニングのやり過ぎ。処方された消炎剤を飲んだところ、今度は血圧が異常に上がり、服用を断念。若い韓国の女子プロに囲まれた夢のような生活は危機に瀕した。遂に、NYで働く妻から「いい加減にしなさい」とダメだしを喰らい、NYへ逆戻り。たった半年でゴルフからも弾き飛ばされた。

 

もっとスローダウンしなければ。翌年、妻が無事にリタイアしたので、もっとリラックスした雰囲気でゴルフとスキューバダイビングのできるハワイ島に流れ着いた。

 

たまたま買った家にコーヒー畑が付いていた。生まれも育ちも東京。仕事はNY。農業の事は何も知らなかったが、一つの理想形として、チャップリンの映画「モダンタイムス」で、窓から果物を採り牛乳を搾る田舎家の生活をチャップリンと少女が夢見るシーンが印象に残っていた。名曲「スマイル」が流れるあのシーンだ。そういえば、癌の手術後に初めて出勤した、その帰りの車の中でNat King Coleの「スマイル」を何十回もかけながら運転したっけ。そんなスローライフに憧れる感覚で、コーヒー栽培を始めた。

 

見よう見まねでコーヒーを摘んでみたが、隣で摘むピッカーとは大違い。さすがにプロは速い。感心した。同じくらい速く摘めるようになりたい。毎日十時間、コーヒー摘みに励んだ。周りから、そんなにがむしゃらに働いたら体を壊すよと忠告された。お百姓さんって怠け者だなあと思った。でも、彼らは正しかった。またもや、指が腱鞘炎になった。フロリダで痛めた指は、酷使するとぶり返す。農家の人はなんだかボーっとしているように見えるが、彼らは疲れない体の動かし方やペースを知っているのだ。

 

コナで日系人のゴルフグループに出会った。リタイアした日系三世中心の三十人ぐらいのグループ。中には九十歳代の人もいて、私は最年少。三世の彼らは、明治期に移民した祖父母の薫陶を受け、大いに慕っている。道徳心に富み、ずるい行為を戒め、他人を気遣い、地域社会へ貢献する事を旨とする。まるで、明治の日本が保存されている。

 

貧しいコーヒー農家出身。戦中戦後の厳しい時代を生きた彼ら自身は、教師、医師、大学教授、消防士、会社員などを務め貧困から抜け出た。多くが「体を壊すから、コーヒー摘みは、金輪際ごめんだ」と笑い飛ばす。とにかく元気で、よく遊び、よく笑い、日本食を食べ、コナコーヒーを飲む。ハワイの日系人が全米で最長寿なのも納得できる。

 

私がコーヒー畑を始めた頃、肥料の撒き方を教わった。肥料は季節や雨量や実の成長具合により、最適な成分をタイミングよく施す必要があり、なかなか奥が深い。長年の経験に基づくアドバイスは実に適切。しかし、それを実践しているのか尋ねたら、返ってきた答えが、「冗談じゃない。肥料なんて手間と金がかかる。さらに困ったことに、肥料をやると秋に沢山の実が生るから、摘むのに手間隙がかかって、ゴルフの時間が減る。人生はもっと楽しまなくちゃ」。人生の極意を教わった。

 

彼らに限らず、ハワイの農家は、自分の身体だけではなく、植物に対しても、気象条件や自然に合わせて、無理のないように作物に接している。

 

ナスは夏野菜だと思っていた。日本の園芸店でナスの種を買ってきた。夏に美味しいナスが採れた。苗は元気そうだから、水と肥料をやったらまた採れた。春夏秋冬二年間も採れ続け、旅行中に実を採らなかったら遂に枯れた。そうか、ナスは夏野菜ではなく、亜熱帯地方の野菜か。それを無理やり日本へ持ってきて育てるから夏にしか生らない。日本で何十世代も品種改良を重ねた種なのに、やっぱりハワイの気候が好きらしい。

 

日本の農業は亜熱帯のイネを北海道でも育つように品種改良した成功体験がある。ご苦労な事だと思う。ハワイは気候に合った作物を栽培しているだけ。のんびりしたものだ。日本の温室で育てたマンゴーは何千円もするが、ハワイでは道端に落ちている。しかも美味しい。コーヒーも、肥料をやらずに放任しても、土壌と微生物とコーヒーの木のバランスが取れて良いかもしれない。

 

コロナ禍でも、のんびりした農家暮らしは普段と変わらない。都会の利便性に依存していないから、社会が危機に瀕しても影響は少ない。誠に結構なリタイア生活だ。

 

と、ここまで言っておきながら、実はコーヒー栽培は、特に収穫作業は、自分が手をかけた分だけ味や質に返って来ることに気が付いた。つい悪い癖で、のめり込んだ。コーヒーの出来不出来が私の工夫と努力を反映している。コーヒーは私を映す鏡だ。それをお客様が喜んでくれればとても嬉しい。サラリーマン生活だと、そうはいかない。組織の歯車として、自分の労働は会社のための労働。会社の商品は自分を実現したものではない。これがマルクスが論じた資本主義の人間疎外か。大学の授業ではピンと来なかったが、農家に転じて、自分なりの合点がいった。農業は人間疎外克服への道。私を投影したコーヒーが私と他者をつなぐ。類的本質なのであーる。なんてね。

 

農家になって十数年。夢中になってやったら、腰痛が激化した。残念ながら、昨年から大幅に生産量を減らし、自分で消費する分に絞った。スローライフどころか、またもや、弾き飛ばされてしまった。

 

人生百年時代。さあ、あと四十年間、何しようかなあ。

 

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2022/02/06   yamagishicoffee

アメリカ人の味覚(その2リベラルの味)

先月号で、「SCA (Specialty Coffee Association) 基準はコーヒーの好みの偏った人々が作った」との批判を耳にしたと述べた。私なりの答えとして、生豆とそれを作る農家にスポットを当てたのがスペシャリティーコーヒーの真価だと述べた。農家が良い仕事をしたコーヒーは美味しいという概念を生んだ。今回は、それ以外にもスペシャリティーコーヒーが人々、特に若者に受ける理由について。

東西冷戦終了後、自由主義・資本主義発展と通信手段の発達で、人・物・金・情報が国境を越えて移動し、コーヒー生産国を含め、世界はものすごい勢いで経済発展を遂げた。この30年間経済成長ゼロの日本にいると見えづらいだけだ。

途上国においても、アフリカの貧困率はいまだ高いが、アジア・中南米の貧困層は大幅に底上げされた。とはいえ、富裕層の成長率の方が速いので、格差は拡大する。そのうえ、コーヒー生産地は途上国内でも山間部の最貧地域の場合が多い。少数民族の地だったりする。少数民族問題が絡むと問題は複雑だ。国が豊かになろうとも、彼らは経済発展から取り残されやすい。

しかし、遂に、グローバル経済は国境や政治体制を越え、人・物・金・情報の壁を取り払い、山間部のコーヒー生産地にまで達した。コーヒー生産者と消費者を直に結び、スペシャリティーコーヒーという概念を生んだ。

スペシャリティーコーヒーの売りの一つはトレーサビリティー。生産者の顔が見える気がする。アメリカのリベラルな若者にとって、スペシャリティーコーヒーは、山間部の成長から取り残されがちな生産者との直接的な接点を感じさせる。現実は厳しいものの、コーヒーを飲めば、生産者の生活向上に繋がると感じさせる魅力がある。

古くから、コーヒーは消費国での繁栄の象徴だったが、同時に、南北問題の象徴、植民地時代のプランテーション方式による奴隷作物の代表だった。奴隷制廃止後も、支配層はプランテーション方式で貧困層を搾取し続けた。コーヒーは古い時代の古い体制を支え、人々を飢餓に追いやる輸出商品作物。貧困の元凶だった。

スペシャリティーコーヒーはコーヒーをその地位から解き放つ可能性を提示した。そこがカッコよく、ヒップな点だ。スペシャリティーコーヒーはリベラルな飲み物なのだ。しかも、数量が少ないので、大資本が大量に扱える物ではない。小規模なプレーヤーによる手作り感が、リベラルな若者には魅力だ。

昔はコーヒーは国家に管理され、生産者に質の良いコーヒーを作るインセンティブはなかった。今はコーヒーが自由に取引され、質の良いコーヒーを作れば、消費国のバイヤーが山奥までやってきて、市場価格よりも高く買ってくれる。しかも、プランテーション方式で生産されたコーヒーよりも、国家管理で生産されたコーヒーよりも、大資本が流通を支配するコーヒーよりも美味しいことが、リベラルの勝利感を醸し出す。植民地的経営、国家管理体制、大資本による流通支配では出せなかった味だ。

それがアメリカの若者の味覚の琴線に触れた。だから、SCAの年次総会には、ああいう雰囲気のああいう人々が集まるのだ。なんだか、大学の学園祭やサークル活動の延長のようなノリだ。そして、大資本が参入するとシラケる。そういう素人っぽい手作り感とリベラルな熱量が、前述の「SCA基準はコーヒーの好みの偏った人々が作ったから」と感じさせる一因かもしれない。

欧米の若者はリベラルの味を感じる感覚器官が発達していて、スペシャリティーコーヒーに甘・塩・酸・苦・旨に続く第六味を感じているのだ。

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2022/02/01   yamagishicoffee