雑誌「珈琲と文化」2018年夏号の原稿
雑誌「珈琲と文化」の2018年夏号に拙稿が掲載されたので転載します。
10年前に今の家を買った。1200本のコーヒーの木が植えてあったことから、コーヒー栽培を始めた。その4年後、目の前の空き地を買い足して2100本のコーヒーを植えた。
その空き地をコーヒー畑にするには、まずは整地をする。敷地は縦170m横75mで、上下で25mの高低差がある縦長の約8.5度の斜面。巨大ブルドーザーで樹木と雑草をなぎ倒すと、溶岩と土の混ざった土地が露出する。次にそれを土と溶岩に分ける。ブルドーザーが敷地内を行ったり来たりを一週間も続けると、あちらこちらに直径20-30cmの溶岩ばかりを積み上げた山と、土ばかりを集めた山ができる。窪んだ場所に溶岩を埋めていき、次第に凹凸のない一枚板の溶岩だらけの斜面になる。その上から、集めておいた土をかぶせると、きれいな畑のできあがり。
そこに掘削機で穴を掘ってコーヒーの苗木を植えるのだが、その直前に芝生の種を撒く。森の中のコーヒーであれば、大木が腐葉土を作るし、日差しが弱いので下草は生えない。しかし、森の外のコーヒー畑には、下草があった方がよい。
芝は土壌流出防止になる。しかし、素早く張らないと、せっかく表面に敷いた土が大雨で流される可能性がある。また、雨が降るたびに土が少しずつ下の溶岩のすき間に垂直に落ちて、下層の溶岩がむき出しになる。また、芝は土の質を向上させる。日光で表土が熱くなるとコーヒーの木の根が弱るので、芝で表土を冷たく保つ。土の保湿にも役立つ。微生物が増え、土が柔らかくなる。コーヒーの木を健康に保つには土作りが重要である。
芝の種類はハワイのゴルフ場でおなじみのバミューダ芝を選んだ。一度根付くと、背は高くならずにどんどん横に広がる。乾燥にも強く、管理が比較的に容易。しかし、根付くのに歳月がかかるので、その間に雑草に領地を占領されてしまう。それを防ぐ為に、一年性ライ芝の種を同時にまく。ライ芝はすぐに発芽する。30cmほどの高さになり地面を覆って、雑草を防ぐ。英国のゴルフ場やウィンブルドンのテニスコートは多年性ライ芝。一年性ライ芝も似たような芝だが、一年以内に枯れてしまう。その間に、バミューダ芝が地面を覆うまでの時間を稼ぐ。
それでも何種類もの雑草が生える。雑草駆除には、こまめな芝刈が肝要。3~4週間の間隔で刈る。雑草が種を作る前に刈る。逆に芝は刈れば刈るほど強く横へ伸びる。結局は雑草のみならず、芝もバミューダ以外に10種類以上の野芝が生えて領地を拡大した。乾燥が続くとバミューダが勢力を伸ばし、雨が多いと他の野芝が勢いをます。コーヒーの木が高い年は日陰に強い芝、剪定した年は日当たりに強い芝が領地を拡大する。
コーヒー栽培では、収穫費用(労賃)が最大の費用で、総費用の半部以上だが、雑草の処理も2番目ぐらいに大きい。消費者には関心が薄いかもしれないが、生産者にとっては雑草処理は重要な関心事だ。除草剤を使えば、費用を抑えられる。加えて、除草剤でコーヒーの木の周りの芝や雑草を枯らせば、肥料が直接コーヒーの根に届き、肥料代の節約にも繋がる。芝や雑草だらけだと肥料を芝や雑草が食べてしまい、コーヒーの根までなかなか届かない。しかし、私はあまり除草剤は使いたくないし、長い目で見れば、刈った芝がやがて堆肥になってコーヒーの栄養源となる。
数年前にマカデミアナッツの殻を大型トラック10台分ぐらい買った。マカデミアナッツの産地のハワイ島では、その殻は廃棄物なので廉価で買える。木の周りに敷くと雑草の抑制になるし、有機物の還元にもなる。有機物の量としては毎年畑から収奪するコーヒー豆の10年分に相当する。微生物が増えて土壌が改善する。その翌年は劇的にコーヒーの収穫量が増えた。
ところが、このマカデミアナッツと一緒に野生のニガウリの種が混じってきた。1年もしないうちに畑はニガウリで占領された。つる性で地面を這って領地を拡大するし、コーヒーの木に絡みついてくる。コーヒーの木はつる性の植物に絡まれるとストレスになる。野生のニガウリは実が小さく食用にならない。食べられない野生種には、私は何の愛着もない。そこで、今年は何カ月もかけて、このニガウリを手で抜いては、そこにクローバーの種や多年生ピーナッツの種をまいている。
クローバーやピーナッツはマメ科。空気中の窒素を土壌に供給する。コーヒーは夏場の窒素が足りないと枯れる。マメ科は強力な助っ人。しかし、ニガウリは抜いても抜いても生えてくる。雑草の競争は厳しい。クローバーやピーナッツを根付かせるには根気がいる。
人類は農耕を始めて以来、雑草と闘い続けて来た。雑草とは、畑に植えたものと違う植物が生えるから雑草。そもそも農耕をしなければ雑草という概念はない。人間は自らが作り出した概念と闘っていることになる。そんな勝手な都合に自然は味方をしてくれないので、当然、苦戦を強いられる。雑草にしてみれば、ただ一所懸命に生きているだけで、別に自分が雑な草だとは思っていないだろう。勝手な概念である証拠に、私の畑では雑草の定義は、私が好きか嫌いかだ。ニガウリも、朝顔やパッションフルーツやトマトなど世間では重宝される植物も、ここではコーヒーに絡みつく憎き雑草で、芝やクローバーやピーナッツはお友達だ。新たな畑は6年目になるが、雑草との闘いには終わりがない。
さて、コーヒー畑の話ではないが、以前、家の前の芝生を張り替えた。元々はキクユ芝が植えてあった。ある日、庭師が突然辞めた。自分で芝刈りしたところ、キクユ芝は芝目が強すぎて、芝刈り機がすぐに止まってしまう。頭にきて、除草剤で全部やっつけた。
米国では、夫の最も重要な資質は家の前の芝を綺麗に保つこと。黄色く枯れた芝では、沽券に関わる。枯れたキクユ芝を剥がして、管理の易しいセンティピード芝の種をまいた。
本来は、それが生え揃うまでの時間稼ぎに、前述の発芽の速い一年生のライ芝の種も同時にまくべきだったが省略した。これが大きな間違え。センティピード芝が生え揃う前に、Oxalisという強力な雑草があたり一面を占領した。ハート型の葉が3つありクローバーのようだが、似て非なるもの。その憎々しい赤い根からの分泌物で、周りの植物を枯らす。成長が早く、種をポンと遠く散らし、どんどん領地を拡大していく。無敵の雑草だ。
畑では使用禁止の強力な園芸用除草剤の投入を決意した。なにせ我家の名誉の問題だ。園芸店には名誉を重んじる夫らの為に、芝を殺さず他の植物を殺す芝生用除草剤の品揃えが豊富。買ってみた。しかし、全然効かない。逆に芝が枯れて、益々Oxalisが増えた。駆除不能だ。
思案の末、コーヒー畑での手法を取り入れ、発芽の早い一年性ライ芝の種をまいてみた。すぐにライ芝が優勢となった。芝生用除草剤もいくつか試し、やっとOxalisに効くのを見付けた。徐々にOxalisが減っていった。ライ芝が枯れる頃には、センティピード芝は領地を拡大していった。一年以上かけて、やっと芝が優勢となった。
遂に私は雑草に勝利した。コーヒー畑では果たせなかったが、畑で得たノウハウに加え、強力な除草剤まで投入した。強引な手法ではあったが、我が山岸家の名誉は保たれた。ご先祖様もさぞお喜びのことであろう。しかし、敵ながらOxalisは粘った。賞賛に値する。このあっぱれな雑草は何者かと調べたら、なんと日本語では「かたばみ」。こ!こっ、これは。。。思わず絶句した。
実は我家の家紋は「丸に片喰」。私の先祖は新潟県長岡の商家。戦後没落し一族は長岡を離れたので、私は東京生まれだが、それでも14代目の当主だそうだ。子供の頃、父から先祖伝来の掛け軸や風呂敷や五つ玉そろばんやらに描かれた丸に片喰の紋を見せられ、「先祖代々受け継いできたありがたい家紋である。山岸家300年の歴史が詰まっている。決して粗末にするでないぞ」と教えらた。
家紋の本によると、片喰は繁殖力が強く駆除が困難で一族繁栄のシンボル。一族繁栄を願い、片喰を家紋とする家は多いとある。
ご先祖様、申し訳ございません。不肖14代目は、あらん限りの知恵と近代科学の粋を用い、一族の象徴かたばみを根絶やしにしてしまいました。
2018年7月 14代目 山岸松太郎秀彰