農園便り

2022年04月

ワインとコーヒー

日本の米は食管制度を廃止したら美味しくなった。コーヒーも昔は、生産国では質の良し悪しにかかわらず政府が買い取る価格維持政策が支配的だったから、品質が価格に影響しなかった。農家の側にも良い質のコーヒーを生産するインセンティブ(動機)がなかった。質を上げて世界のコーヒー市況とは切り離した値段で売ったのは、コナやブルマンなどの限られた産地しかなかった。しかし、近年、スペシャリティーコーヒーという概念の登場で質の良いコーヒーを作る農家が増えて来た。

スペシャリティーコーヒー業界はワインを手本としてきた。実際に、コーヒーのカッピングの手法の多くはワインから借用している。ワインは質に応じて値段が変わる。一本千円以下のワインもあれば、何十万円もするワインもある。それならば、一杯何千・何万円もするコーヒーがあっても良いはずとスペシャリティーコーヒーの人々は主張する。私に異論はない。しかし、ワインとコーヒーでは決定的な違いがある。

例えば、ボルドー地区の第一級銘柄「シャトー・マルゴー」。マルゴーの畑の赤ワインには、生産過程ででる規格外の安いブランドもあるが、マルゴーの基幹ブランドは何といっても第一級銘柄のGrand Vin du Chateau Margaux。年間生産量は平均して35万本もある。だから、マルゴーの畑はGrand Vinを生産するために存在し、畑全体の品質のばらつきを抑えながら、全体的に質を高くしようと目指す。一般に、ワインの点数は、その年のそのブランドのすべてに対して適応される。ここがコーヒーと違う。

コーヒーの点数は、農園の主力コーヒーの点数を意味しない。COE (Cup of Excellence)などの品評会へ出品されるのは、それ用に生産され、試飲を繰り返し選りすぐった豆で、せいぜい百~千キロ程度。各農園の生産量の1%以下であろう。所詮宣伝目的だ。出品豆が入賞すれば、評判が上がり、他の99%の普通の豆も高く売れる。入賞豆がいかに素晴らしく、高値で競売されようとも、数少ない業者の手にしか渡らない。一般の消費者が入賞した農園のコーヒーを買い求めたところで、それは入賞豆ではなく、その他99%の豆であることがほとんどで、点数や味は入賞豆に及ばない。いくらの値段を払うべきかは消費者には分かりにくい。大抵は飲んでガッカリする。マルゴーのGrand Vinであれば、よほどのことがない限り安心してマルゴーの味を堪能できるのとは違う。

確かに、COEはスペシャリティーコーヒーの質の向上に多大な貢献をした。昔のコモディティーのみの時代とは大違いだ。しかし、ほんの少量の豆に点数を付ける方式だと、ほとんどの消費者の手には届かないから、点数の意味は消費者に不明確だし、ホームラン狙いで農園全体的な質は顧みないインセンティブを生産者に与える。スペシャリティーコーヒーがワインを目指すには、現在のCOEの形式では道のりは遠い。

スペシャリティーコーヒーの世界は歴史が浅い。大学のサークル活動の延長のような雰囲気さえある。そのお祭り騒ぎが、かえって、若者の心を捉えているのかもしれない。さらにワインを目指すのであれば、農家がきちんと製品のばらつきを抑える工夫をして、質が良ければ値段が高く、悪ければ値段は安いという質と価格の関係を安定させ、消費者が安心して、提示された値段で購入できるようにすべき。

ブドウは一度に熟すが、コーヒーは一度に熟さないのが、コーヒー栽培の難しい点。高い質の源泉、つまり、きれいに収穫する事が、ワインより何倍も難しい。価格機能がきちんと働くようになるためには、ピッカーの重要性を業界全体で認識して、ピッカーを大事にし、きれいな収穫に努めることが肝要。

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2022/04/30   yamagishicoffee

農園主とピッカー

美味しいコーヒーを作るにはコーヒーの木を健康に保ち、健康に完熟した実だけを摘む。つまり、ピッカー(コーヒーを摘む人)の働き次第だ。

コーヒーに携わる人々の中で、美味しさに最も貢献しているのがピッカー。ところが、彼らに対する報酬は最も低い。それは歴史的な植民地主義や南北格差の遺産だ。先進国と途上国の格差に加えて、農園主(地主、植民地支配層の子孫)と労働者(被支配層の子孫)の格差もある。以前、日本のテレビ番組が南米のコーヒー農園を紹介するのを観た。まず、取材班を白人の農園主一家が古いプランテーションハウスで出迎え、先祖から受け継いだ農園の歴史を語った。次に農園で慣れない手つきでコーヒーを摘んで見せた。土など触ったこともなさそうなきれいな指だ。とてもピッカーの指には見えない。その背後に映るのは実際に働く、ごつい指をしたインディオたちだ。

ハワイ島コナのコーヒー畑で働くメキシコ人達にもヒエラルキーがある。収穫作業を請け負うメキシコ人のグループのリーダーは大抵は米国に合法的に在住する白人のメキシコ人で、その下で収穫を行うのは、カリフォルニア州の農園を渡り歩き、秋にコナに出稼ぎに来るインディオ系のメキシコ人だ。彼らは話す言葉も違う。それでも彼らは米国の賃金水準で働ける。米国とメキシコの国境の壁の前で追い返された人々は、中南米の賃金水準でコーヒー摘みに耐え忍ぶ。そういう人々がコーヒーの価値の源泉だ。

私はコーヒー栽培を始めて、美味しいコーヒーの価値の源泉は収穫にあると気が付きピッカーになった。彼らと同じように摘んだ。それが自慢だったし、だからこそ他のコナコーヒーとは一味違った。しかし、12年で腰椎がつぶれた。たいへんな仕事だ。

一杯のコーヒーの値段のうち、コーヒー農家に渡るのはほんの1~3%という話はコーヒー愛好家なら誰もが耳にしたことはあるはず。しかし、それは農園主、農協、自営農に渡る金額で、農園主の下で働く労働者の取り分はさらに少ない。長く続いたコーヒー市況低迷で生産者の生活は、ままならないという話は頻繁に紹介されるが、その下で働く労働者はさぞ大変だろう。近年、どの産地でもピッカーの確保が難しくなっているのは、低賃金や劣悪な労働環境が原因だ。

買い付け担当も、産地に視察に行ったカフェのオーナーも農園主としか会わないから、よくネットにある農園訪問レポートは、労働者の仕事の事よりも農園主の視点が強調される。気候や土壌(先祖からたまたま受け継いだもの)、品種、精製方法の記述ばかりだ。精製方法も、水洗式、ナチュラル、セミナチュラル、酵母菌発酵などの単語が踊る。

確かに、酵母菌発酵は強い特徴が出る。ちょっと珍しい。だから農園主は躍起になる。でも所詮、小手先の工夫だ。ワイン用の酵母会社から何種類か取り寄せて、2日、3日、4日と発酵時間を変えて、どの酵母で気温何度で何時間発酵されば良いかを探るだけのこと(畑により最適な酵母菌の種類と発酵時間は異なる)。中には企業秘密ともったいぶる農園主もいるが、なんてことはない。私の場合はCimaという酵母菌で72時間発酵させるのが最適だった。種類と時間の組み合わせで、数十通りのサンプルを試し、あとは雑菌に注意(気密性)するだけの単純な工夫だ。1年もやれば大体の勘はつかめる。

それよりも、木を健康に保ち、きれいに収穫する方がずっと重要。いかに畑で労働者に丁寧に働いてもらえるかが鍵。易しくはない。上手に人に働いてもらうのは、人類の永遠の課題といえるほど難しい。だからコーヒー市況が上がったからって怒らないでね。

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2022/04/03   yamagishicoffee

コーヒーの酸味

SCA (Specialty Coffee Association) のコーヒー評価基準では、酸味が重要視される。逆に苦味は減点要因。コーヒーの木を健康に育て、丁寧に収穫すれば、酸味のきれいなコーヒーができる。逆に、木が不健康で、収穫も乱暴だと、苦く雑味の多いコーヒーとなる。だから、生産者としては、SCA基準には一定の納得感がある。

きれいな酸味は質の良いコーヒーの証拠なのに、日本のコーヒー党には酸味を嫌う人が割と多い。味覚は好みの問題だから、とやかく言う事ではない。しかし、海外生活が長い私には、我々日本人は酸味を愛でる習慣と表現が乏しいと思える。欧米や東南アジアの食文化は酸味が多彩だし、酸味をより肯定的に捉える感じがする。

昨年NHKで帝国ホテルのフランス人シェフが日本の米を探求する番組があって、様々な種類の米を食べては、酸味が素晴らしいと力説していた。この感性には驚いた。私には理解できない。米といえば甘味やうま味だろう。しかし、彼には酸味らしい。

昔はおおむね、温帯地方は酢(酢酸)、熱帯地方は果物(クエン酸、リンゴ酸)、中央アジアはヨーグルト(乳酸)による酸味を用いたが、現代は影響し合い多様化した。

日本では米酢、梅干し、漬物、柑橘類などが代表。しかし、日本料理の本領はうま味だろう。一方、欧米や東南アジアは酸味を積極的に使う。タイ料理は、酢やタマリンド、ライム、レモングラスなどを用い、辛みと酸味の重層感が素晴らしい。

欧米の酢は、ワインビネガー(赤・白)、シェリービネガー、バルサミコ酢、リンゴ酢、モルトビネガーなど多彩。漬物も酢漬け(ピクルス)で種類も豊富で酸っぱい。トマトは味付けの基本だし、果物やヨーグルトを多用する。酸味が多様だ。

日本は欧米に比べ、果物の消費量が少ない。日本は古来からの果物が柿ぐらいで、種類が少なく慣れないせいか、近代以降流入した果物をどんどん甘く品種改良する。最近は梅干しまで甘い。

テニスのウィンブルドン選手権は、ストロベリー&クリームが名物で、学生時代に放送を観て憧れたものだ。実際に行ってみたら、そのイチゴは甘くなく酸っぱい。秋にロンドンで出回る小さなリンゴも酸っぱい。イギリスの果物を酸っぱくて不味いと言う日本人がいるが、大きなお世話だ。イチゴにしろリンゴにしろ、本来、果物は酸味が命。それを日本のように何でもかんでも甘味を追求するのは、少し特殊だろう。

そもそも、日本語は、なんでも「酸っぱい」と表現する。欧米人はSour(劣化した酸っぱさ)とAcidity(酸味)を区別し、Acidityは好ましい味として積極的に愛でる。

日本人は甘い酸味のワインを甘いと褒める。しかし、アメリカでワインを甘いと褒めたら、仲の良いソムリエにフルーティーとか酸味が良い (good acidity)と表現しろとたしなめられた。ワインは酸味を愛でる飲み物だ。だから、素人でさえ、このワインはBlack currant, plum, blueberry、と酸味を果物に例えてスラスラ表現する。恥ずかしながら、私には、どう考えてもブドウの味だ。

日本酒も酸味は命。酒の辛口の要因は多元的だが、酸味も要因の一つ。酸度が高いと辛口という。辛口党は酸味を好ましいと感じているが、酸味とは言わず辛いと表現するのがツウだ。たぶんSourな酢に劣化した酒と区別する意味もあろうが、あれは決して辛くない。唐辛子風味ではないし、オリーブオイルの辛味でもない。酸味(Acidity)を愛でる習慣と表現が乏しいためだ。

日本で、コーヒーの酸味をマイナスに受け取る人が多いのは、こういう背景があるのかもしれない。なら、いっそのこと、酸味とは呼ばず、このキリマンジャロは淡麗辛口でキレがあるねとカフェで粋がってみるのもおつだ。

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2022/04/03   yamagishicoffee