農園便り

2012年11月10日

コナコーヒー農園便り 2012年11月号

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旨いコーヒーを育てるには何が大切か。木の種類、気候、土壌など色々の条件がある。これらはどこの土地に、どの種類のコーヒー畑を植えるかで、ほぼ勝負がつく。しかし、これ以外にも、我々の日々の作業が味の違いを生む。それは赤い熟した実だけを摘むこと。この単純なことが非常に難しい。

コナでは春にコーヒーの花が咲く。開花後1ヶ月ほどで小さな緑色の実がなり、徐々に大きくなる。7ヶ月を過ぎると黄色やオレンジに色づき、約8ヶ月で赤く完熟する。花は1月から5月までバラバラと咲くので、収穫は9月から1月。収穫時にはひとつの枝に緑の実(未熟)と赤い実(完熟)とが混在する。その中から赤い実だけを摘む。ひとつひとつ手で摘む作業はかなりの注意を要する。3週間で農園を一周して元の木に戻ると、前回、黄色く熟し始めた豆が、その間に赤く熟し、摘み頃となっている。収穫時期に農園を7〜8周する。1周に5週間以上かかると、完熟を通り過ぎて乾燥したり、腐敗したりする。これは腐敗臭などの雑味が入る。逆に急ぎすぎると、摘み方が雑になり、緑の豆が混入する。これが入ると渋みがでる。クリーンな味を出すには写真のAからBまでの色の実を摘む必要がある。A以下は摘むには早すぎで、B以上は遅すぎ。

さて、世界中のほとんどのコーヒー農園では労働者(ピッカー:摘む人)を雇いコーヒーを摘む。農園主は赤い実だけを摘むよう指示するが、徹底するのは至難の業。ピッカーは摘んだ実の重さで支払われる。たくさん摘めば儲かる。だから速く摘む。どうしたって緑の実が混じる。彼らだってそれで生活しているのだから仕方がない。

テレビや雑誌で、「この農園では赤い実だけを摘んでいる」と赤い実がバスケット一杯に入っている映像を見かけるが、はなはだ疑問だ。取材陣が来れば、ピッカーだって2〜3日の間は我慢して赤い実だけを摘むだろう。しかし、集中力は長くは続かない。5ヶ月間、毎日10時間も摘むわけだから、いつも取材陣がいる時と同じようには摘めない。それが人間というものだ。まして、日本人は言われたことを実直に長時間にわたって行う忍耐力が高いが、多くの国はそれを美徳とは思っていない。漫画「巨人の星」世代の私はド根性で摘んでいるが、そもそも「根性」なんて単語は英語には訳せない。そんな概念がない。だからピッカーに完璧を強要するのは難しい。うるさく強要すれば、強要しない隣の農場にピッカーが流れるだけだ。

幸い我々は小規模なので、あまりピッカーを雇わずにやってこれた。実直に赤だけを摘む。しかし、どんなに丁寧に摘んでも、緑の実は混入する。だから、摘んだ実は平らなところに広げて、好ましくない実を取り除く。一時間に10分ぐらいはこの作業をする。効率は落ちるが、品質を保つには欠かせない工程だ。

一日10時間、シーズンに合計1千万回以上、赤を摘む。赤、赤、赤、そして、また赤。単純作業の繰り返し。こうなると、チャップリンの映画「モダンタイムズ」状態。頭と体が止まらない。異常に赤に敏感になっているので、赤く丸いものは何でも摘みたくなる。町のスーパーで火災警報器の赤いボタンを見ると、思わず飛びついて摘みたくなるから危険だ。これまでは、この条件反射的な衝動を理性が押しとどめてきたが、今年はやるかも。

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2012/11/10   yamagishicoffee