新しい農園のコーヒーの植え付けは、まず、大型ブルドーザーで整地し、次に土壌流出を防ぐための芝生の種をまいた。それと同時に行うのが、土壌成分の検査だ。
畑の土を数ヶ所から採取し、ハワイ大学の研究所のコナ出張所へ持っていく。研究所が土の中の栄養成分を計測して、コーヒー畑に適した成分にする為の改良策を提示してくれる。そのほかに葉の養分検査もしてくれる。コーヒーの木が育ち、実をつけるようになったら、葉を何枚か検査に送る。不足している栄養素を割り出し、その年、あるいは翌年に肥料としてあげるべき栄養分を教えてくれる。便利なサービスだ。
昔から、ハワイ大学の研究員がコナに常駐して、コーヒー農家のための知恵袋となっている。かつて、日系移民1世や2世の時代にはコナコーヒーの生産は盛んで、コナの研究所の日系2世・3世の研究者は世界のコーヒー研究の最先端だった。
土壌検査では、窒素・リン・カリウムなどの主要栄養分やカルシウム、マグネシウムなどの微量栄養素量や塩分濃度のほか、pH値も計測する。
コーヒーは火山性の酸性の土壌を好む。最適pH値は6.0。検査の結果、うちの畑はpH値は5.8とで問題なし。植物はそれぞれが好む最適なpH値から大きく酸性、あるいはアルカリ性に傾くと、いくら肥料をあげても栄養素を根から吸収できなくなる。だから、pH値は数年ごとに測ることが望ましい。
コーヒーが実をつけるには大量の窒素とカリウムが必要。カフェインには窒素が含まれている。検査の結果、窒素は不足気味、カリウムは一年分は土の中にあることが分かった。コーヒーはリンをあまり必要としない。うちの畑には20年分以上のリンがあり、これを肥料として与える必要はないことが判明した。結局、土壌の改良は必要なく、苗木の植え付け後に、窒素、鉄分、カルシュウムを肥料とて与えることにした。
さて、土壌検査のマニュアルには1カップの土を提出せよ書いてある。計量カップは日本とアメリカではサイズが異なる。日本では酒と米に180cc(一合)を使うこともあるが、おおむね200ccが標準だろう。一方、アメリカでは1カップは240cc (約0.5パイント)と連邦法で定められている。その証拠に、アメリカで買う日本製のカレーの箱には、調理法が日本語と英語で併記され、水は日本語では6カップ、英語では5cupsとある。
ここはアメリカ、240ccの土を提出するのが筋。だが、私の妻は日本とカナダのハーフで、カナダでは1カップは250cc。敬意を表し、「少し多めに250ccを提出するから」と妻に見せた。すると、「アメリカ人にとって1カップといったら、普通マグカップ1杯でしょう」との答えが返ってきた。それじゃ倍じゃないか。ここで大激論となった。
「じゃー、料理の本に1カップとあったら、アメリカ人はマグカップを使うのか?」
「普通のアメリカ人は料理をしないから、そんな細かい決まりは誰も知らないわよ」
「研究所に出すんだぞ。科学者だぞ。そんないい加減じゃ科学は成り立たないぞ」
「アメリカは何でも大きいの。マグカップでいいじゃない」
「連邦法の規定だぞ。弁護士が法律を無視していいのか?」
意地っ張りな私は250cc分を袋に入れて、車で30分先の研究所へ行った。土を提出すると、受付の女性は困り顔。こんな少量を持ち込んだ人は始めてだという。マニュアルを持ち出し再確認して、キッパリと「サンプルは1カップ必要です。これでは足りません」との返事が来た。どれくらい必要なのか問うと、机の上のマグカップを指差した。
往復1時間。マグカップ分の土500ccを集めて、再提出した。