農園便り

2020年5月

シュシュシュシュ、キュキュキュキュ

もう10年近く前の事だけど、あるお店に、その翌月から私のコーヒー豆を置いてもらえることになった。生産者として、とっても嬉しい。丹精込めて育てた豆が、どんな風にお店に並ぶんだろう。事前にこっそりお店を見に行った。当然、店員さんは私のことなど、まだ知らない。

 

ショーケースの中を覗き込んだ。このブルーマウンテンの隣に私の豆が並ぶのかなあと想像するとワクワクする。15種類くらいのコーヒーが並んでいる。一心不乱に覗く。色々な産地があるなあ。深煎り、浅煎り、大きい豆、小さい豆。こんなにたくさんの中から、お客さんは私の豆を選んでくれるのかなあ。ちょっと不安。

店員さんは不審がっている。もっともだ。「どんなコーヒーをお探しですか?」と尋ねられた。「フフフ、一番美味しいコーヒーに決まっているじゃないですか。まだここには置いていないけどね、来月には分るよ」と心の中で声がしたけど、やっとのことで押しとどめて、「どれも美味しそうですね」と答えた。

私は、ますますショーケースに顔を近づけて、もう、息でガラスが曇るくらい。並んでいるライバルのコーヒー豆たちを全てなめるように見た。

 

お礼を言って、お店を立ち去ろうとすると、何も買わなかったのに、店員さんは明るく「ありがとうございます」と言ってくれた。とても好感の持てる店員さんだ。己の心の声の高慢さを恥じた。

お店を出て少し歩きだした。やっぱり悪いから、せめて何か買って帰ろうかと思い振り向くと、店員さんは、私がのぞき込んでいたショーケースに、除菌スプレーをシュシュシュシュ、布巾でキュキュキュキュ。

私は、コロナが流行るよりも、ずーっと前から、ばい菌・ウィルス並みに扱われてきたのだ。

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2020/05/30   yamagishicoffee

今年最後の開花

1月初旬からバラバラとコーヒーの開花が続いた。今回が今年最後の開花。今回の花は12月から1月にかけての収穫となる。

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2020/05/18   yamagishicoffee

潅水

昨年来、雨が多い。もう1年以上、コーヒー畑に潅水をしていない。

ところが、この一週間は雨が降らなかったので、夜間潅水することにした。畑の潅水システムは10の区画に分けられ、それぞれコンピュータで制御されている。

久々なので、朝からコンピューターの作動チェックをしたところ、1つだけうまく作動しない。画面を見ると、傘のシンボルが付いている。どうやら湿度の変化を感知して、雨天時にはわざと水が出ないような機能が付いているらしい。

雨が降っていないのに、勝手に水を止められてはかなわない。マニュアルは要領を得ず、その機能の解除の仕方が分からない。製造会社にメールして文句を言った。

「雨も降っていないのに、勝手に水止めて、ギャーギャーギャー…」。正義を振りかざしたクレーマーの気分だ。このような不良品は根絶しなければ世の中は良くならない!

すると、夕方から夜にかけて雨が降った。。。。

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2020/05/03   yamagishicoffee

火山灰土壌(その1:黒ぼく土)

日本のテレビ局はハワイがお好き。頻繁にハワイ特集をする。コナコーヒーも取り上げられる。コーヒー畑で日系人のおじさんがコナのコーヒーが美味しいのは、この溶岩台地の土が秘訣と自慢するシーンは番組作りの定番だ。

コーヒーショップで働く友人が日本のテレビ局の取材を受けた。カメラに向かい、コナコーヒーが美味しい理由を並べたが、なかなかOKがでない。最後に火山灰土壌の話をしたら、ディレクターが「そうそう、それを一言で簡潔にお願いします」と、撮り直しになった。最初からそれを撮りたかったらしい。観光名所のキラウェア火山と話が繋がるし。

確かに、コーヒー産地はハワイ島コナの他にも、キリマンジャロ、ジャワ島、グアテマラなど火山の近くが多い。コーヒー関連の本にも、コーヒーは火山灰土壌で良く育つと書いてある。どうやら日本のコーヒー愛好家には常識らしい。

コーヒーに適した土壌は有機物や腐植(有機物が分解した物)が多く、ミネラル豊富、保肥性、保水性、透水性に優れ、弱酸性の土壌。火山灰土壌はこの条件の多くを満たしている。世界の土壌を12種類に分類すると、火山灰土壌は世界中で1%以下しかない珍しい土壌。熱帯・亜熱帯の火山、南国の山奥、人里離れた秘所、異国情緒たっぷりの珍しい土壌でコーヒーは育つと想像すると、なんだか、神秘的でありがたみが増す。コーヒー本の著者もテレビのディレクターもそれを狙っているように感じる。

実は火山灰土壌の学術名はAndosol。一説には、その語源は日本語の「暗土」。日本では古くから「黒ぼく土(くろぼくど)」と呼ばれる。コーヒー本の著者もテレビディレクターもそんな単語は知らないかもしれないが、農家なら誰でも知っている。日本を代表する畑の土だ。日本のテレビ番組で農家のおじさんがフカフカで粘り気のある黒い土を手に取り「この畑は土が良い」と自慢する土は、コナのコーヒー農家のおじさんが手に取る土と同じ種類だ。

火山灰土壌は活火山近郊の若い土壌。火山国の日本(あるいはコーヒー産地)では常に火山からの新たな噴出物が供給されるのでミネラルが多い。また腐植(動植物の死骸が分解した物)も多い。通常、温暖で雨の多い地域では、微生物が活発で、有機物はドンドン分解され消滅する。よって、雨の多い地域はやせた土になりやすい。ところが、火山灰土壌の粘土(アロフェン)は、有機物が完全に分解される直前の腐植を強く吸着して、それ以上の分解を防ぐ。これにより腐植が豊富となる。腐植は黒いので日本の土は黒い。ころころっとした団粒構造を持ち、保水性と透水性が高い。踏むとボクボクと音がするので黒ぼく土。沖縄や小笠原を除いて、黒ぼく土は北海道から九州まで全国にある。世界には少ないが、日本では最もありふれた土だ。

コナに視察に来た日本のカフェのオーナーが、「この火山灰土壌が良いんですよね」と、憧れの眼差しで畑の土を見つめるが、青い鳥、いや黒い土はすぐそばに居る。

ちなみに、黒ぼく土はコーヒーに適しているが、残念ながら、日本はコーヒー栽培には向かない。コーヒーは霜で即死する。100年に一度でも霜が降りる所はリスクが高い。霜柱が立ちやすいのは火山灰土壌の特徴だ。さらに、気温が23度を越えると光合成が阻害される。コーヒー産地の気温は日中でも27度を越えない。しかも、昼夜の寒暖差が必要。だから、コーヒー産地は熱帯・亜熱帯の標高の高い場所にある。また、コーヒーは根が浅いので強風に弱い。台風の通り道にコーヒー産地はない。

コーヒーを栽培したいなら、コナへどうぞ。土も良いが、気候も良い。我家にエアコンはない。コーヒー産地は人間にも快適。(来月に続く)

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2020/05/01   yamagishicoffee