農園便り

2022年05月27日

「珈琲と文化」原稿4月号(カーボンファーミング)

雑誌「珈琲と文化」4月号の原稿を転載します。カーボンファーミングに関してです。

 

中川毅著「人類と気候の10万年史」によると、地球の気温は安定期と変動期を繰り返してきた。氷河期が約一万二千年前に終わり、気温の安定期に入っている。同時に人類は農耕を始めた。狩猟採取時代の人類は頭が悪かったわけではない。変動期には、五度(東京とマニラの差)もの平均気温の変動が百年間に三~四往復もしたから、農業は無理だった。人類文明は地球が気温安定期に入ったからこそ開花した。そして、その安定は微妙な均衡の上に成り立っている。

私の読後感想はこうだ。このまま温暖化が進むと、あと数十年で気温上昇を止められなくなる可能性があるらしい。もし気温が高位安定すれば、北国の農業は得をするかもしれない。しかし、せっかく安定している気温が暴走を始め、変動期(地球のより一般的な状態)へ突入したら、農業はできない。仮に、規則的に五度変動するのであれば、十年ごとにバナナと小麦を転作する手もあろうが、変動の時期と幅は予測できないので、私なら農家を諦める。私だけなら問題ないが、農家が全員諦めたら、人類は困る。

さて、現在でも農業は文明の基盤だが、残念ながら、その農業自体が二酸化炭素を排出する。まず、土壌中からの蒸発。土壌は粘土と腐植からなる。植物は光合成で空気中の二酸化炭素を取り込んで根や枝や葉などの組織を作る。その死骸がある程度分解した段階で土壌に残ったのが腐植。つまり、炭素の塊。三億年前の石炭紀には木材を分解する菌類がいなかったので、森林の樹木が石炭となり地中へ炭素を大量に固定したが、現代の草原や森林では細菌類が有機物を分解して、地表の炭素の99%は大気中へ蒸発し、土壌中に残るのは1%以下。しかし、1%とて馬鹿にはできない。地球全体の土壌中には大気の三倍もの炭素が腐植として存在しているそうだ。

ところが、人類が一万年前に農耕を始めて、草原や森林を切り開いたから、地表の炭素(草原の草や森の樹木)は焼き払われるし、耕すと、せっかく何千、何万年もかけて土壌中に貯められた炭素も二酸化炭素として空気中へ蒸発してしまう。

そこで、近年、カーボンファーミングなる言葉が生まれた。堆肥を積極的に使い、かつ不耕起にして、炭素を土壌に戻す農法。これだと、炭素の蒸発を防いで土壌中に貯められるので温暖化対策になるという触れ込み。ナパのワイン畑などで使われる。

 

ところで、うちの畑はコーヒーの木が列に並んで植えてある。最初の数年は各列の両端の木の生育は悪かった。端の木は隣に木がないので太陽光を多く浴びる。コーヒーの木は直射日光が苦手。葉が黄色くなり収穫量も少なく、困った問題だった。ところが、ここ数年は端の木の生育がすこぶる良い。不思議なこともあるものだ。

二つ理由が考えられる。まず第一に、数年前にキラウェア火山の噴火が止まって以来、コナは雨が多い。日光が柔らかくなったことが原因ではなかろうか。(ただし、昨秋、噴火が再開し雨量が減った。)

第二に、土壌中の炭素量。うちの畑は二年ごとに木を膝の高さでカットバック(剪定)する。切った枝葉を畑の端の通路脇に積み上げ、粉砕機で細かく粉砕し畑に撒くが、そんなに遠くまでは飛ばせないので、どうしても列の端の方に集中する。それら枝葉は一年で昆虫や細菌類に分解されてなくなるが、1%ぐらいは腐植として土壌中に残る。よって、列の端の方の土壌は腐植が多いと推測される。

土壌中に腐植が多いと、土は団粒構造をなし、コロコロ、ネバネバ、柔らかくなる。水はけが良いうえに、保水力が高まる。また、栄養分を蓄える力も増す。つまり、腐植が多い土は肥えている。これが、列の端の木の生育が良好な理由ではなかろうか。

コナは日本と同じで火山灰土壌(黒ぼく土)。火山灰土壌はアロフェン粘土が植物に必須のリン酸を強く結合するので、植物の根がリン酸を吸収できない。火山灰土壌が不良土とされる所以だ。一方、アロフェン粘土は腐植も強く吸着するため、火山灰土壌は他の土壌の何倍、何十倍も腐植が多い。腐植が多ければ植物の根はある程度は腐植からリン酸を吸収できる。だから、腐植が多いほど土は肥える。炭素は宝。

この畑の地表は溶岩だらけだったが、ひとたび雑草(芝)が覆うと、ほんの十年で地表は黒く粘り気のある火山灰土壌で覆われた。常夏のコナは雑草(腐植の源)が元気。ナパの十倍は生える。一方、常夏なら良いわけではない。通常、高温多湿の熱帯では、有機物はすぐに分解・蒸発し、土壌は枯れる。しかし、コナの火山灰土壌は粘土が有機物を蒸発する前に腐植の形でガッチリつかみ取る。土壌は地質学的な年代を経て形成されるが、ここの火山灰土壌は驚くべき速さで成長し、炭素を固定した。

コナコーヒー畑は腐植が豊富。コナコーヒーこそがカーボン・ファーミングを名乗るのにふさわしいかもしれない。しかし、話はそう単純ではない。実は現代農業は農作業の過程でかなり二酸化炭素を排出する。

 

リタイア後、農業は初めてだが、スローライフに憧れる感覚で、コーヒー栽培を始めた。畑を買った時、除草剤できれいに処理されて、溶岩だらけで雑草が一本もなかった。最初はそういうものかと思い、雑草が生えるたびに手で抜いた。「除草剤か芝刈り機を使わないと無理だよ」と地元の長老に笑われたが、「これが一番エコ。スローライフさ」と受け流した。しかし、なるほど、すごい勢いで雑草が生えて来た。四つん這で一日に二坪しか進まない。八千坪の敷地では四千日かかる。だめだ。スローすぎる。

そこで、鎌を買った。すごい。一日で何十坪も刈れる。歴史教科書にある鉄器の発明とはこのことか。頭の中で映画「2001年宇宙の旅」の曲(R.ストラウス「ツァラトゥストラはかく語りき」)が「パーパーパー パパ― ドンドンドンドン」と鳴り響いた。

しかし、現代人の私は、それでも間に合わない。やがて、ガソリン工具に手を出した。Weed Wacker(ガソリンで動く芝刈り用の手工具)。もっとすごい。数週間で畑を一周できる。しかし、腕がパンパン。手が震える。そこで遂に百万円超の業務用芝刈り機を買った。すごすぎ。座って鼻歌交じりで運転して一日で終了。ガソリンを使いまくりだが、草刈り鎌の何万倍も効率的だ。私のやることなすことを笑い飛ばしていた長老も”That’s smart”と、やっと褒めてくれた。しかも、腐植たっぷりのよい土壌ができた。

最初は、コーヒーの木の剪定もノコギリで数週間かけて切った。今ではガソリン式チェーンソーでちょちょいのちょい。剪定した枝葉は、マシェテ(中南米のなた)で二ヵ月かけて細かくしたが、今は業者が来て粉砕機で二~三時間。もうガソリン大好き♡。

摘んだコーヒーは百ポンドの袋に詰めて肩に乗せて坂を登る。足腰の鍛錬に良い。なんとゴルフのドライバーの飛距離も伸びた。最初は喜んで担いだが、つらい。そうだ、ロバを飼おう。コーヒーといえばロバだ。コロンビアコーヒーのロゴにもなっている。畑の雑草を食べて餌いらず。コーヒーも運んでくれる。一石二鳥。スローライフのシンボルだ。

しかし、妻の猛烈な反対にあい、結局トラックを買った。なるほど内燃機関は偉大。アクセルを数センチ踏むだけで二十袋も運べる。十キロ先の精製所までの坂道も楽々。歴史教科書にある内燃機関による産業革命とはこのことか。おまけに、トラックならばゴルフ場へも行ける。ロバにゴルフクラブを縛り付けて出かける羽目にならずに済んだ。

便利な工具なしにコーヒーを作った百年前の日系一世の苦労を追体験してみたが、やはり機械を導入したら畑の管理が行き届き、コーヒーが美味しくなった。ガソリンは使うが、美味しいコーヒーのためなら仕方がない。今後は工具の電化に努めるにしても、畑を出た後の精製、輸送、販売を含めると、コーヒーのカーボンニュートラルへの道は遠い。

お詫びといってはなんだが、我家には冷暖房はない。コロナ後は町への外出は控えめ。庭で採れた野菜・果物を食べ、肉食を減らした。浄水器を買いペットボトル飲料もやめた。屋根に太陽光パネルを設置し、電気は自給。加えて、グリーン経済応援の趣旨でテスラ社の株を買った。すると、あら不思議、何十倍にもなった。先日、その値上がり益で電気自動車をオーダーした。早く届かないかなあ。へへへ。

 

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2022/05/27   yamagishicoffee