農園便り

雑誌「珈琲と文化」10月号の原稿(柳家子三治師匠の落語)

柳家小三治師匠がお亡くなりになった。雑誌「珈琲と文化」10月号に下記原稿を書いたばかりなのに。合掌。

 

コーヒー栽培を始めて落語を聴くようになった。農作業をしながら落語を聴く。コーヒー摘みは8月から1月まで続く。長丁場の単純作業は精神的に辛いが、落語を聴きながらだと楽に摘める。テレビで落語を見ると、一席30分程度が限界で、二席、三席と続くと、いつの間にか、うわのそらになる。ところが、コーヒーを摘みながらだと、10時間ぶっ通しで聴いても飽きないから不思議だ。

落語のCDは五百個以上集めた。それでも数に限りがあるので、同じものを何十回も聴く。すると、だんだん自分の好みが分かってくる。落語家の個性も分かるし、同じ演目を別の落語家が演じたときの差も楽しめる。

やはり、世間で名人と言われた人は上手い。志ん生や圓生はさすが。志ん朝のCDはほとんどすべて持っている。彼の存命中に寄席へ行かなかったことが後悔される。新入社員時代は池袋の社宅住まいで、池袋演芸場の前をよく通った。いつか入ろうと思ったが、時はバブル。忙しくて、ついぞ行きそびれた。今なら残業・休日出勤よりも迷わず寄席を選ぶ。若かったとはいえ、あの頃の自分の愚かさに呆れる。

存命中で昭和の古典落語の名人と言えば、柳家小三治。現在、落語家で唯一の人間国宝。まくらで独自の高みにいるけど(まくらとは落語に入る前の短い世間話、小三治師匠はまくらが長い。そして面白い)。彼のCDは全部持っている。まくらを集めたCDや本もある。「卵かけご飯」や「駐車場物語」は、日本へ往復して時差ボケで眠れない時など、これを聴くと自然と眠れる。もう何百回も聴いたので、台詞も抑揚も間も分かっているから安心。子守唄替わりだ。海外旅行には欠かせない。

ここ数年はお出にならないが、以前は正月の二の席(10~19日)の池袋演芸場(昼)と新宿末広亭(夜)は小三治師匠がトリを務めた。1月はコーヒー摘みの終盤で、時間に余裕ができる。その間隙をぬって、毎年日本へ飛び寄席通いをした。

ある時、池袋の楽屋へ私のコーヒーを差し入れした。手紙も付けた。「コーヒーの収穫は単調で退屈な作業です。しかし、いつも小三治師匠の落語を聞きながら収穫するので、とても楽しい作業となります。収穫時期は毎日、夜明けから日暮れまで師匠の落語を聞きながら摘むので、もう、まるで師匠と一緒に摘んでいる感覚です。(中略)師匠の落語がしみこんだコーヒーは世界中で私どものコーヒーだけです。」我ながら良く書けた。

その日、高座に上がった師匠の落語はさすがだったが、風邪ぎみで、少しお気の毒だった。翌日も行った。なにせ、毎日通っているのだ。するとまくらで、風邪の話をした。「風邪の時は白湯が体が温まって一番。紅茶もいい。だが、コーヒーは体を冷やす。風邪の時はコーヒーよりも白湯」とまくらを締め、落語に入って行った。

その瞬間、ピンときた。これは私へのメッセージだ。前日、直接手渡した訳ではない。師匠は私の顔を知らない。その日も私が来ているのもご存じない。でも、これは「コーヒーは受け取ったが、風邪気味なので、まだ飲んでいない」という高座からの私だけへの秘密のメッセージだ。勝手な解釈で勝手に舞い上がった。

ハワイに帰ってからも、なんだか嬉しい。しかし、コーヒーは体を冷やすというのが気になった。興味深かったので、インターネットで検索した。なるほどコーヒーは体を冷やすと書いてある。なんでも漢方理論では南方原産の植物は体を冷やす効果がある。暑い南方では、人類は長い歴史の中で、体を冷やす食物を選別して栽培してきた。コーヒーも熱帯・亜熱帯地方で栽培される。したがって、体を冷やす効果があるというのが、ネットの記述に共通した説明だ。どうやら、日本のネット界の常識らしい。

 一方、英語で検索すると、世界中の科学者が書いた研究論文が出てくる。概ね共通しているのは、コーヒーに含まれるカフェインは体の代謝を活性化するので、体を温めるというもの。なんと、ネットの世界は日本語と英語では結論が逆だ。

漢方と近代科学のどちらを信じるかは、この農夫には判断の付かない深淵な問題だが、本件に関しては、NYでポートフォリオマネージメントをしていた私には、近代科学的知見に納得感がある。

しかし、私のボスのボスなどは、ハドソン川を見下ろすオフィスで川下に向かって机を置いていた。不自然なレイアウトなので尋ねると、Feng Shui(風水)だという。川上から流れてくるお金がズボンのポケットに入るように川下を向いて座るそうだ。川上を向くと、ポケットからお金が流れ出るからダメ、株主にも申し訳ないと得意げだった。

とはいえ、私の職務は資産運用。顧客から預かった資金を運用する者には受託者忠実義務(Fiduciary Duty)が課せられる。常識的に説明ができる合理的判断に基づいて投資する義務がある。もし顧客資金を陰陽論や風水に基づいて運用したら、受託者忠実義務違反に問われるだろう。私も若い頃は、満月の晩はNY為替市場は荒れるとの珍説を立て吹聴して、日経新聞が取り上げたりしたが、あれは洒落だ。実際にそれで投資判断をしたことはない(机にはサイコロ、壁にはダーツを置いていたけど)。コーヒーに関しても、やはり科学的知見を支持したい。

では、なぜ、南方原産のコーヒーは体を冷やすの漢方理論が、日本語ネットの常識なのかを考え、一つの仮説に至った。鍵はクリーンカップ。本来コーヒーは、正しい品種を正しく育て、正しく収穫し、正しく乾燥・精選すれば、雑味がなく、クリーンでとても飲みやすい。ところが、質の悪いコーヒーだと、どうしたって、眉間に皺を寄せ、すすりながら、ちびちびと飲むことになる。これでは体は温まらない。日本では人々のそのような「あまり体が温まらないなあ」という実体験が重なって、コーヒーは体を冷やすとの漢方理論が受け入れられたというのが私の仮説である。   

クリーンなコーヒーはマグカップに入れて、ごくごくと飲める。たとえ、カフェインの代謝効果を抜きにしても、温かいコーヒーをマグカップで飲めば、湯飲みで白湯を飲むのと同じだけの熱量を体内に取り込むので、それだけ体は温まる。

さて、ここまで筆を進めておきながら、少し困ったことになった。実は、うちのコーヒーは冷めてからが美味しいのだ。冷めるとコーヒーの甘みや酸味がより鮮明に感じる。粗悪なコーヒーではこうはいかない。私も自分のコーヒーをマグカップで時間をかけて、冷めてからの甘みを楽しんでいる。そうなると、カフェイン効果はあるにせよ、コーヒーはそれほど体を温めないかもしれない。東洋医学に恐れ入った。

さて、その翌月も日本へ行く用事があった。そこで、再度、差し入れようと企んだ。ついては手紙を書いた。「前月の高座からの私だけへの秘密のメッセージは感動しました」から始まり、上述の仮説を書いた。

手紙を妻に見せると、「すると、あなたは、人間国宝に向かって、日頃から、ろくなコーヒーを飲んでいないと意見したいわけね」ときた。なるほど、危うく失礼な手紙を出すところだった。

この話を何度か酒の席で友人にしたら、誰もが「それは面白いから出せ、出せ。相手は落語家だ。洒落は分かる。洒落だよ洒落」とけしかける。バカはおだてられると何でもする。思い切ってコーヒーに無礼千万な手紙を添えて差し入れた。

返事も、秘密のメッセージもなかった。。。

その年は用が多く、春も日本へ行った。性懲りもなく、また楽屋に差し入れした。すると、その日の演目は「出来心」、つまり泥棒の話で、まくらで小三治師匠は「最近は売名行為が多い」という話をされた。

ひえ~!今日の秘密のメッセージは、売名行為ですか~。まいりました。降参です。確かに、小三治師匠といえば、蜂蜜や塩やカステラなど、色々なものにこだわるおかた。彼の商品に対する論評は落語ファンへの影響力が大きい。取り入りたがる業者もあろう。

そんなつもりはなかったんです。ただのファンです。ごめんなさい。もうしません。

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2021/10/10   yamagishicoffee

収獲 2ラウンド目

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先月初にシーズン最初のクリーンアップの収穫をして、今週は今年最初の本格的な収穫。とは言っても、今年は3200本中、実験区の200本だけだから簡単。

でも、10月に入っての収穫開始は、今までで一番遅い記録。

今年もうんざりするほど雨が降ったが、5月以来止まっていた、キラウェア火山の噴火が9月29日に再開した途端に、ピタッと雨が止んだ。まだ、1週間だから断言できないが、やっぱり、噴火と雨は関係がありそう。

Vogで海の景色が霞む。モヤモヤ~。

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2021/10/08   yamagishicoffee

コーヒー先物 200セント

コーヒー先物価格が長い低迷を脱して上昇してきた。今年の日本コーヒー文化学会の総会で、1ポンド150セント以上が中米のコーヒー農家にとって持続可能(サステイナブル)な水準という話を伺った。現在の200セントの水準は生産者には朗報だ。

そこで、200セントという価格を私が年間に摘むことのできる収穫量に当てはめてみた。当てずっぽうの計算だが、桁違いに間違っていることはないと思う。

我々夫婦は二人で年間30,000ポンドのチェリーを収穫するのが体力的に限界。生豆にすると5,000ポンド。肥料や農機具を含め、私が近代技術と財力と体力を総動員しての数字なので、中米の農家が家族総出でも、これを超えることはないだろう。

単価200セントだと、農家の受け取りは150セント。生豆5,000ポンドで$7,500。しかし、これは収穫後に自前で精製し生豆を生産した場合。現実には農家は収穫したチェリーを農協や大農園へ売却する。チェリーで売ると、生豆に比べて売り上げは6割に減ると仮定すると、売り上げは$4,500。諸経費を引けば収入は$4,000以下。これは私と同じくらい効率的に収穫しての仮定なので、現実にはこの半分ぐらいだろう。

とある調査によると(averagesalarysurvey.com)、ホンジュラスの平均給与は年間約$26,000で、典型的な給与は年間約$4,000(ちなみにグアテマラは$6,000)。国内で給与格差が大きい。そして、上記農家のコーヒー収入はホンジュラスの平均給与はおろか、労働者階級の典型的な給与にも及ばない。収穫期以外は自給自足用の食糧の生産をしたり、コーヒー以外の収入源がないとやっていけない。

次に、ピッカーを20人雇う中規模農家を想定してみる。耕作面積10ha程度(北海道を除く日本の一戸当たり耕地面積は1ha)。一人あたり収穫量は我々同様2,500ポンドとする。つまり、一日200ポンドのチェリーを70日間(3ヵ月)摘むと、合計約14, 000ポンドのチェリー、それが生豆2, 500ポンドに相当する。仮に、ピッカーの日給が10ドルとすると、3か月間に70日間働いて、$700の収入を得る。ちなみに、1日200ポンドのチェリーを摘むのは重労働。あんなに辛い作業なのに、$700とはお気の毒。ハワイならその量に$14,000を払ってもピッカー集めに難儀する。

一方、市場価格200セントで、農園主が150セントを受け取り、20人の労働者を雇うと、(2,500lbs x $1.50 - $700)x20 = $61,000の粗利。草刈りや、農薬、肥料、精製、輸送、販売にかかる経費率を5割と仮定すると、$30,500が農園主の収入。さらに、日陰樹木の管理、苗生産、土壌改良、農機具の維持更新など、農園の生産性を維持するための投資額を引くと、やはり、ホンジュラスの平均給与かそれ以下。

確かに、現在の相場水準200セントなら、零細農園もピッカーも中規模農園も生活できる水準かもしれないが、それでも国内の他の職種より見劣りする。しかも、日本以外の世界は、すごい勢いで経済成長をしている。世銀統計によると、USドル換算のGDPは、1995年から2019年の25年間に、日本は-6.7%の減少に対して、世界は185%成長した。中米ではグアテマラ423%、ホンジュラス369%、エルサルバドル203%、コスタリカ437%、パナマ598%、そしてコロンビア250%の経済成長。どれも世界平均を上回る。

経済成長に伴い、今やコーヒー農家の最大の悩みはピッカーの確保。今後も経済発展で都市の魅力は年々増す。山間部の貧困地帯でコーヒーを摘むよりも、町へ出て働く農民・ピッカーは益々増えるだろう。こうやって計算してみると、200セントでも、彼らが将来もコーヒーを摘んでくれるか(持続可能)は疑問が残る。

「木綿のハンカチーフ」を聴きながら、コナコーヒー畑にて。

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2021/10/01   yamagishicoffee

コナコーヒーの収穫開始

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今シーズンのコーヒー収穫開始。

Holualoaあたりでは、既に3回収穫をしたらしいが、うちは、第1ラウンド。ほとんどの木を剪定したので、今年は200本だけ。楽。

最初のラウンドなので少量で熟度にバラツキはあるが、まずまず。

チェリーを摘んで、皮をむいてパーチメントにし、水に漬けて果肉を取り除いたら乾燥。

 

 

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2021/09/04   yamagishicoffee

コーヒー生豆価格回復基調

コーヒーの先物市場価格が上昇してきた。コロナ禍での運賃高騰や労働者不足、コロンビアのスト、ブラジルの裏作年、干ばつ、霜害などがあった。コーヒー先物市場は一時久々に一ポンド当たり2ドルを超えた。長く市況低迷に喘いだ生産者には価格上昇は朗報だが、日本のコーヒー業界には好ましくないニュースだろう。

その証拠に、日本のメディアでは「投機マネーの流入」とか「ヘッジファンドの買い」などの解説がなされる。リタイアして15年とはいえ、ヘッジファンド業界にいた私は、市場が動くたびになされる、このワンパターンの悪者扱いの解説には閉口する。

ヘッジファンドやCTA、Managed Futuresなどは、確かにコーヒー先物相場の重要な市場参加者で、ある程度の影響力はあるが、それは限定的だ。頻繁に売り買いを繰り返すので、取引量は多くとも、買ったら売るし、売ったら買い戻すので、価格には中立的だ。長期的なポジションを取るものもあるが、リスクが高いのでポジションは小さい。むしろ、価格が商品の本源的価値から乖離した際に、価格を引き戻す裁定取引が多いので、価格を安定させる取引が多い。市場はゼロサムゲームだから、ファンドが儲ければ、実需筋が割を食うとの批判なら理解できるが、過去半世紀のコーヒー価格チャートを見ても、90年代以降に拡大したヘッジファンドが、価格変動を激化させたとはいえない。それに、昨年夏に、コーヒー先物市場で投機筋が買い越しに転じて以来、その買い越し額は大きくは変動していないので、彼らが今回の価格上昇の原因とはいえない。

そもそも市場が大きく動く時は、普段は見たこともないような参加者が現れることが多い。例えば、平日の昼間の喫茶店で隣のテーブルからビットコインに投資したなどの茶飲み話が聞こえてきたら、その市場は相当過熱している。彼らは買いきりだから、売り買いを繰り返すファンドは、彼らの力にはかなわない。為替市場の符牒で、Mrs. Watanabe(どこにでもいる主婦といった語感)といえば、混乱期に現れる日本の個人投資家のことで、ヘッジファンドの間では、市場のかく乱要因として恐れられる。

一方、コーヒー相場への新規参入者などめったにいないから、毎度同じ顔ぶれでの売買。結局は生産者と消費者との需要と供給の関係で価格は決まる。

今回特殊なのは、各国政府の介入。コロナ禍での経済対策として、昨年来、各国政府・中央銀行が市場にジャブジャブに資金を供給。余ったお金が巡り巡って様々な市場に流入して金融資産の価格を押し上げている。コーヒー先物もその一つ。つまり資産インフレだ。もし、これが賃金と消費者物価指数に波及すれば本格的なインフレとなる。

さて、日本では、日銀がアベノミクスの一翼を担い2013年以来「無制限の量的緩和」を続けている。株式市場を買い支え、法的、経済学的、社会的、倫理的に禁じ手の財政ファイナンスまがいの、なりふり構わぬ政策で、インフレ2%達成が黒田日銀総裁の悲願だ。

日本のコーヒー業界の皆様におかれては、いっそのこと黒田総裁を応援して、コーヒー小売り価格を値上げしてはいかがだろうか。もし、経営努力で仕入価格上昇を吸収してお客様には変わらぬ値段でご奉仕とお考えであれば、そういうメンタリティー、過当競争が、日本のデフレの原因だ。国全体が、縮小均衡的経営努力をするよりも、顧客に価格転嫁する努力をした方が、黒田総裁の悲願達成に協力できる。

そういえば、1970年代にブラジル霜害でコーヒー相場が高騰した際に、行きつけの喫茶店があたり前のように値上げして、客のこっちも何の不思議もなかった。その後、相場が沈静化したら、値下げしたのには驚いたけど。

私ごとき海外のコーヒー生産者の皮肉にお気を悪くされたら申し訳ない。それに、日本で本当にインフレが起きて、金利が上昇したら、日銀は債務超過に陥り、日本は未曾有の経済危機につながるので、こういう考え方も問題だな。

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2021/09/01   yamagishicoffee

雑誌「珈琲と文化」7月号の原稿(日本で出会った「山岸コーヒー」)

雑誌「珈琲と文化」7月号の原稿(日本で出会った「山岸コーヒー」)を転載します。ご笑覧ください。

 

数年来、青山や丸ビルなどに店舗を展開するリストランテ・ヒロで山岸コーヒーを取り扱っていただいている。社長の山口一樹氏に気に入っていただき、お付き合いが始まった。山口氏からピノノアールのようなコーヒーと感想を頂き、我が意を得たりと感じた。

ブルゴーニュの赤ワインに代表されるピノノアールは、明るく酸味が前に出る。ボディーは軽やかで渋みは抑えめ。エレガントな感じがする。オリがでにくいのでピノノアールのビンはなで肩。まさに、明るくクリーンで苦味や渋みのないコーヒーを目指す私にとっては、「ピノノアールのようなコーヒー」は理想である。おまけに、ピノノアールは病害に弱く生産が難しいそうだ。コナコーヒーに似ている。

東京駅の目の前の丸ビル。35階のリストランテ・ヒロに行ってみた。ディズニーランドの花火まで見通せる眺望。テーブルに座ると、当日使う食材を載せたトレーが来て、本日の牛肉は○○牧場、玉ねぎは○○農園との説明を受ける。コース料理が始まると、さっき見た厳選された食材が次々と極上の一皿となり供される。美味しい。楽しい。

最後に、山口社長が自ら、私の目の前でボウルに入れたイチゴをすり潰し、そこに液体窒素を流し込んでホイップするとイチゴアイスの出来上がり。液体窒素のひんやりした煙がテーブルを伝い床へ流れるのが美しい。着ているシャツに、ほのかなイチゴの香りが付く。味覚のみならず、視覚、嗅覚、冷気の皮膚感覚を総動員した体験だ。

山口社長によると、ここまでは他の高級レストランでもやっている店はある。ところが、最後に、その辺の一般的な苦いコーヒーが出てきて、それまでの趣向がぶち壊しとなるケースが多い。最後のコーヒーに至るまで素材にこだわって、素晴らしい余韻を残してコース料理を締めくくりたいというのが山口氏の考え。深煎りと浅煎りの豆をお客様に見てもらい、どちらかを選んでもらってから、テーブルの横で挽いてドリップしてくれる。イチゴの香りの後にコーヒーの香りが続く。

確かに、朝から舌がヒリヒリするようなコーヒーを飲むのは辛いが、カフェインで目が覚める代償と思えば、まだ我慢ができる。しかし、極上のコース料理の最後は、甘く香り高いコーヒーで終えたいものである。そんな風に、私どものコーヒーを扱ってもらえて、とても嬉しい。

実は、もう一つ嬉しいことがある。私は父が早死にしたので苦学した。大学や日本育英会から奨学金をたくさん借りた。加えて、三菱信託銀行の山室記念財団(現三菱UFJ信託奨学財団)からは、ありがたくも返済義務のない奨学金を頂いた。とても感謝している。

在学中、定期的に山室財団へ学業の報告へ行く義務があった。記憶が確かなら、その事務所が丸ビルの隣の新丸ビルだった。まだ改築前。戦前風の重厚な廊下。日本経済の中心という雰囲気。貧乏学生の私はその威圧感からひどく緊張して心細かった。

おかげで大学を卒業できた。必死に働いた。幸運にも恵まれ、若くリタイアできた。そして、今、改築後の丸ビルの35階で私が手摘みしたコーヒーが供されている。感慨ひとしおである。

 

リタイア後の趣味としてコーヒー栽培を始めた。たちまち体重が10キロ以上減り、健康になった。土いじりは初めてだったが、学ぶことが多い。作っていて楽しいのもあるが、お客様に喜んでもらうと、より嬉しい。生産者冥利に尽きる。

一昨年は、三越の8商品厳選の「三越の三ツ星」に選ばれ、お歳暮カタログに載せていただいた。なんと、224ページもあるカタログの5ページ目。『素材・製法・人という三つのポイントから価値を見出した傑作選「三越の三ツ星」。おいしさという感動を分かち合える、こだわりの品々です』とのこと。キャピタルコーヒーが素敵なドリップコーヒーの商品に仕上げてくれた。こんなに破格の扱いをしていただけるのは望外の喜びだ。

生産者冥利といえば、以前、私どものコーヒー豆を扱ってるお店にこっそり見に行った。順番待ちで並んでいたら、目の前の着物姿の年配のご婦人が、腰を屈めてショーケースに並ぶコーヒー豆を覗き、「ハワイの山岸コーヒーをください」と言った。店員が「山岸コーヒーはすぐに売り切れたので在庫がありません」と答えると、「あら残念。あんなに美味しいコーヒーは初めてだったので、お友達に差し上げようと思ったのに」と聞こえてきた。偶然とはいえ、こんな場面に遭遇できるなんて。嬉しビックリで、うまく言葉も出ない。後ろから、「ちょっ、ちょっと、ボッボッボクボク山岸」と、しどろもどろに自己紹介した。

また、ある産婦人科の先生にお会いしたのも思い出深い。お産とお産の合間に私どものコーヒーを召し上がるそうだ。コーヒーで緊張感を解き、リラックスした後に次のお産に向かうとのこと。新たな命の誕生にわずかでも貢献しているかと想像すると、コーヒー栽培にも社会的意義があるような感じさえする。

俗物なもので、有名人に飲んでいただけるのも嬉しい。ハワイ島好きの吉幾三さんのコレクションミュージアムで販売する吉幾三ブランド珈琲に美鈴珈琲が焙煎した私どもの豆を採用していただいた。また、市川海老蔵さんが、一時期コーヒーに凝って、そのきっかけとなったのが私どものコーヒーだったようだ。彼のブログの写真からの私の勝手な解釈だが。成田屋さんに飲んでいただけるなんて光栄だ。

さらに、とある分野の人間国宝の方にも御贔屓いただき、記念品まで頂戴した。人間国宝の方にご愛顧いただくなんて、なんだか箔が付いた感じがする。

 

もう十年ぐらい前のこと、あるお店に、その翌月から私のコーヒー豆を置いてもらえることになった。丹精込めて育てた豆が、どんな風にお店に並ぶのか気になる。事前にこっそりお店を見に行った。店員さんは私のことなど、まだ知らない。

ガラスのショーケースの中を覗き込んだ。このブルーマウンテンの隣に私の豆が並ぶのかなあと想像するとワクワクする。15種類くらいのコーヒーが並んでいる。色々な産地があるなあ。深煎り、浅煎り、大きい豆、小さい豆。こんなにたくさんの中から、お客さんは私の豆を選んでくれるのかなあ。ちょっと不安。

ショーケースを端から端まで、無言で一心不乱に覗く私を、店員さんは不審がっている。もっともだ。変な客に取りつかれてしまったという緊張感が店の空間を漂う。こっちも申し訳ないとは思いつつも、どうしてもライバルの豆たちの観察を止められない。店の明るく健全な空気感を取り戻すべく、店員さんが口火を切った。「どんなコーヒーをお探しですか。」

「フフフ、一番美味しいコーヒーに決まっているじゃないですか。まだここには置いていないけどね、来月には分るよ」と心の中で声がした。危うく口に出るところを、やっとのことで押しとどめて、「どれも美味しそうですね」と答えた。

私は、ますますショーケースに顔を近づけて、もう、息でガラスが曇るくらい。並んでいるコーヒー豆たちを全てなめるように見た。うん、どの豆もきれいに並べられ、これならば私の豆も大切に扱ってくれるだろう。良いお店だ。

お礼を言って、お店を立ち去ろうとすると、何も買わなかったのに、店員さんは明るく「ありがとうございます」と言ってくれた。とても好感の持てる店員さんだ。己の心の声の高慢さを恥じた。

お店を出て少し歩きだした。やっぱり悪いから、お詫びにせめて何か買って帰ろうと思い直し、店の方へ戻った。すると、店員さんは、私がのぞき込んでいたショーケースのガラスに、除菌スプレーをシュシュシュシュ、布巾でキュキュキュキュ。

私は、コロナが流行るよりも、ずーっと前から、ばい菌・ウィルス並みに扱われてきたのだ。

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2021/08/15   yamagishicoffee

CBB 日本人的対応

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アメリカで運送業で成功した日本人に、成功の秘訣を尋ねた。日本から輸入された自動車のタイヤは、西海岸から陸揚げ後、目的地へ運ぶ途中で積み替えが必要な箇所があって、誰も効率的な積み替え方法を思いつかなかった。彼は人間がタイヤを手で転がして運ぶのが一番効率的なことに気が付き、それで成功したそうだ。こういう人力に頼る解決策はアメリカ人には発想しにくい。

コロナ対応での日本の保健所の役割も人手がかかる。保健所は感染者が出たら、入院を手配するうえに、一人一人濃厚接触者を追跡しそれを潰している。気の遠くなるような手作業で、人手の足りない中での、ご苦労には頭が下がる。日本が欧米各国よりも感染率が低かった理由は諸説あるが、保健所の頑張りもその一つだろう。

その反面、それが厚労省のコロナ対策の要なので、追跡できないほど感染が拡大すると、厚労省にとっては、それイコール、医療体制崩壊の危機、緊急事態ということになる。日本が欧米よりも桁違いに感染者が少ないのに、緊急事態宣言に陥る理由の一つに思える。逆に、保健所のもぐら叩きのような職人芸はアメリカ人には無理だし、職員の頑張りや残業に頼る政策を欧米は採らない。都市封鎖とかワクチンで対応という発想になる。

先月号で記した通り、コナでCBBというコーヒーの害虫が流行しているなか、当農園は被害を抑制してきたが、他の農園で、私のやり方に追随した農園はない。

CBBはコーヒーの実に50~100個の卵を産み、それが5週間で成虫する。実効再生産数は10以上。しかも、たとえ自分の畑をきれいに管理しても、隣の畑からドンドン飛んで来る。とても厄介な害虫である。

色々試行錯誤しながら編み出した私の方法は、要は、毎月、コーヒーの木の全ての枝の全ての実を目で見て、虫食いの実を取り除くというもの。そして、大胆に剪定して、自分が管理できる範囲内に生産量を抑えることにある。

コナも含めて世界の産地で推奨される対処方法は、定期的に虫食いの被害率をサンプル調査して、被害率が目標値を超えたら農薬を散布すること。コナでは海外で使われる農薬が認可されないので、昆虫類に取りつくカビの胞子(生物農薬)を散布する。その手法は研究者により科学的に効果が検証され、マニュアルに従えば誰でも簡単にできる。しかし、畑のCBBの8割は実の中にいるので、農薬散布では、外をウロウロする2割は退治できても、実の中にいる8割には効かない。年間の被害率を5%に抑えるのがやっと。

 一方、私の手法はサンプル調査どころか、すべての実を確認するので、確実に8割を退治する。その上、カビも散布する。確かに、瞬時に虫食いの実を判別するのはかなりの職人芸だし、それを身に着けるには忍耐力と集中力が必要だ。だが、習得すれば、これに勝る方法はない。年間被害率を1%に抑えられる。しかも、感染爆発前に抑え込むと決意し一つ一つ潰せば、実は世間が思うほどには、作業は大変ではない。

残念ながら、私が他の農園主に熱弁をふるっても、こいつ馬鹿じゃないのという様な顔をされる。とても非科学的なアプローチに感じるらしい。自らそんな「馬鹿げた作業」をしようとは思わないし、それを労働者にやらせるのは、非人道的とすら感じるのかもしれない。だから私のきわめて日本人的な解決方法が、コナで採用されることはなかろう。もし、それができれば、収穫もきれいに摘む職人芸が身に付き、二重に効果があるのになあ。

先般、私の手法をまとめた文書を全農家に配布した。いよいよ、今年のコナコーヒーの収穫シーズンも始まった。どうなることやら。

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2021/08/01   yamagishicoffee

ゴーヤは敵 クローバーはお友達

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盟友のFさん。去年のコーヒーの収穫を手伝ってくれた。彼は観光ガイドなので仕事がない。コーヒー畑には勝手にゴーヤが生えている。野生種なので実は小さい。Fさんは、そんな小さなゴーヤを取って帰る。そうやって食いつないできた。

彼の命を支えたゴーヤではあるが、私にはゴーヤは敵。食べるのは好きだけど。つる性でコーヒーの木に絡みつく。

このところ、つる性の雑草を根こそぎ抜き取る作業をやっている。朝顔もゴーヤも敵だ。

露出した地面にはクローバーの種を撒く。クローバはマメ科で土壌に窒素を還元する。お友達だ。クローバーがツンツン芽を出すと可愛らしい。

ところが油断すると地面から敵のゴーヤが芽を出す。憎々しい。大きくなる前に抜く。毎日なん十本も抜く。きりがない。

 

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2021/07/15   yamagishicoffee

コナコーヒーの等級について

コナコーヒーの等級には、Extra Fancy、Fancy、 No.1、 Primeとある。その下のHawaii No.3、Off Grade、Rubbishは、コナの名を冠することが許されない。日本への輸出は輸入業者もプロだから、ちゃんとしているが、残念ながら、ハワイで小売りされるお土産用のコナ・コーヒーにはNo.3を使用する農園がある。

Extra Fancyはサイズ19(19/64インチ)。Fancyはサイズ18、No.1は16・17。サイズ分け後、比重テーブルで軽い豆を振るい落として、それら上位3等級を作る。構造上、小さい方が欠陥豆の混入率が増えるので、Extra Fancyが最も欠陥率が低い。サイズによる味の優劣はないものの、Extra Fancyが最高級品とされる所以だ。また、ふるい落とされた中でも質が良いものがPrimeの等級を得る。

さて、2010年にコナに害虫CBB (Coffee Berry Borer) が上陸して以来、虫食い豆の混入が増え、ほとんどの農園が上位3等級を作れなくなった。

コーヒーハンターの川島良彰氏が監修したマンガ「僕はコーヒーが飲めない」にコナの悪徳農園主が登場する。普通のマンガは悪役を実際の人物には似せずに描くものだが、このマンガはイイ者は全然似ていないのに、ワル者がそっくりな点が笑える。以前、その悪徳農園主のモデルの人物に彼の秘訣を教わった。彼曰く、たとえ州の検査官がPrimeの認証印を押しても、その裏にExtra Fancyと判を押すそうだ。認証詐称は違法と問うと、「正式な認証名はKona Extra Fancyなので、ただのExtra Fancyならば違反でない」と言い張る。「でも、検査官の目の前だと誤解を受けるから、帰った後にやるんだ」と、こっそりアドバイスしてくれた。その後、彼は破綻して、農園は人手に渡った。

これまでも記したように、私は畑で一生懸命にCBB対策をして品質を維持した。約700軒のコーヒー農家の中で、この10年間継続して、まともに上位3等級を作れたのは、うちの農園だけだった。周りは我々をCrazy扱いで、誰も我々のやり方についてこなかった。確かに、CBBは厄介。コナは生産国で唯一の先進国。農薬の規制が厳しい。他の産地で使われる農薬が使えないため、コナは苦戦している。

しかし、アメリカ人だって馬鹿じゃない。国家の健康意識が高いがために割を喰ってはたまらない。合法かつ画期的な解決策を考え付いた。つまり、Extra Fancyを取れるようにルールを変えた。認証の基準を緩和して、州の検査によらず自己申告制とした。これで上位等級をひねり出せるようになった。

次はもう少し巧妙。大手農園らはPrimeの値段を上げ、価格を上位3等級に近づけた。かつ、Primeを主力商品とするよう誘導した。比重テーブルや色選別機で、無理して上位3等級を作ると、それ以下の等級に欠陥豆がしわ寄せされ、Primeの下のNo.3の割合が増える。No.3はコナを称せない。だから、上位3等級は諦めて、良質豆をPrimeに混ぜ込むことで、No.3の欠陥豆もPrimeに取り込む戦略だ。無理して上位等級を作らずとも、Primeの相対価格を上げたために、その方が畑全体の収入が増える。

コナは驚嘆すべき知恵と工夫でこの10年間をしのいだが、一時的な基準緩和の期限が切れて、昨シーズンから以前の厳しい認証基準に戻った。コナからExtra FancyとFancyとNo.1は再び消えた。多くの農家は上位3等級を諦め、Prime狙いだ。

さて、当農園の上位3等級の割合は8~9割。コナでダントツに高い。今般、当農園の秘訣を文書にまとめた。それをハワイ大学の研究所がコナコーヒー農家へ配布した。(https://www.hawaiicoffeeed.com/uploads/2/6/7/7/26772370/2_yr_cycle_block_pruning_20210319.pdf

他の農園が参考にしてくれると幸いである。

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2021/07/01   yamagishicoffee

収穫開始まであとひと月半

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コーヒーの収穫開始まであとひと月半。

畑は、赤い実や、黄色くなりかけた実や、まだ小さい実や、花がごちゃ混ぜ。ミツバチも。

 

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2021/06/30   yamagishicoffee