金融用語にStock(株)やYield(利回り)など、農業由来の単語がある。Stockは日本語と同じで切株が転じて株式。Yieldは作物の収穫が転じて利回りの意味で使われる。農業は種を撒いて、果実や種を何倍にも増やす活動だから、そもそも投資の原型である。それに、昔はどの国も人口の8割以上は農民。農業用語が言語の中心だったのだろう。
日本語の「根回し」も農業用語。樹木は植え替える前に根回しをする。植木屋さんの友人に伺ったところ、大きい木だと、根回しは植え替えの2~3年も前から始まる。根回しとは、木の根元の周りを掘り、横へ伸びる太い根を切って、再び土をかけること。すると根元の近くに細根がたくさん生えてくる。細根が充分生えた頃を見計らって植え替える。これで植え替え後も、根は養分・水分を吸うことができる。時間をかけて準備するからスムーズに定着する。これこそ日本のお家芸。さすが植木屋さん。
農業由来の根回しだが、一般にも転用される。組織の意思決定プロセスには必須。きちんと根回しが出来てこそ、一人前のサラリーマンだ。日本の会社はアイデアを出し実行する人が、決定する人とは違う。だから、根回しがあって、稟議制度がある。若い人が発議して、稟議がグルグルと会社内の権限者を回って承認を取るので、事前に根回しが必要だ。
ところが、アメリカでは少し違う。もちろん、最低限の根回しは必要だが、組織の在り方が違う。アイデアとその実行力のある人が、年齢に関係なくボスになり権限をもつから、自分で考えて実行して完結する。意思決定が速いし、責任の所在もはっきりしている。
NYのメリルリンチへ転職して数カ月たった頃、ケイマン諸島に子会社を作る必要ができた。ボスとそのまたボスと相談して了解を得たら、社内弁護士と関係部署数人で15分間の電話会議をして終わり。2週間後には子会社が出来上がり、私は子会社の役員に就任した。たったの2週間。これにはたまげた。
もしこれが、日本の銀行ならばどうだろう。考えただけでも気が遠くなる。担当者と課長は部内の総務の課長と担当者と企画書を練り上げて、部長と副部長を説得。その後、企画書を持って、銀行内の総務部、企画部、システム部、事務部、人事部、検査部などを行脚し、各部の担当者に根回しをする。もちろん、当局への報告・許認可手続きの為の根回しも欠かせない。すべての合意が取れて、やっと稟議を発議。稟議書が各部を周った後、役員、頭取の了解を得ることになる。ところが、稟議の決裁後、いよいよ子会社設立の段になって、稟議を法務部に回し忘れていたのに気が付いて、厳重注意を受け、稟議もまともに書けない奴との烙印が押され、サラリーマン人生の汚点なんてことになる。
これほど意思決定に時間と労力がかかっては競争にならない。そのうえ、こんなに大変だから、サラリーマンは根回しのコツを覚えることに人生をかける。根回しの上手い下手がその人の会社での存在価値みたいになる。これでは社員の能力の無駄遣いだ。根回しはサラリーマンの勲章、日本のお家芸だが、実は日本経済の足を引っ張る風習かもしれない。
さて、先日、大きなハラの木と15m以上あるヤシの木を植え替える必要がでた。業者に依頼したところ、陽気でフレンドリーなハワイアンのオッサン数人がブルドーザーとシャベルカーでやって来た。いきなり木の周りを掘って、引っこ抜いて、新たな場所に穴を掘って、木を差し込んで、土をかぶせて肥料と水をやって、一日で終わり。さすがアメリカ、南国ハワイ。こいつら根回ししねーんだ!
日本のお家芸は世界で通用するのか?