昼間でも金星が見える男、船附さん
NY時代、トルコ人の同僚がいて、ビックリするほど頭脳明晰。エクセルの単純な数式とマクロを組み合わせて、複雑なポートフォリオ管理システムを構築した。パーツが単純な数式ゆえ、状況に合わせて、日々改良できる。全部手作りな所がすごい。加えて、単なる数学・システム屋ではなく、企業分析能力も優れているので、やがて、Bricoleurというヘッジファンドにパートナーとして転職していった。
ところで、Bricoleurとはフランス語でブリコラージュする人という意味。フランスの構造主義のレヴィ・ストロースの唱えたブリコラージュとは未開の人類が持っていた能力で、ありあわせの身の回りの物で必要な物を作ること。かのトルコの友人の仕事ぶりは現代のブリコラージュである。その転職先の名に妙に納得した。
ここ数年、沖縄県波照間島出身の船附さんに畑仕事を手伝ってもらっている。沖縄が日本へ復帰する前の波照間は、沖縄本島と違い、米軍は何の投資もしなかったので、彼は、電気も水道もない島で育った。だから、日常生活がブリコラージュ満載なのだ。
彼の住む家の前に、ハラの木の根の樹皮が干してあった。不思議に思っていたら、数日後に、縄になっていた。うわっ、ブリコラージュだ!紐ならホームセンターで1ドルもしない。もっと便利なバンジーコードだって買える。どうして紐を買わないのか尋ねたら、堆肥作りに木の枝葉を集める時、この縄で結べば運びやすいし、そのまま堆肥になるから便利だと言う。資本主義的効率主義に毒されていなくて、かつ合理的な精神だ。
コーヒーの収獲中、隣家の犬にしつこく吠えられた。船附さんは「黙れ!食べちゃうぞ」と怒鳴り返した。「えっ?波照間では犬を食べるの?」と尋ねたら、「昔は、食べ物が尽きたら、犬だって食べたさ」との答え。「牛肉は食べないの?」と尋ねたら、「牛や馬は食べない。大きい。」ときた。つまり、牛は屠っても親戚・近所で食べきれない。食べきれるサイズの動物しか食べないという。感動した。私はスーパーでそんな基準で肉を選んだことは人生で一度もない。Louise Gray著の「The Ethical Carnivore(倫理的食肉)」(邦題:生き物を殺して食べる)のような崇高な倫理環境で船附さんは育った。
畑の鶏に好かれていて、しょっちゅうじゃれ合っている。イザとなったら、鶏など絞めてしまう怖いおじさんのくせに、妙に鶏の信頼を得ている。
還暦を過ぎても恐るべき体力。その秘訣を尋ねたら、特製コーヒーエキスと特製ノニジュース。彼は、うちの畑のコーヒーの実をリキュールに漬けて、特製コーヒーエキスを作る。殺虫剤を使っていないから良いのだそうだ。これとうちの有機ノニ畑のノニで特製ノニジュースを作って飲む。それらがあれば、いくらでも働けるという。
朝から昼飯も食べずに作業していたら、雲が厚く薄暗くなってきた。何時だろうと思ったが、誰も時計を持っていない。妻は4時半過ぎだから今日は止めようという。私は2時半と主張。私と妻は疲れ果てて時間感覚などない。淡々と働いていた船附さんは曇り空を見上げている。どうやら太陽の位置を探っているらしい。5秒ぐらいして「3時45分」。それが5分と違わず正解。こんな曇り空でも太陽の位置が分かるなんて、まるで昆虫のような能力の持ち主だ。
前述のレヴィ・ストロースによれば、現代人は人類が本来持っていた能力を失っている。現代でも未開の地には昼間でも金星が見える部族がいて、昔は人類は昼間でも金星の位置を意識しながら生活していた証拠だそうだ。そして、我らが船附さんには、昼間でも金星が見えるのだ。金星どころか、土星まで見えるらしい。凄すぎる。
ところが、一緒にコーヒーを摘むと、私は害虫(CBB)の虫食いの実を選り分けて摘むが、彼は虫食いを素早く見分けられない。虫食いは、小さな穴を見つけるのが決め手。私は春から秋にかけて、畑の虫食いの実を取り除く作業をひたすら続けているので、少し離れていてもコーヒーの実の位置や顔色や形から、虫食いかどうか、なんとなく当りを付けられる。これには船附さんもビックリ。人間業とは思えないとお褒めに預かった。あの船附さんをして、人間業でないと言わしめた。かなり嬉しい。4万円の老眼鏡に感謝。