ハワイのウグイスは訛っている
コーヒーの生豆は英語でgreen beanという。生豆はパーチメントから取り出したばかりの新鮮な状態では緑色をしている。時間が経つと酸化して白っぽくなる。
日本の焙煎士に、なぜ私どものコナコーヒーは他の産地と違って緑が濃いのか問われた。一般の産地のコーヒーは、山奥から運ばれ、熱帯の港に置かれた後、船に乗せられてくる。荷揚げ後も、商社の倉庫から生豆問屋の倉庫を経て、焙煎業者へ渡るので、既に白化してしまっている豆が多い。一方、うちの生豆は精製後すぐに気密性の袋に入れて空輸する。精製後半月以内に日本へ着くから、新鮮な色を保っている。普段、ハワイでボーっと生きている私でも、そういうところはテキパキとやっているつもりだ。
生豆の緑色はくすんだ渋い緑。これを何色と表現したら良いかと問われ、紫紅社の「日本の色辞典」と照らし合わせてみた。鶯(うぐいす)色に一番近い。その他、常盤(ときわ)色、海松(みる)色、麹塵(きくじん)、青白橡(あおしろつるばみ)、山鳩(やまばと)色、千歳緑(ちとせみどり)、モスグリーン、オリーブグリーンと表現しても差し支えないだろう。三島由紀夫の戯曲「綾の鼓」に「緑という着こなしにくい色」という台詞があるが、日本の染め物の緑のメニューは、なかなか豊富だ。
さて、ウグイスといえばハワイにもいる。昭和初期に日本人移民とともにハワイ諸島に渡り野生化した。私は東京と米国しか住んだことがなかったので、ハワイで初めてその鳴き声を聞いた。なんと、東京では既に準絶滅危惧種だそうだ。
うちのコーヒー畑の北側の一画は手付かずで、うっそうと木が茂っている。そこに様々な鳥が来る。たまにウグイスが聞こえる。ウグイスは春の季語。しかし、ここは常夏のハワイ。一年中聞こえる。
90年代以降、米国と中南米を渡るオリオール(ムクドリモドキ)が激減した。中南米で森林を伐採してコーヒー畑を開墾したため。そこで、適度な森林を維持したコーヒー農園に与えるBird Friendly Coffeeという認証ができた。鳥のさえずりを聴きながらのコーヒー摘みは良いものだ。しかも、ウグイスは日本では聞いた事もなかったくせに、望郷の念に駆られるから不思議だ。
ところが、ハワイのウグイスの鳴き声は「ホーホケキョ」ではなく、「ホーホケッ」と妙に中途半端。なんだかちょっとズッコケ。
国立科学博物館の濱尾章二研究員がハワイのウグイスの声紋を分析したところ、日本のウグイスに比べて周波数の変化が乏しく、さえずりを構成する音の数が少ないそうだ。普通は鳥類のさえずりの変化は短期間では起きない。同氏は、ウグイスの複雑な鳴き声は縄張りの形成や雌を引き付けるのに有利だとされるが、争いが少ない島の環境の中で80年間という極めて短期間に変化したのではないかと分析している。
さすがハワイ、人間だけでなくウグイスものんびりしている。ボーっと生きているから、ホーホケッ。ハワイの人もウグイスも私も、みーんなチコちゃんに叱られる。