猿やジャコウネコなどの森の小動物の糞から取ったコーヒー豆が最高だという意見がある。ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマン共演の映画 “The Bucket List”(邦題:最高の人生の見つけ方)にも登場する。コーヒー豆は種子。果肉は消化されても、種は消化されない。実際にそのようなコーヒーが高値で取引されている。
以前、買って試してみた。僅かな発酵臭を感じるのは残念だが、かなりクリーンな出来なので感心した。ただし、翌日まで残しておいて、冷めたのを飲んだら、気のせいかもしれないが、鶏糞のような匂いがしたのはご愛嬌だ。
世間では動物が食べたコーヒーの種が消化器官を通過するにつれて熟成され、すばらしいコーヒーとなると説明されている。それが本当なら、私もコーヒーの実を自分で食べて(コーヒーの果実は甘い)、種をトイレから汲み出して、販売しようかとも考えた。猿やネコでなく、人間様の糞だから超極上になること必定。しかし、衛生局から多額の罰金と営業停止を喰らうことは容易に想像できる。なぜ猿やネコだと極上品で人間だと駄目なのかは理解に苦しむが、諦めたほうが無難だろう。
しかし、消化の過程で熟成されて上質な味わいになるとの世間の説明は納得しかねる。私が思うに、動物たちの実の摘み方が上手だからコーヒーが美味しくなるのではないか。コーヒーは種の周りには果肉が付き、完熟した赤い実は、ほのかに甘い。完熟前の緑色の段階では糖度が低いが、黄色からオレンジ色に変色する頃から糖度が増し、赤色になると甘くなる。さらに完熟が進み、ワインカラーになる頃には糖度が最高値に達し、それを過ぎると腐敗が始まり糖度が下がる。動物たちは美味しいコーヒーを作ろうとは考えていないが、ただ単に甘い完熟した実だけを選んで食べている。それが、たまたま美味しいコーヒーの摘み方と一致している。けっして、ウンチが美味しい訳ではない。
さて、世界中のコーヒー農園では季節労働者がコーヒーを摘む。彼らは摘んだ重さで支払われる。農園主から完熟実だけを摘めと指示されるが、多く摘めばそれだけ儲かる。だから、なるべく速く摘む。どうしたって未熟の緑の実が混じる。農園主に言われた通り馬鹿正直にやっていては、彼らだって生活できない。一説には世界中のコーヒー農園には2,500万人もの労働者がいるらしい。つまり、私ら2,500万人全員が猿以下なのだ。
うちのコーヒーがクリーンといわれるのは農園主が自ら摘むからだ。そういう農園のコーヒーは一般には流通しない。農園主の私は、速く摘まなくても自分の収入には関係ないので丁寧に摘める。しかし、私だって、何ヶ月も、毎日毎日10時間も摘み続ける訳だから、どうしたって、速く終わらせたい。すると緑の未熟実が混じる。
漫画の伊達直人は“虎だ、虎だ、お前は虎になるのだ”と、英才教育を受けたから心優しいタイガーマスクに成れたが、私は“猿だ、猿だ、お前は猿になるのだ”と、育てられた訳ではないので、猿ほどに上手くは摘めない。そこで、私と妻は朝コーヒーを摘み始める前に”ウッキー、ウッキー、ウッキッキー”と叫びながら畑に向かう。心構えは大切。
日々、緑の実が混じらないように能力限界まで丁寧に摘んでいる。さらに、腰のバスケットから大きな袋に詰める前に平らなところに広げて、好ましくない実は取り除く作業をする。1時間に10分ぐらいはこの作業が欠かせない。それがクリーンなコーヒーを作るための鍵だから。早く猿の境地になりたい。