農園便り

雑誌「珈琲と文化」2023年10月号 原稿

ラハイナ・ヌーンという天文用語がある。ラハイナとはハワイ語で「残酷な太陽」という意味。ヌーンは正午。太陽が真上を通過する時、直立した人や物の影が消える天文現象を指す。北回帰線より南のハワイでは、太陽は夏は北の空、冬は南の空を移動する。そして、年に二回、真昼に太陽が真上を通過する現象が起きる。
ハワイ島コナの私のコーヒー畑からは、海を挟んで隣のマウイ島が見える。マウイ島にはラハイナという古都があった。古い町並みが魅力の観光地だった。そのラハイナの町が八月八日の火事で焼失した。二千二百軒以上の建物が燃え、多数の死者と行方不明者を出す大惨事となった。本当にお気の毒だ。
私の家はコーヒーが育つほど湿気があるので、溶岩でも流れてこない限り、火事のリスクは低い。実際に今年は、フアラライ山とマウナロア山の山麓に細長く広がるコナコーヒー生産地帯では、年初からうんざりするほど雨が降った。逆に、コナ以外の地域では雨が少なく、隣町のワイコロアに住む人の話では草木が乾燥して危険な状態らしい。なんでも昔は、コナからワイコロアにかけては森で、割と雨が降ったそうだ。ところが、西欧文明の流入後、牛を飼うために森林が伐採されて牧草地となった。すると雨量が激減し、コナ以北は乾燥地帯に変わり、牧草地を焼く火事が頻発するようになった。人災だ。
 
さて、八月上旬に今年最初の収穫を行った。毎年、シーズン最初の収穫は熟度が揃わない。お茶は初摘みが高級品だが、コーヒーの初摘みはいただけない。それでも、2周目以降の実の成熟のリズムを揃えるために、最初のラウンドは少量でもとりあえず摘む。
収穫重視の私は自分で摘み、皮むきと乾燥は友人の農園のウェットミルに委託する。だが、シーズン最初と最後の収穫はウェットミルへ持ち込むほどの量がないので、自分の小さな皮むき機で皮をむいて、家の前のドライブウェーで乾燥させる。
通常、コナは朝は晴れても、気温が上がると西の海からの湿った空気がフアラライ山麓を上昇するので、山麓のコーヒー畑地帯は昼前には曇り午後に雨が降る。ドライブウェーには屋根がないので、雨が降ったら取り込まなければならない。干しては取り込み、また干すことを繰り返す。手間と時間がかかる。十日間ぐらいはかかる。ところが今回は何と三日間で乾いてしまった。新記録。
この週はハワイ諸島の西を通過中のハリケーンが空気と湿気を吸い込み、コーヒー畑は雲一つないピーカン。強烈な日光に加えて強風。とにかく暑い。なんと我が家の気温が二十八度。異常だ。コーヒーの木は高温で光合成が阻害される。葉はしおれてぐったり。畑仕事をすると私もぐったり。もちろん車で十分の海岸沿いは三十度を超えるが、元来この家は涼しい。日本の夏は御免こうむりたい。
日陰干しを宣伝するコーヒーがあるくらいだから、急激な乾燥は褒められた干し方ではない。その三日間は直射日光全開に加えて強風と乾燥。干しながら、しゃがんで虫食いなどの欠陥豆を取り除いていたら、急激な乾燥のためか、時折、パチッと音をたててパーチメント(コーヒー豆の外殻)がハゼた。よく見ると、パーチメントにヒビが入っている。ハゼる(爆ぜる)といえば、コーヒーを焙煎すると、パチッ、パチッと豆がハゼる。ハゼは二回来る。一ハゼ、二ハゼなどと呼ぶが、あれは間違えであったか。こんなところで一ハゼが来るとは知らなかった。
ふと気付くと、海と空が白くどんよりと霞んでいる。普段は我家から見下ろすと、碧い海と空との間のクッキリとした水平線が美しいが、水平線が識別できない。これだけ空気が乾燥していれば水平線はハッキリ見えるはずなのに変だ。たぶん火事だ。しかも相当大きい。そしてラハイナの惨事を知った。
 
話は変わるが、ハワイ州、特にハワイ島コナは空前の人手不足に喘いでいる。コロナで観光業がストップした際に、職を失った若者らは米本土へ引っ越した。加えて、多くの中高年者がリタイアした。株高・不動産高のおかげでコロナに怯えて働く必要がない。
シリコンバレー企業へ通勤せずとも、自宅や別荘からリモートで働けるので、ハワイ島の魅力が増した。昔はハワイの不動産を高値買いするのは日本人だったが、今や本土の富裕層だ。買い物好きの日本人にはホノルルだが、リモートワークならコナ。金利上昇で米本土の不動産価格の上昇は止まったが、コナの不動産の高騰は衰えず、コナの一軒家の売買価格の中間値は$1.2m(一億七千万円超)を超えた。ついこの前まで信号機が一つもなかった田舎町で、正気の沙汰とは思えない。
これではレストランやホテルなどの観光業が人手を確保するために米本土から人を雇おうにもコナへ戻ってこない。不動産価格や家賃が高すぎて住む家がない。おかげで、コナ・コハラの海岸に並ぶホテル・リゾートはそれぞれが百人単位で求人をしており、お互いどうしで人材を引き抜き合っている。
人手不足で閉店する店舗・レストランが続出。有名レストランでも、いかにも作り置きして温めて出すメニューに絞ったり、アラカルトを失くしコースメニューのみにするなどの対応で凌いでいる。
住宅価格高騰、住宅不足に加え、リゾート開発の建設ラッシュで建築業の労賃が呆れるほど高騰している。建設コスト(主に人件費)は十年前の倍だ。
我家のラナイのタイルを張り替える必要があるので、近所のタイル張り業者と話したら、「高級リゾートの二~三十億円級の豪邸の仕事が二年後まで何軒も入っている。それと同じだけ払うなら二年後にやってあげてもいい」と突き放された。「値上げしても仕事はいくらでも入る」と嬉しそう。
アメリカにはハンディーマン(なんでも屋さん)という商売がある。家の簡単な修繕などを請け負う。四年前にバスルームのタイルを張り替えてくれたハンディーマンに連絡したら3年先まで予約済み。代わりの人に尋ねたら、四年前の十倍以上の値段を提示された。以前は時給二十ドルぐらいで仕事を請け負ってくれたが、今や時給百ドルは当たり前。日当ではない。時給で一万五千円だ。人手不足、人件費高騰は危機的だ。
被災したラハイナの町の復興はどのように進むのだろうか。こうも人件費が高騰しては、おそらく、たとえ火災保険を全額受け取ったとしても、建設費用の半分にもならない。私なら保険金を受け取ったうえで、土地を売る。そこで、マウイ郡は悪質な地上げ屋が入ってこないように、ラハイナ周辺の不動産取引を当面は禁止した。
将来は、公金を投入して、ラハイナの再開発をするのだろうか。町ひとつを再建する大プロジェクトを行えば、ますます建設現場のスタッフの確保は困難となる。ハワイ島からも動員されるのだろうか。そうなればハワイ島はますます人手不足。
十数年来、コーヒー農園の労働者が建設業へ流れて、ピッカーの確保が年々難しくなっている。ピッカーへの労賃は農園によって違うが、摘んだ重さで払う場合、十五年前は一ポンドあたり40セント程度だったが、現在は一ドル程度が標準的。一日八時間で240ポンドを摘めるとすると、時給換算で12ドルから30ドルへ上昇したことになる。ハワイ州の最低賃金は今年は12ドルで、来年は14ドル、2028年までに18ドルへ引き上げられる予定なので、それよりはコーヒー摘みの方が高いが、建設現場にはとても敵わない。コナコーヒーが高くなる訳だ。
人繰りが農園主の最大の課題だが、こうも人手が不足しては、ますます移民が頼りだ。コナコーヒーに限らず、米国農業は移民に依存している。連邦農務省によると、全米の農場で働く労働者のうち米国籍は約三割、約二割が農業用就労ビザ、そして約五割が不法移民で占められる。政府が把握しているだけでも半分は不法移民。それなしでは米国の農業は回らない。次回は不法移民の話。
2023年9月 山岸秀彰
2025/01/16   yamagishicoffee
山岸コーヒー農園は小規模ながら品質追求のコーヒー栽培をしています。
コナ・ルビーはクリーンな味わいのコーヒーです。
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