ハワイ島にも雪が降る。スバル天文台のあるマウナケア山(標高4,207m)の頂上は、冬には雪で白くなる。雪が積もると、山頂の薄い酸素の中で午前中にスノーボードで滑り、海まで車で2時間、午後に常夏の海でサーフィンをする強者が現れる。
コナから北へ60kmのワイメアの町は標高が高く、ごく稀に雪が舞う。私はコーヒーを摘みながら、よく落語を聞く。落語は単純作業にもってこい。柳家喬太郎師匠の新作落語に「ハワイの雪」という粋な落語がある。もしかしてワイメアの町が舞台かも。
コナにも少し変わった雪がある。コーヒーの収穫は秋に始まる。年を越す頃には収穫も終盤。8割方の実は既に摘み取られている。コーヒーの木は残った実に栄養を与えようと、栄養分を枝や葉から実に移動する。葉は黄色くなる。この時期コナは乾季で、幹や枝や葉は乾燥し、コーヒーの木は最後の力を振り絞っているように見える。家内などは「頑張れ、もう少しだからね」などと、木に話しかけながら実を摘んでいく。1月、収穫が終わる頃になると乾燥は進む。コーヒーの木は成長を止め、冬眠したようになる。
やがて、春が来る。雨が戻ってくる。雨が降る度に、コーヒーの木は水分を蓄える。同時に日照時間が長くなり、気温が上がると、木は成長を再開する。緑の新芽が芽吹き、木は元気を取り戻す。そして、雨の数日後にいっせいに白い花を咲かせる。花の命は短く、2〜3日ほどで萎れてしまうが、次の雨が来るとまた咲く。これが5月頃まで何度も繰り返えされる。その中でも、特に満開に咲くと、コーヒーの木も畑全体も白く見える。まるで雪が降ったように見えることから、これをコナスノー(コナの雪)と呼ぶ。
コナスノーになると畑いっぱいにジャスミンの様な甘く芳しい香りがする。コーヒーはガーデニアの仲間。うちの垣根のクチナシと同類。クチナシは学名がGardenia jasminoidesで、意味はジャスミンのようなガーデニア。この仲間はジャスミンとは親戚ではないが、香りはジャスミンに似ているらしい。
コーヒーは開花後1ヶ月程で、花が散った跡に小さな緑色の実がなり始め、3ヶ月で小指の先ぐらいに成長する。その後サイズは変わらないが、中に徐々に栄養を蓄えて、8ヵ月後には赤く熟す。花は2月から5月にかけて咲くので、収穫は10月から1月。
このスケジュールは場所によって異なる。コナコーヒーの産地は標高200mから800m。標高の低い地域は、日差しが強いので、成熟に要する期間が短い。豆は小粒で酸味が強い。標高が上がるほど、山腹の雲が厚くなる。雨量が多いから豆は大きくなる。日差しが柔らかいから、ゆっくり成熟し、甘みが増す。この狭いコーヒー産地の中で、同じコナティピカの品種を栽培しても、標高や場所により、気温、雨量、晴天率などが異なり、微妙に異なったコーヒーが産まれる。他の畑と混らない小規模経営のエステートコーヒーだと、それぞれの違いを楽しむことができる。
年によっても成熟の時期は異なる。収穫は、通常、4ヶ月かけて畑を5周ぐらいするが、今シーズンはコナ全体が11月に一斉に赤く熟した。11月一発勝負の畑もあったらしい。時期が集中しすぎて、労働者が足りず、樹上で実を腐らせた農園が続出した。数年前には逆に、11月の収穫が少なく、10月と12月に収穫が集中した。11月分は8ヶ月前の花が咲いた日に豪雨が降り、長雨をいたずらに、眺めているうちに、花が落ちてしまった。
「花の色は うつりにけりな いたづらに わが実地に降る ながめせしまに」
今年のコナスノーは穏やかな天候をになることを願う。
(注):百人一首の小野小町の歌は「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」