もう10年近く前の事だけど、あるお店に、その翌月から私のコーヒー豆を置いてもらえることになった。生産者として、とっても嬉しい。丹精込めて育てた豆が、どんな風にお店に並ぶんだろう。事前にこっそりお店を見に行った。当然、店員さんは私のことなど、まだ知らない。
ショーケースの中を覗き込んだ。このブルーマウンテンの隣に私の豆が並ぶのかなあと想像するとワクワクする。15種類くらいのコーヒーが並んでいる。一心不乱に覗く。色々な産地があるなあ。深煎り、浅煎り、大きい豆、小さい豆。こんなにたくさんの中から、お客さんは私の豆を選んでくれるのかなあ。ちょっと不安。
店員さんは不審がっている。もっともだ。「どんなコーヒーをお探しですか?」と尋ねられた。「フフフ、一番美味しいコーヒーに決まっているじゃないですか。まだここには置いていないけどね、来月には分るよ」と心の中で声がしたけど、やっとのことで押しとどめて、「どれも美味しそうですね」と答えた。
私は、ますますショーケースに顔を近づけて、もう、息でガラスが曇るくらい。並んでいるライバルのコーヒー豆たちを全てなめるように見た。
お礼を言って、お店を立ち去ろうとすると、何も買わなかったのに、店員さんは明るく「ありがとうございます」と言ってくれた。とても好感の持てる店員さんだ。己の心の声の高慢さを恥じた。
お店を出て少し歩きだした。やっぱり悪いから、せめて何か買って帰ろうかと思い振り向くと、店員さんは、私がのぞき込んでいたショーケースに、除菌スプレーをシュシュシュシュ、布巾でキュキュキュキュ。
私は、コロナが流行るよりも、ずーっと前から、ばい菌・ウィルス並みに扱われてきたのだ。