コナコーヒー農園便り 2012年7月号
NYのウォール街で働いていた私は、44歳でリタイアし、ハワイ島コナに移住した。以前から何度かコナには休暇で来た。コナのようにゴルフとスキューバダイビングの両方が堪能できる所は少ない。何度か訪れるうちに知り合いもでき、リタイア後はここに住むことにした。ゴルフ、スキューバに加え、日本に近いし、コナコーヒーを育んだ日本人移民の流れを汲む日系人が多く住み、その文化が肌にあった。加えて、気候もすばらしい。
我が家はフアラライ山麓の標高600m。眼下に青い海と水平線が広がる。空が澄むと他の島が見える。マウイ島、ラナイ島、モロカイ島はおろか、時にはオアフ島まで見える。また、夕日が美しい。夕日は春分秋分には真正面に沈む。夏は右へ、冬は左へ移動する。その移動幅は意外と大きい。水平線に雲のない日は、夕日が沈み終わる瞬間に緑色に光ることがある。グリーンフラッシュ。これを見ると幸せになれるといわれている。
この家には2エーカー(2,500坪)のコーヒー畑に約1,300本の木がある。新興住宅地の節税対策。農地にすると大きな土地でも固定資産税や水道代が安くなる。コーヒーを育てる為にハワイに来たのではないので、購入時にこれで悩んだが、売主の庭師が引き続きコーヒーの面倒を見ることになり、購入に踏み切った。
転居後、最初の4ヶ月は彼の仕事を観察した。すると、面白そうだし、割と簡単そうに見えたので、自分でやることにした。すぐに収穫があり、自分たちのコーヒーができた。ハワイに住んで、海を眺めながら自分たちのコーヒーを飲む、と洒落込んだ。
至福の時だ。一口すすり、妻と見合わせた。なにこれ? まっ、まずい!
雌伏の時だ。ハワイ大学農業研究所発行のコーヒー栽培の資料を読み漁り、研究員と面談を重ね、先輩農家を何軒も訪問した。研鑽を積み、2年目にはコナらしい見事な甘い酸味がでた。これでコーヒー栽培にはまった。人を雇わず、肥料・水遣り、剪定から収穫まで全て自分たちでやった。やればやるほど面白く、のめり込んだ。ゴルフとダイビングが生活から消えて行った。そして3年目と4年目に連続でコナコーヒー品評会でトップ15に入賞。約700軒の農家のうち2年連続は4軒のみ。コナは世界でも最高級品だが、その中でも上位にランクされた。リタイア後の趣味としては上々の出来だ。
上位入賞は趣味の栽培が奏功した。世界中の農家に共通で、コーヒー栽培で生活するのは並大抵ではない。喫茶店のコーヒーの値段中、農家の取り分は1〜3%。農家はどうしたってコストを抑える。あるいは、手間を省き、余った時間で他の仕事で生活費を稼がざるを得ない。誰もが品質を高める努力は惜しまないが、生活の為には限度がある。コナでもこのへんの事情は変わらない。ところが、道楽でやっている我々は収益は度外視、時間無制限で手間隙を掛けられる。だから先輩農家に世界で一番高コストのコーヒーだと笑われる。それを市場価格で売るから、正直、相当の赤字だ。知人に旨いと言って貰いたい一心で毎日泥んこになっている。それに農作業のおかげで10kg痩せて、ちょっと嬉しい。
今年、我が家の目の前の3エーカーの土地が売りに出た。もし、誰かが家を建て、折角の景色が台無しになっては困る。思い切ってその土地を買った。ついてはコーヒーを隅から隅まで植えることにした。今年も益々赤字は拡大する。