雑誌「珈琲と文化」2025年1月号 原稿
秋にポルトガルとスペイン南部のアンダルシア地方をレンタカーで旅した。アルハンブラ宮殿のあるグラナダからピカソが生まれた町マラガへ向かう途中に、欧州大陸唯一と称するコーヒー畑を訪ねた。果樹園の一部にコーヒーを植えて奮闘中。気候的には難しかろうが、頑張ってもらいたいものだ。
ポルトガルやスペインでは、コーヒーに砂糖・ミルクを入れるのでロブスタ種が多い。さほど味にはこだわらない印象。それでもさすが欧州。大きな町にはスペシャルティーコーヒーの店があり、美味しいコーヒーを置いていた。同じスペイン語圏だから、中南米産地とのコネも強かろう。
ところで、セビリア滞在中の三日間は珍しく雨の日が続いた。すると隣のバレンシア地方では洪水で二百人以上の死者が出る大惨事が起きた。その翌週はアンダルシア地方で豪雨。数日前に泊まったマラガのホテル周辺は浸水した。幸いマドリッドへ移動した後で助かった。こんな豪雨はスペインでも異常らしい。どうも気象が変だ。
九月に名門の東京ゴルフ倶楽部でプレーした。せっかくの機会なのに、プレーしたのは四ホールのみ。九月中旬とは思えぬ猛暑のためゴルフ場がクローズしてしまった。残念。ハワイのゴルフにはない暑さで面喰った。
ハワイと並んで、アリゾナ州のフェニックス・スコッツデールはゴルフ天国。温暖な気候ゆえ、リタイア後の移住先あるいは冬の別荘地として有名。なにせ、約二百のゴルフ場があり、多くのゴルフコミュニティー内のコースは住民専用だ。私のお隣さんも別荘を所有し親が住んでいるが、近々売却するそうだ。彼が買った頃は快適だったが、今は危険なほど夏が暑い。なにせフェニックスでは、この夏に約五百人が暑さで死亡した。
フェニックスのあるロッキー山脈以西からカリフォルニアにかけての砂漠地帯は、開拓時代は人が住むような場所ではなかったが、コロラド川の水を引いて人が住むようになった。世界史の教科書にあるフーバーダム建設はその例だ。ところが、農業用灌漑と人口増加による水不足でコロラド川流域の八州とメキシコによる水の争奪戦が深刻化。温暖化と相まって、人が住めない場所に逆戻りしかねない。
温暖化の影響は広範囲にわたる。九月には二つの大型ハリケーンが続けざまにフロリダ州に上陸し、南部各州で二百人以上の死者を出した。あるいは、カナダからカリフォルニアにかけての山火事は毎年恒例だ。森が焼け住宅地に迫る。カリフォルニア州では住宅の四軒に一軒が「火災高リスク区域」に指定されている。
海水温が低いハワイでは、温暖化の影響をさほど感じない。だが、二年前に山火事で隣のマウイ島の古都ラハイナが焼失した。私はその日、コーヒーのパーチメントを乾燥中だった。通常は二週間程度かかるが、日射と乾燥と強風で三日で乾燥してしまった。新記録だが、コーヒーが傷む。しかも、急速に乾燥する可哀そうなパーチメントを観察していたら、パチと堅皮が割れる音がした。コーヒー焙煎で豆がパチパチ爆ぜるのを一ハゼ、二ハゼと呼ぶが、実は、一ハゼはパーチメントの乾燥段階で来ることもあるとは知らなかった。
ラハイナの火事が温暖化の影響なのかは、素人の私には判断付かない。それよりもハワイに住む私が、温暖化の影響を感じるのは火災保険やハリケーン保険の保険料の高騰だ(金融商品を通してしか物事が見えない己が悲しい)。我家はコーヒー産地で雨が多く、山火事のリスクは低いので、保険料の上昇は二年間で二割に抑えられているが、ビーチ沿いの高級コンドミニアムの保険料は三倍以上に上昇した。ビーチ沿いは雨が少なく、火災のリスクがあるし、ハリケーン、津波、洪水などのリスクもある。
深刻なのはカリフォルニア州やフロリダ州だ。大手保険会社の数社が、両州での保険事業から撤退した。山火事やハリケーンなどの異常気象のリスクが高すぎて、割に合わないと判断した。家の壁や屋根などを燃えにくい素材にしないと保険を売らない保険会社もある。両州に限らず、保険料は全米的に上昇している。この危機に対して、三十一の州で州政府が保険会社に保険の提供を強要したり、州政府が自ら保険を提供する政策を採用している。低所得者用の制度だったが、一般住民にも適応の範囲を広げている。
困った人を助けるのが政府の仕事とはいえ、これはモラルハザードを招きかねない政策だ。つまり、保険会社が撤退したり、保険料を引き上げるのは、リスクが高まったと保険のプロや再保険市場が判断するからだ。住民はそのリスクとコストを理解したうえで、その地に住むか否かを判断すべきだ。ところが、保険の素人の州政府が税金を使って、安易に保険を提供しては、住民は災害のリスクを過小評価してしまう。
実際にカリフォルニア州では山火事で家を失った家族が、新たに復興された住宅で再び山火事で家を失ったケースがある。二度も焼け出された家族は悲劇だし、保険会社も損続きだし、政府の復興支援は無駄遣いに終わった。近代以降、居住困難な地に文明の力で町を作ったが、温暖化で人が住むべきではない場所に逆戻りするケースが出るのではなかろうか。今年、米国で「On the Move」という本が売れた。温暖化ゆえ、人口が北へ「移動」を余儀なくされているという話である。
米国だけではない。例えば、難民・不法移民は世界的な問題だ。そもそも難民の原因の一端は、気候変動で社会インフラのぜい弱な国の農業を始め、経済や政治情勢が不安定化したために、住民が祖国を捨てて移動するものである。既に「移動」は始まり社会問題化している。先進国にすれば、なぜ他国の問題を引き受ねばならないのかとの不満はあるが、もし温暖化が一因ならば、先進各国にも原因がある。
日本も心配だ。先頃のCOP29の主要テーマの一つは海面上昇。海抜ゼロの住民は真剣に移動を考えるべきだ。絶対に決壊しない護岸補強を政府に期待するのは、大洪水を起こした神に対抗してバベルの塔を建てて神を怒らせたのと同様に無鉄砲で自然に対して傲慢だ。
さて、本誌前回号でコーヒー畑は極楽浄土の様な所と述べた。我が家は冬は暖かく、夏は涼しい。コーヒー栽培に適した気候は冬でも一五度を下回らず、夏でも二七度を上回らない。そんな極楽のような気候は熱帯・亜熱帯の標高の高い場所にしか存在しないので、コーヒー産地はどこも熱帯・亜熱帯の高原・山岳地帯だ。
一方、温暖化により2050年には現在のコーヒー産地ではコーヒーが採れなくなると危惧される。確かに、夏に二十七度の日が続いてはコーヒーの木は弱る。それでも、我々人類には快適な気候だ。また、コーヒー生産国の経済発展が続けば、コーヒー畑の労働者は山間部の貧しいコーヒー産地から、より良い収入を求めて都会へ出る。せっかくの気候がもったいない。
そこでご提案。逆に都市がコーヒー産地に移動してはいかがか。実際に、ハワイ島コナは、特にコロナ禍で、米本土の富裕層に「発見」された。気候が穏やかで風通しが良い。広々として人込みもない。理想のリモートワークの地だ。人々は気候の良い場所へ移動を始めている。
コーヒー産地はいいぞ~。暑からず寒からず。家に冷房も暖房もいらない。究極の温暖化対策だ。そういえばアラビカコーヒーの原産地のエチオピア高原は人類発祥の地でもあるらしい。コーヒー畑の気候は人類の宝。
日本の皆様も、あんな蒸し暑い中で通勤などせず、アフリカの高原からリモートワークしてはいかがか。円の価値が下がったとはいえハクナマタタ。まだまだ使い勝手はある。おまけに、都会でダイエットのためにスポーツジムに高い会員費を払わずとも、余暇にコーヒーを摘めば痩せながらお金がもらえる。タイの高地もマイペンライ。果物が美味い。なんなら、ハワイ島でゴルフやサーフィンをしながらリモートワークという手もあるぞ。ノープロブレム。
2024年12月 山岸秀彰