コーヒー畑のネズミ
ピーター・ラビットの作者として有名なビアトリクス・ポター。イギリスの湖水地方の農園に住み、周囲の動物たちの物語を絵本にした。彼女の作品に「2匹の悪いネズミ」がある。トムサムとハンカマンカという夫婦のネズミが家主の留守に悪さをする物語。
我が家にもマウスがでた。マウスは体長10センチ位の小さな鼠。これが家中を走り回った。私はポターの様に鼠で物語を作るほど風流ではない。鼠捕りを仕掛けた。餌を取ると、パチンと針金が落ちて鼠が挟まれるタイプ。だが、奴の方が一枚上。餌のチーズだけを取って、全く引っかからない。
なかなか知恵深そうなので、ハンカマンカと名付け、知恵比べをすることになった。段ボールの壁をリビング中に立てて、ハンカマンカを誘導。冷蔵庫の裏に追い詰めた。冷蔵庫の周りに本や板で囲いを作った。見事な袋小路。袋の鼠とはまさにこのことだ。もう安心。昔の人の言葉は奥深い。そうやって格闘したからこそ生まれた言葉であろう。
だが、5分で脱出された。25センチはある本の壁をやすやすと飛び越えた。
今度はクローゼットの中に追い込んだ。ドアの下に隙間があるので、タオルを詰め込み密封した。後は持久戦で餓死を待つのみ。ところが2日後には脱出。元気よくリビングを走り回っていた。タオルは無残にも食いちぎられ見事な穴が開いていた。
最後にバスルームに追い込んだ。戸を閉めて、ほうきで叩きながら追いかけ回した。すると仕掛けてあった箱型の鼠捕りに自ら入った。1週間にわたるハンカマンカとの知恵比べはこうして幕を閉じた。始末の仕方が分からないので、放って置けば餓死するだろうと、箱を畑に置いた。翌日、見たら中身は空っぽ。出られない仕組みなのに、脱出するとは頭が良い。勝手な物で、知恵比べの相手がいなくなると寂しい。ところが、数日後にハンカマンカは帰ってきた。また知恵比べができると思うと、ちょっと嬉しくなった。
コーヒー畑にはラットが出る。ラットは体長30センチもある大型の鼠。コーヒーの実は食べるは、枝は折るはで厄介。マウスとは違って可愛くない。絶対駆除だ。
日本語では両方とも鼠だが、米国ではマウスとラットは明確に区別される。マウスはミッキーになれるがラットは無理。嫌われ者だ。オーランドで出会った青年は昼間はプロゴルファーを目指して練習、夜はディズニーワールドの地下でラットを退治して生計を立てていた。地上のミッキーマウスは人気者だが、地下では、日々ラットは退治される。
ラットは欧州人がハワイに持ち込んだ。19世紀には、ラット対策にマングースを持ち込んだものの、ラットは夜行性、マングースは昼行性。お互い会うことはなく大失敗。
ラットは1940年代に急速に増えた。コーヒー畑の被害が増え、ペスト病まで発生した。ラット退治が急務となった。そこで、小学生たちに捕獲させ、1匹につき2セント払う制度ができた。子供たちは、夕方パパイヤやベーコン等の餌を付けた罠をコーヒー畑に仕掛け、翌朝学校に行く前に捕りに行った。捕まえたらその尾を切り、灯油の入ったビンに保管し、週に一度、小学校で換金した。これで週に数セント稼ぐことができ、アイスクリームを1~2個買えた。今では80歳を超えた彼らは、週に30匹も捕まえ60セントも荒稼ぎしたなどと懐かしそうに武勇伝を語る。
私も籠式の鼠捕りをいくつか畑に置く。ここのラットはアメリカ人なので、餌はベーコン、チーズにピーナッツバター。これがよく食べる。ネットで人道的なラットの殺し方を調べたら溺死とある。ラットを籠ごと水に沈め、人道的な朝を迎えるのが私の日課だ。ビアトリクス・ポターのような優しい眼で鼠を観察できるようになるのはいつの事やら。