コーヒー生豆価格回復基調
コーヒーの先物市場価格が上昇してきた。コロナ禍での運賃高騰や労働者不足、コロンビアのスト、ブラジルの裏作年、干ばつ、霜害などがあった。コーヒー先物市場は一時久々に一ポンド当たり2ドルを超えた。長く市況低迷に喘いだ生産者には価格上昇は朗報だが、日本のコーヒー業界には好ましくないニュースだろう。
その証拠に、日本のメディアでは「投機マネーの流入」とか「ヘッジファンドの買い」などの解説がなされる。リタイアして15年とはいえ、ヘッジファンド業界にいた私は、市場が動くたびになされる、このワンパターンの悪者扱いの解説には閉口する。
ヘッジファンドやCTA、Managed Futuresなどは、確かにコーヒー先物相場の重要な市場参加者で、ある程度の影響力はあるが、それは限定的だ。頻繁に売り買いを繰り返すので、取引量は多くとも、買ったら売るし、売ったら買い戻すので、価格には中立的だ。長期的なポジションを取るものもあるが、リスクが高いのでポジションは小さい。むしろ、価格が商品の本源的価値から乖離した際に、価格を引き戻す裁定取引が多いので、価格を安定させる取引が多い。市場はゼロサムゲームだから、ファンドが儲ければ、実需筋が割を食うとの批判なら理解できるが、過去半世紀のコーヒー価格チャートを見ても、90年代以降に拡大したヘッジファンドが、価格変動を激化させたとはいえない。それに、昨年夏に、コーヒー先物市場で投機筋が買い越しに転じて以来、その買い越し額は大きくは変動していないので、彼らが今回の価格上昇の原因とはいえない。
そもそも市場が大きく動く時は、普段は見たこともないような参加者が現れることが多い。例えば、平日の昼間の喫茶店で隣のテーブルからビットコインに投資したなどの茶飲み話が聞こえてきたら、その市場は相当過熱している。彼らは買いきりだから、売り買いを繰り返すファンドは、彼らの力にはかなわない。為替市場の符牒で、Mrs. Watanabe(どこにでもいる主婦といった語感)といえば、混乱期に現れる日本の個人投資家のことで、ヘッジファンドの間では、市場のかく乱要因として恐れられる。
一方、コーヒー相場への新規参入者などめったにいないから、毎度同じ顔ぶれでの売買。結局は生産者と消費者との需要と供給の関係で価格は決まる。
今回特殊なのは、各国政府の介入。コロナ禍での経済対策として、昨年来、各国政府・中央銀行が市場にジャブジャブに資金を供給。余ったお金が巡り巡って様々な市場に流入して金融資産の価格を押し上げている。コーヒー先物もその一つ。つまり資産インフレだ。もし、これが賃金と消費者物価指数に波及すれば本格的なインフレとなる。
さて、日本では、日銀がアベノミクスの一翼を担い2013年以来「無制限の量的緩和」を続けている。株式市場を買い支え、法的、経済学的、社会的、倫理的に禁じ手の財政ファイナンスまがいの、なりふり構わぬ政策で、インフレ2%達成が黒田日銀総裁の悲願だ。
日本のコーヒー業界の皆様におかれては、いっそのこと黒田総裁を応援して、コーヒー小売り価格を値上げしてはいかがだろうか。もし、経営努力で仕入価格上昇を吸収してお客様には変わらぬ値段でご奉仕とお考えであれば、そういうメンタリティー、過当競争が、日本のデフレの原因だ。国全体が、縮小均衡的経営努力をするよりも、顧客に価格転嫁する努力をした方が、黒田総裁の悲願達成に協力できる。
そういえば、1970年代にブラジル霜害でコーヒー相場が高騰した際に、行きつけの喫茶店があたり前のように値上げして、客のこっちも何の不思議もなかった。その後、相場が沈静化したら、値下げしたのには驚いたけど。
私ごとき海外のコーヒー生産者の皮肉にお気を悪くされたら申し訳ない。それに、日本で本当にインフレが起きて、金利が上昇したら、日銀は債務超過に陥り、日本は未曾有の経済危機につながるので、こういう考え方も問題だな。