白タイツ
やっとコーヒー収穫シーズンが終わった。9月からの辛い収穫シーズン中、つかの間の休息は、映画館でのメトロポリタン・オペラ中継の鑑賞。夕方までコーヒーを摘んで夜に映画館へ。スパム・ムスビ(ハワイ風おむすび)とポップコーンとコーラを買って、ぼりぼり食べながら映像を観る。リンカーンセンターの劇場とは違って気軽でよい。
今年はオペラに加えて、ボルショイのバレエの中継も映画館で観た。「くるみ割り人形」で新星男性バレリーナのデニス・ロドキンが登場。若くてイケメン。スタイル抜群で脚が長い。ジャンプ力も凄い。白いタイツのすらっとした長い脚を大きく開きグラン・ジュテ(大きな跳躍)するたびに宙でスローモーションに見える。隣の席の老婦人がため息混じりに、「毎日彼を見ていたい」。まったく美男は羨ましい。
白タイツなら私だって履いている。べつに白馬に跨っているわけではない。というか、想像するだけでお見苦しく読者諸氏には申し訳ないが、本当に履いているのだから仕方がない。しかも、短足の私は30センチ以上余るので2重履き。
長いコーヒー収穫シーズン中、毎日10kg入りのバスケットを10時間も腰に付けて収穫作業をするので、骨盤や股関節の周りの筋肉や腱ががちがちになる。特に股関節と足をつなぐ様々な腱から筋肉にかけての痛みがひどい。朝は腰が曲がったまま。真直ぐに腰を立てることができない。脚と腰が痛くて上手く歩けない。昨年は週1~2回の鍼治療が欠かせなかった。収穫シーズン終了後に毎日プールで歩いて、傷んだ足腰のリハビリをした。
友人のメキシコ人は収穫時期に毎晩ジョギングをする。体重100kgを優に超える彼が10時間以上摘んだ後、どこにそんな体力が残っているのか不思議だ。一日中立ちっぱなしで作業すると足がむくむ。走らないと翌日コーヒーが摘めないそうだ。
私にはそんな体力がない。ジョギングは無理。代わりに今年は白タイツを履いてみた。もちろん、フリルのシャツは着ないし、上から長ズボンを履くから、世間に景観上のご迷惑はかけない。べつに白でなくても良いが、入手した医療用加圧タイツが白だった。これがとても良い。医療用なのでとてもきつい。着脱に一苦労。しかし、それだけの価値はある。脚のみならず、体全体の疲労度が違う。1日2日では違いは分からないが、数ヵ月にも渡る収穫シーズンを通して着用すると、その差は歴然。前年までとは違い今年は足腰の損傷が軽くて済んだ。タイツはシーズン途中でボロボロになったので、ひざ下までのスポーツ用のレッグスリーブに変えた。これでも効果は十分。
コーヒー栽培を始めて9年。どうして今まで気が付かずに苦るしんだのだろう。よく考えてみれば、帝国陸軍の兵隊さんもゲートルを履いていたし(のらくろ二等兵は履いていなかったが)、助さん格さんも脚絆を履いて旅している。下肢を締め付けて、鬱血・疲労蓄積を防ぐのは昔からの当たり前の知恵だ。私は八甲田山を行軍したこともないし、ご隠居に従って全国を行脚したこともないので、そんな常識を持ち合わせていなかった。
さて、コーヒーの品質のためには、ピッカー(収穫の担い手)がきれいにコーヒーを摘む必要があるというのが私の持論。そして、一説では世界には3千万人ものピッカーがいるそうだ。数カ月にも渡る体力勝負の収穫作業のためには、いかに疲労を回避するかが鍵。ピッカーが疲労困憊していては良質のコーヒーはできない。
そこで、タイツだ。美味しいコーヒーの為に、世界3千万人のピッカー全員にタイツを履かせてみたい!ビッグビジネスの予感がする。グラン・ジュテ。