農園便り

2021年04月29日

雑誌「珈琲と文化」4月号の原稿(畑の鳥たち)

雑誌「珈琲と文化」4月号の拙稿を転載します。コーヒー畑の鳥たちについてです。

 

ピーターラビットが代表作のビアトリクス・ポター。英国の湖水地方の農村に住み、周りの動物たちの絵本の物語をいくつも残している。ハワイ島コナも湖水地方なみに田舎。うちの畑にもさまざまな動物がいる。鶏、七面鳥、フクロウ、野豚、ネズミ、マングースなど。近所で犬を飼っていないのはうちだけなので、動物が集まるのだろう。東京出身の私には、そういった動物に囲まれた農園生活は発見が多い。そこで今回はコーヒー畑の鳥たちを紹介する。

まずは、Archeological site(考古学遺跡)についての説明。ハワイ州の法律では、古代ハワイアンの遺跡は保護される。昔のハワイアンは墓を持たなかったので、あちらこちらで人骨が出土する。その場所は遺跡として保存される。住宅地で出土すると少々厄介なことになる。土地を買っても、家の建設中に人骨が出ると建設中止。結局家を建てられないケースもある。そこで最近は、住宅地を開発する際には、開発業者は事前にすべての土地を調査して、遺跡と判明した場所は囲い込み、宅地とは分けて、宅地と抱き合わせで販売する。たとえば、私の住む地域は一区画3エーカーだが、私の家は0.5エーカーの遺跡がおまけに付いて合計3.5エーカーである。私は2区画を所有しているので、合計6.5エーカー(8千坪)。そこに家とコーヒー畑と遺跡がある。

我家の遺跡は木々で覆われ、ちょっとした林になっている。多くの鳥が訪れる。友人のメキシコ人がコーヒーを摘みながら、小鳥のさえずりに耳を傾ける。「この鳴き声はメキシコの鳥。だからここでコーヒーを摘むのが楽しみだ」と懐かしそうにしている。私にはどの鳥か判別できないが、それぞれの故郷の音があるのだろう。 

ちなみに、90年代以降、米国と中南米を渡るオリオール(ムクドリモドキ)が激減した。中南米で森林を伐採してコーヒー畑を開墾したため。そこで、適度な森林を維持したコーヒー農園に与えるBird Friendly Coffeeという認証ができた。私は認証取得には、まるで興味はないが、鳥のさえずりを聴きながらのコーヒー摘みは良いものだ。

その遺跡の林にはウグイスも来る。昭和初期に日本人移民とともにハワイ諸島に渡り野生化したそうだ。私は東京と米国にしか住んだことがなかったので、ハワイで初めてウグイスの鳴き声を聞いた。なんと、東京では既に準絶滅危惧種だそうだ。ウグイスは春の季語。しかし、ここは常夏のハワイ。一年中聞こえる。私の場合、ウグイスは日本でも聞いた事がなかったくせに、望郷の念に駆られるから不思議だ。故郷の音なのだろう。

ところが、ハワイのウグイスの鳴き声は「ホーホケキョ」ではなく、「ホーホケッ」と妙に中途半端。なんだかちょっとズッコケ。

なんでも、国立科学博物館の濱尾章二研究員がハワイのウグイスの声紋を分析したところ、日本のウグイスに比べて周波数の変化が乏しく、さえずりを構成する音の数が少ないそうだ。普通は鳥類のさえずりの変化は短期間では起きない。同氏は、ウグイスの複雑な鳴き声は縄張りの形成や雌を引き付けるのに有利だとされるが、争いが少ないハワイの島の環境の中で80年間という極めて短期間に変化したのではないかと分析している。

さすがハワイ、人間だけでなくウグイスものんびりしている。ボーっと生きているから、ホーホケッ。ハワイの人もウグイスも私も、みーんなチコちゃんに叱られるくらいボーとしているのだ。

 

遺跡だけではなく、コーヒー畑にも多くの鳥がいる。除草剤を使わないので芝がぼうぼうで昆虫が多い。鳥たちは昆虫や、雑草や芝の種を食べている。

ウグイスの他にもブンチョウ、スズメ、メジロなど、日系人が持ち込んだと思われる小鳥がいる。それ以外にも、CardinalやFinchなどの外来の鳥も多い。もちろん、ハワイ固有の小鳥もいるが、私は見慣れていないので、名前は知らない。

収穫時期に、コーヒーの木に頭を突っ込んで作業をしていると、突如目の前に雛がピーピー鳴いている小鳥の巣が現れる。脅かして申し訳ないが、こちらも仕事だから勘弁してもらいたい。

朝は白いオウムの大群が海に向かって飛んでいく。夕方、山に向かって戻っていくのを見かけると、その日のコーヒー摘みもそろそろお仕舞の時間である。

たまに、ネネが飛んでいくのを見かける。ネネはハワイ固有の絶滅危惧種。カナディアングースの親戚で、太古にカナダから渡ってきて温暖なハワイに留まったらしい。旅行で遊びに来た妻の親戚のカナダ人は「近所のカナディアングースとそっくり。でも、ハワイに渡ったネネは賢いな。寒いカナダに留まったのはアホだ」と眺めている。それぞれの故郷観がある。

ピ~~、と時代劇で定番の鳴き声が頭上にする。見ると鷹が旋回している。急降下してネズミ、マングース、鳥などの小動物を鷲掴みして飛び去って行く場面に遭遇することもある。他にも肉食の鳥としては、ハワイにはフクロウもいる。しかし、昼間はオヒアの木の枝に止まってじっとしていて、動かないので特段面白くない。

 

芝刈り機に乗って、コーヒー畑の芝刈りをしていると、どこから来るのか、アマサギやマイナーバードなどの大きな鳥が集まってくる。

畑の地面には無数の虫がいる。芝を抜くと、10センチ四方くらい地面が露出したところに、数え切れないほど虫がうごめく。芝や雑草の中にもバッタなどの多くの昆虫がいる。芝刈り機で芝を刈ると、それらの昆虫が飛び出してくる。それを狙って鳥たちがやってくる。芝刈り機の音を覚えているのか、あるいは、草を刈った臭いに反応しているのか知らないが、すぐに30~40羽くらい芝刈り機の周りに集まる。

ハワイ島ではアマサギが牛の背中に乗っている光景を見かける。牛の寄生虫を食べているので共生関係の例に挙げられる。

牛には近寄るくせに、人間が近寄ると逃げる。ところが、私が運転する芝刈り機には1メートル先まで近寄ってくる。ということは、この鳥は、芝刈り機に乗っている私を人間とは認識していないのかもしれない。私の背中に乗っては来ないので牛とは思っていないようだ。確かに私は寅年(来年還暦)で丑年ではない。轟音を発しながら、雑草と昆虫を巻き散らして移動する大型動物とでも思っているのかもしれない。

 

七面鳥は迷惑だ。家庭菜園の野菜を掘り返して困る。群れの中のオスの一羽がよく鳴きわめき騒々しい。なぜかうちの妻はそれをドナルド・トランプと呼ぶ。オス同士の喧嘩で、トランプ氏は相手の頭に噛み付いて攻撃する。危険な奴だ。でも、鏡に映った自分の姿に攻撃を仕掛けて体当たり。なるほど、英語でTurkeyと言えば間抜けの代名詞。

繁殖の季節には、孔雀ほどは大きく綺麗でないが、あんな感じに七面鳥のオスは羽を広げ、体を膨らませてメスの前でアピールする。胸を膨らませて、どういう仕組みか、「ボン!」と音を発する。メスへのアピールか、それとも他のオスへの威嚇なのか。プラスチックのバケツをひっくり返して、底を叩くと似たような音がする。試しにバケツをボンと叩くと、新たなオスの出現と勘違いするのか、近くのオスが「ゴボゴボー」と鳴いて威嚇してくる。面白いから何度も叩いてトランプ氏をからかう。「ボン、ゴボゴボー。ボン、ゴボゴボー」。やっぱり、オスは間抜けだ。

やがて産卵。雑草の茂みで卵を抱く。芝刈り機で雑草を刈っていると、突然、卵を抱えたメスが目の前に現れる。慌てて芝刈り機を急停止。向こうも相当ビックリしているだろうが、卵から離れようとしない。メスはあっぱれな心掛け。そっぽを向いているので、私の事を無視しているのかと思ったら、七面鳥は目が横についているので、あれが私を睨みつけるポーズのようだ。

卵が孵る。小鳥と違って、七面鳥の雛は生まれてすぐに、ヨチヨチ、コテン、ヨチヨチ、コテンと歩き出す。メスが雛を10羽ほど連れて畑を行進する姿を畑のあちらこちらで見かける。草刈り中に偶然遭遇すると、雛たちは四方八方へ一目散に逃げる。一家はバラバラ。雛たちは「ピーピー」と母親に自分の場所をアピール。芝刈り機を止めて鳴き声を聞こえやすくしてやると、やがて母親は安全な場所を確保して、「クワッ、クワッ」と自分の居場所を知らせ、雛を一羽づつ回収する。そして、また家族で行進。一方、オスは一切子育てをしない。

人がうっかり近づきすぎると、母親の怒りを買うことがある。「シー」とすごい音を立てながら飛び上がり人の頭をつついてくる。逃げても、20~30メートル先まで追いかけてくる。10倍以上も体の大きい人間に襲い掛かるのだから、母親は肝が据わっている。

それでも、生存競争は厳しい。10羽の雛は、翌週には9羽、翌々週には8羽という具合に徐々に減り、最後には2羽くらいしか残らない。畑にはマングースが徘徊し、上空には「ピー」と鷹が旋回する。足の悪いメスがいて、毎年、片足を引きずりながら雛を連れるが、十分守れない。気の毒だが彼女の雛たちは育たない。

オスたちは相変わらず体を膨らませてメスを追いかけまわすが、雛を連れたメスは、明らかに嫌がる。あまりしつこいと、自分よりも一回りも大きなオスをつつき回して撃退する。子育て中の女は恋人には向かない。

フラれた腹いせか知らないが、一度、オスが雛を殺すのを目撃した。雛の死体がバラバラになるまで30分以上も突き続ける。メスは少し離れたところで、ウロウロと行ったり来たりしながら「グワッ、グワッ!」と猛烈に抗議している。普通、直ぐに逃げるので、野生の七面鳥に近づくことはできないが、この時のオスは相当興奮しているのか、私が1メートル以内に近づいても雛を突くのを止めない。痴情のもつれは悲劇を生む。

悲劇と言えば、畑には常に20羽以上いるが、数年前の11月の感謝祭の日に3羽に減った。米国では感謝祭に七面鳥を食べる習慣がある。誰かが侵入して鉄砲で仕留めたのではと疑っている。正直言って、野菜畑を荒らす害獣で近所の嫌われ者なので誰も文句は言わない。ところで、残った3羽はすべてメスだった。食えん女なんだろう。

 

英国の湖水地方の農村に住み、周りの動物たちの絵本を描いたビアトリクス・ポター。 有名なピーターラビット以外にもいくつも作品があり、その一つに「あひるのジマイマのお話」という絵本がある。ジマイマは卵を産んでも飼い主に取られてしまう。自分で卵を孵したいというのが彼女の願いだが、そのために騒動に巻き込まれる。義姉のレベッカからは「わたしは卵を抱える忍耐力はないね。あんたもないよ」と言われてしまう。

私の農園には、あひるはいないが、鶏ならいる。しかも2つのグループがある。一つは野生の家族。他方は道を挟んで隣の家が放し飼いしている鶏のグループ。

野生の鶏家族はすばしっこい。すぐに逃げる。痩せて足が速く、20m以内に近づくのは不可能。たぶん、映画の「ロッキー」でも捕まえられない。唯一近づけるのは雌がコーヒーの木の下でひとりで卵を抱えている場合。3週間も、ほとんど食べずに卵の上にじっと座り続ける。雨が降っても座っている。そばを通ると、横眼で睨みながら警戒するが逃げたりはしない。

やがて、卵が孵る。12~3羽はいる。七面鳥と同じで、毎週、行進するヒヨコの数が減っていき、大人になるのは1羽か2羽。野生の鶏の生活は楽ではない。

一方、お隣さんの鶏はたっぷりと餌を貰っているらしく、丸々と太っている。そういう品種でもあるのだろうが、太りすぎで走れない。昼間はうちの畑に入ってきて、コーヒーの木の根元を掘り返して虫を食べる。コーヒーを摘んでいると、よちよちと足元に集まってくる。餌を与えるわけでもないのに、人を見ると、食べ物を貰えると思うらしい。でも、試しに、摘んだコーヒーの実を与えても、全く興味を示さない。

餌はやらないが、朝は朝露に濡れた長靴に雑草の種が付くので、私の長靴を突きに来る。なんだかこそばゆい。たまには夕方にボーナスがある。摘んだコーヒーは100ポンド入りの袋に入れて、畑の木陰に置いておく。袋を動かすと、袋の下に体長15センチぐらいの大きなムカデが隠れていることがある。鶏は「クワッ、クワッ!」と大喜び。つついてたちまち食べてしまう。

一日中纏わりつかれる。こっちも慣れたから、気にはならないが、がっかりすることが一つ。夕方、暗くなり始める前、もうひと頑張りとコーヒーを摘んでいると、「お疲れさま」とか「お先に」とかの挨拶もなく、「コココー」とか言いながら道を渡って隣の家に帰っていく。世代間の違いだろうか、一緒に残業して頑張ろうという気持ちはないらしい。時代に取り残されたおじさんは寂しい。

ある日、コーヒーを摘んでいると、足元で、2羽が立て続けに「ココココココッ、コケー!ココココココッ、コケー!」とけたたましく鳴いた。見ると、コーヒーの木の下に2か所、卵が10数個ずつある。知らなかったが、この定番の鳴き声は雌鶏が卵を産んだ時の叫び声で万国共通だそうだ。

お隣の飼い主には内緒で、こんなところで姉妹で仲良く産んで、あひるのジマイマみたいに自分で卵を孵したいのか。それは、お疲れ様と思い、バナナの皮をやると、すぐに巣から立ち上がり食べにくる。卵を抱えた野生の雌鶏とは大違い。

よく見ると、頻繁に出歩く。あひるのジマイマと同じで忍耐力がない。そんなに出歩いて卵は大丈夫かと心配だ。そしたらなんと、夕方、私がまだコーヒーを摘んでいるのに、いつもの様に「コココー」と言いながら隣の家に帰って行った。おいおい、卵があっても帰るのか。夜はほったらかしかよ。

 やっぱり卵は孵らなかった。知らなかったが、野生と違って、家禽は外で卵を孵せないんだ。安全快適で食糧豊富な家があるから、わざわざ外で敵に怯えながら3週間も飲まず食わずで卵を抱えたりしないんだ。

コーヒー栽培を始めるまでそんなことは知りもしなかった。ひっとして、絵本「あひるのジマイマのお話し」は100年前の当時の読者は子供も含めて、それを知っているのが前提だから、話として面白いのかもしれない。ちっとも気が付かなかった。

絵本の締めくくりは、’Jemima Puddle-duck said that it was because of her nerves; but she had always been a bad sitter.’(ジマイマは神経質になっていたからというけれど、実は卵を抱えるのが下手なんです)

 

         2021年3月 山岸秀彰

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