農園便り

マカデミアナッツの殻を畑に撒く

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マカデミアナッツの殻を買った。コーヒー畑に撒く。一年間に収穫するコーヒーの実の有機物に相当するマカデミアナッツの量はトラック一杯分。それを畑に投入すれば、有機物の量はバランスする。

EM菌をかけて、2週間ほど発酵させた。これに有機肥料を混ぜながらコーヒー畑に撒く。この肥料は魚の骨を炭化させEM菌を混ぜ込んだ物なので、畑中が魚臭い。でも大丈夫、コーヒーは魚臭くなりません。

 

 

 

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2018/07/11   yamagishicoffee

フレーバー石鹸を食べてみた

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日本人が使う英単語で英米とは意味が違うものがある。例えば、ヒップ。日本でヒップとはお尻を指すが、英語のHipは腰(骨盤の横)、あるいは股関節を指す。日本語 でヒップアップとは運動等で骨盤の前傾姿勢を保つ筋肉を鍛えて上向きの美尻を作ることを指すが、英語ではそうは言わない。2月の農園便りで記した通り、そもそも黒人・白人は日本人に比べて骨盤が前傾しているので、お尻は自然体でも上を向いている。

ナイーブも違う。日本で「彼はナイーブだ」というと、「繊細だ」という意味で肯定的に使われることがあるが、英語のNaïveはネガティブな意味。”You are Naïve”などとうっかり言ったら、「世間知らず」、「経験が足りない」という悪口になる。以前、友人が私のコーヒーを「とってもナイーブ」と表現した。純真、素朴、あるいはデリケートな味ぐらいの意味で使ったのだろうが、英語だと経験不足・実力不足のコーヒーとなってしまう。面と向かってそんなことを言われても困る。

コナコーヒーの等級は上から、Extra Fancy, Fancy, No.1, Select, Primeと続く。この中のFancyという単語も要注意。日本語でファンシーは空想的なさま、少女趣味的なさまを表す。確かに、英語でも空想的な意味合いがあるが、より一般的には高級な、豪華な,お洒落なという意味。我々コナコーヒー農家はExtra FancyやFancyを決して「これヤバ、まじでカワイくない?」という意味では使っていない。「高級」という意味である。たとえハローキティの絵のついたExtra Fancy Coffeeがあったとしても(本当にあるかどうかは知らないが)、「キティーちゃんぽくってかわいいコーヒー」という意味ではない。

先日、コーヒーに関する日本のテレビ番組で、「Flavor(香り)」と誤訳しているのを見かけた。これもよくある誤解。英語のFlavorは香りではなく味。口に入れた感覚だ。確かに、古英語では香りを意味したこともあるので英和辞典に香りという訳が載ってはいるが、現代では口に入れた際の感覚を指す。ただし、Taste(味)とは違う。Tasteは甘味 · 酸味 · 塩味 · 苦味 · うま味などの味を意味する。一方、FlavorはTaste(味)に、Aroma(香り)やMouthfeel(口当たり)を統合した感覚を表す。日本語の風味に近い。

日本でフレーバー・ソープなるものを見つけた。香り付き石鹸と言いたいのだろうが、これでは味付き石鹸だ。お土産に配ったら「日本人は石鹸を食べるのか?」と、とてもうけた。そこで、一応念のため食べてみた。封を開けるとイチゴミルクの良い香り。期待は高まる。口に入れたら、なんと本当にイチゴの味がした。最近は日本では石鹸を食べるのかと感心して、調子に乗ってどんどん食べたら、気分が悪くなった。これには泡を食った。ブクブクブクー。やっぱり、石鹸を食べてはいけない。

コーヒーの世界では香りはFragrance/Aroma。Specialty Coffee Associationのカッピングの評価項目は10項目。最初の3項目は、1)Fragrance/Aroma(香り)、 2)Flavor(風味)、3)Aftertaste(後味)。Fragranceがお湯を入れる前の挽いた粉の香り、Aromaはお湯を入れた後の香り。Dry FragranceとWet Aromaともいう。Flavorは味と香りと口当たりを統合したもの。そして、Aftertasteは、コーヒーを飲み込んで、香りや口当たりが消えていった後に残る味、余韻を意味する。

最後に、Yamagishi Coffeeといえば、日本では「山岸が作っているコーヒー」ぐらいの意味だが、ハワイでは「コナで最も品質の良いコーヒー」という意味で使われる。高品質のコーヒーを、This coffee is almost like Yamagishi Coffeeと表現するが、「あの山岸コーヒーに並ぶくらい素晴らしいコーヒー」という最大限の賛辞である。(真っ赤なウソです。そんな賛辞はわが家でしか通じません。)

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2018/07/01   yamagishicoffee

コーヒー畑の七面鳥の卵が孵った

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七面鳥は4週間も卵を抱えていた。昨日、卵が孵った。9羽。鳥なので雛はしばらく巣で育つのかと思ったら、さっさと歩きだした。母親にくっ付いて行ってしまった。巣にはまだ孵っていない卵がいくつかあるのに、一家で出かけたきり帰ってこなかった。

この時期、親子で行列を作って畑を徘徊する七面鳥が何家族かいる。それぞれ雛はたくさんいても週に一羽づつ減っていき、大人になるのは一家族で1羽か2羽。

昨日の午後は、さっそく家の上空からピーという時代劇風の音が。見上げると、3羽の鷹が上空を旋回。コーヒー畑にはフクロウもマングースもいるし。

 

 

 

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2018/06/12   yamagishicoffee

コーヒーの木の剪定後の作業

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年初に膝の高さに剪定した木には、数十本の幹がはえてくる。そこから余分な幹(Sucker)を取り除き、3~4本の幹を選んで大きく育てる。まず、この時期に6~7本を選び、初秋に3~4本に絞る。写真は余分な幹を取り除く前と後(同じ木)。さっぱりしました。

ちなみに、七面鳥が卵を抱えている株には手を付けられなかった。母親七面鳥に突かれそうで怖い。

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2018/06/07   yamagishicoffee

Kilaueaが噴火してコナにVogが来た

ハワイ諸島には東北東から貿易風が吹く。常夏のハワイが爽やかに感じるのは、このひんやりとした北風のおかげ。一方、ハワイ島西海岸のコナは背後(風上)の大きな山に遮られて、この貿易風が届かない。その代り、日中には西側の海から海風が吹き込み、逆に夜には山から風が吹き下ろす。これがコーヒーに最適の気候をもたらす。

コナはフアラライ山とマウナロア山の山麓にある。コナの朝は快晴。日が昇ると温められた空気は山腹を駆け上がる。代りに海から湿った西風(コナ風)が入って上昇気流となる。山麓は昼前には曇り、午後にはしとしとと雨が降る。

ハワイ諸島でこの気候パターンを持つのはコナの標高200~800mのコーヒーベルトと呼ばれる限られた地域だけ。コーヒーに最適の雨量。また、コーヒーは直射日光が苦手だが、昼前から曇るので日陰樹が必要ない。

夜は、昼とは逆に、山から冷えた風が吹いてくる。これが昼夜の寒暖の差を生む。コーヒーは実に栄養をしっかり蓄えようとして味が調う。私の住む標高600mでは昼は気温が26度位まで上がるが、夜は15度近くまで下がり肌寒い。だから、我が家にはエアコンはない(暖炉はあるが)。ここの気候はコーヒーにも良いが人間の体にも良い。

しかも、うまいことに適度に乾季・雨季が分かれ、コーヒー栽培にはもってこい。収穫シーズンの冬は乾期。夏より気温が低いので、水蒸気の量が減り、曇りはするものの雨には至らない。収穫期に雨が多いと、カビや腐敗が起きやすく、品質が安定しない。

コーヒーに最適な気候をもたらすコナ独特の海風だが、最近困ったことになった。

キラウェア火山は1983年より噴火が続く。これまで火口が2つあったが、5月に新たな場所から溶岩が噴出し始めた。これが、たまたま住宅地だったので、大きな被害が出た。いきなり家のそばから溶岩が噴き出て家を焼失した方は本当にお気の毒である。既に東京ドーム200個分の土地が溶岩流に飲み込まれた。一方、コナはいたって平穏だ。ハワイ島の面積は東京都の5倍。東京ドーム221,915個分。しかも、コナは標高4,169mのマウナロア山を挟んで島の反対側。100km以上離れているので直接的な影響はない。

しかし、噴火のせいで空気が悪い。写真のように火山から出た亜硫酸ガスは貿易風に乗り、ハワイ島の南西(左下)の方向へ抜けていく。しかし、前述のコナ特有の海風が、せっかく南西の海上に抜けたガスの一部を吸い寄せ、コナに引き寄せる。

コナ地区の亜硫酸ガスは人体に影響が出るとされる水準を大きく下回っている。もちろん、コーヒーの木に影響する事もない。コナ方面への旅行客は安心してよい。いまだ禁煙の進まない日本の居酒屋よりはましだろう。

ただし、家から海を見下ろす景色が霞むことが悩みだ。亜硫酸ガスが水分と化合すると、空気が霞む。火山(Volcano)からのスモッグ(Smog)でヴォグ(Vog)と呼ばれる。風向きによって、景色の良い日もあるが、数日で、またVogが戻ってくる。

休暇でコナに来ていた頃は、コナの青い空と海の景色が印象的だったが、2008年に移住した途端に、噴火口が2つに増えて、景色がモヤモヤーと霞むようになった。そこへきて今回の新たな噴火。Vogがさらに増えた。景色が悪いと気分も冴えない。

コーヒーに恵みをもたらすコナ独特の海風だが、とんだ迷惑を引き込んでいる。火山は観光の目玉でハワイ島の重要な観光資源ではあるが、私としては、早く噴火が止んで、景色も気分もスッキリしてほしいものだ。ここまで書いたら、今日は強烈なVogがやって来た。真っ白で海が見えない。ヤメテ~~!

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2018/06/01   yamagishicoffee

マジックマッシュルーム

最近、芝生を生やそうと一所懸命やっている箇所がある。ところが、芝ではなく、キノコが生えてきた。庭師で元教師のおじいさんに見せたら大喜び。「俺は昔ヒッピーだったからよく知っているんだ。もう、30年以上やってないけど、これはマジックマッシュルームだ。ミキサーでバラバラにしてから、オレンジジュースに入れて飲むんだ。でも、量を間違えると大変なことになるから、自分にあった量を覚えるのがコツだ。」だそうだ。

へ~、そーなんだあ、良く分らないけど、と、キョトンとした顔で聞いていると、「マリファナを吸うときは効くまで吸えばいいから簡単だろ。でも、マリファナを食べるときは分量に注意しなきゃダメだろう。それと一緒だよ。分るだろう」と、相槌を求められた。そんなたとえで説明されても困るけど。へ~、そーなんだあ。

でも、どうしよう、このキノコ。

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2018/05/30   yamagishicoffee

コーヒー畑の七面鳥

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カナダ旅行から帰ってきたらキッチンの窓の外の植え込みに七面鳥のメスが座っている。卵を抱えている。最初に気が付いた時は卵は5個ぐらいだったのに、今は15個ぐらいある。

今日、コーヒー畑で草むしりをしていたら、コーヒーの木のそばにもう一羽卵を抱えている七面鳥を発見。

ネットで調べたところ毎日1個づつ産んで、十数個を産み終えてから孵化するまで何も食べずに28日間も座りっぱなしだそうだ。

夕方、雨が降ってきた。それでも座っている。

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2018/05/28   yamagishicoffee

キラウェア火山の噴火

 ハワイ島のキラウェア火山の噴火活動が活発化しおり、ご心配をおかけしております。

 コナ地区はキラウェア火山とは4300m級のマウナロア山を挟んで島の反対側にあります。私どもの畑と火山とは100キロ以上離れており、こちら側はいたって平穏です。

 キラウェア火山は1983年から噴火を続けており、ハワイ島の重要な観光資源です。今回は住宅地から溶岩が噴出し始めて、住宅地に被害が出ました。また火山灰により、その近隣の農作物にも被害が出ました。よって、大きなニュースとして報道されています。

 テレビ等の報道はショッキングな映像を流すので、ハワイ島全体が大変なことになっているような印象を与えますが、被害は火山の近隣の一部の地域に限定されています。

 ショッキングな報道のため、この数週間、ハワイ島への観光客が激減して、観光業が打撃を受けています。確かに観光の目玉のVolcano National Park(火山国立公園)は閉鎖になりましたが、ハワイ州では、他の地域は安全なので、休暇の予定を変更する必要はありませんと観光客に呼び掛けています。

People play golf as an ash plume rises in the distance

 写真はUSA TodayのHPに掲載されていたものです。火山が水蒸気爆発しても近所のゴルファーは気にせず、ゴルフを続けている様子を撮ったものです。(ゴルファーたるもの、物事に動じない心の強さが必要で、あっぱれです。)

 確かに被害にあわれた方々はお気の毒ですし、溶岩流が向かっている先の住民には避難命令が出ていますがが、火山近隣のほとんどの人は普通に暮らしています。ましてや、コナは島の反対側です。風向きによっては微量の噴火ガスが流れてくる日もありますが、暮らしに影響はありませんし、コーヒー畑には全く影響がありません。ご安心ください。

 

 

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2018/05/20   yamagishicoffee

根回し

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金融用語にStock(株)やYield(利回り)など、農業由来の単語がある。Stockは日本語と同じで切株が転じて株式。Yieldは作物の収穫が転じて利回りの意味で使われる。農業は種を撒いて、果実や種を何倍にも増やす活動だから、そもそも投資の原型である。それに、昔はどの国も人口の8割以上は農民。農業用語が言語の中心だったのだろう。

日本語の「根回し」も農業用語。樹木は植え替える前に根回しをする。植木屋さんの友人に伺ったところ、大きい木だと、根回しは植え替えの2~3年も前から始まる。根回しとは、木の根元の周りを掘り、横へ伸びる太い根を切って、再び土をかけること。すると根元の近くに細根がたくさん生えてくる。細根が充分生えた頃を見計らって植え替える。これで植え替え後も、根は養分・水分を吸うことができる。時間をかけて準備するからスムーズに定着する。これこそ日本のお家芸。さすが植木屋さん。

農業由来の根回しだが、一般にも転用される。組織の意思決定プロセスには必須。きちんと根回しが出来てこそ、一人前のサラリーマンだ。日本の会社はアイデアを出し実行する人が、決定する人とは違う。だから、根回しがあって、稟議制度がある。若い人が発議して、稟議がグルグルと会社内の権限者を回って承認を取るので、事前に根回しが必要だ。

ところが、アメリカでは少し違う。もちろん、最低限の根回しは必要だが、組織の在り方が違う。アイデアとその実行力のある人が、年齢に関係なくボスになり権限をもつから、自分で考えて実行して完結する。意思決定が速いし、責任の所在もはっきりしている。

NYのメリルリンチへ転職して数カ月たった頃、ケイマン諸島に子会社を作る必要ができた。ボスとそのまたボスと相談して了解を得たら、社内弁護士と関係部署数人で15分間の電話会議をして終わり。2週間後には子会社が出来上がり、私は子会社の役員に就任した。たったの2週間。これにはたまげた。

もしこれが、日本の銀行ならばどうだろう。考えただけでも気が遠くなる。担当者と課長は部内の総務の課長と担当者と企画書を練り上げて、部長と副部長を説得。その後、企画書を持って、銀行内の総務部、企画部、システム部、事務部、人事部、検査部などを行脚し、各部の担当者に根回しをする。もちろん、当局への報告・許認可手続きの為の根回しも欠かせない。すべての合意が取れて、やっと稟議を発議。稟議書が各部を周った後、役員、頭取の了解を得ることになる。ところが、稟議の決裁後、いよいよ子会社設立の段になって、稟議を法務部に回し忘れていたのに気が付いて、厳重注意を受け、稟議もまともに書けない奴との烙印が押され、サラリーマン人生の汚点なんてことになる。

これほど意思決定に時間と労力がかかっては競争にならない。そのうえ、こんなに大変だから、サラリーマンは根回しのコツを覚えることに人生をかける。根回しの上手い下手がその人の会社での存在価値みたいになる。これでは社員の能力の無駄遣いだ。根回しはサラリーマンの勲章、日本のお家芸だが、実は日本経済の足を引っ張る風習かもしれない。

さて、先日、大きなハラの木と15m以上あるヤシの木を植え替える必要がでた。業者に依頼したところ、陽気でフレンドリーなハワイアンのオッサン数人がブルドーザーとシャベルカーでやって来た。いきなり木の周りを掘って、引っこ抜いて、新たな場所に穴を掘って、木を差し込んで、土をかぶせて肥料と水をやって、一日で終わり。さすがアメリカ、南国ハワイ。こいつら根回ししねーんだ!

日本のお家芸は世界で通用するのか?

 

 

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2018/05/01   yamagishicoffee

雑誌「珈琲と文化」2018年春号の原稿

雑誌「珈琲と文化」2018年春号に拙稿が掲載されたので転載します。

 

久々に株式市場が荒れた。ヘッジファンド業界にいた頃、株式市場が急落するたびに、テレビ・新聞等がヘッジファンドが売りを仕掛けたと解説をするのには閉口した。まるで悪者扱い。そもそも、ヘッジファンドは情報を公表しない。「今、売ってますよー」と言いふらしながら株を売る間抜けなヘッジファンドはない。彼らの仕業ということにしておけば、誰も検証できないので、相場を解説する際に便利なのだろう。

 私の部署では、主たるポートフォリオの他に、先物市場に投資するファンドも運用していた。為替・株・債権を始め、商品相場にも投資し、小額だがコーヒー先物市場のポジションもあった。商品相場のトレーダーからコーヒー相場に関し、隔年収穫の説明を受けた。「ブラジルでは今年は豊作だったので、来年は不作で、在庫が減って….」という具合。当時はチンプンカンプンだったが、実際に農夫になると良く分かる。コーヒーは豊作と不作が隔年で生じ易い作物で、生産者には切実な問題だ。

豊作の年は、たわわに生った実に栄養を送るので、栄養が足りなくなる。コーヒーの木は子孫を残すため、果実に優先的に栄養を使う。葉や枝は枯れる。枝葉が枯れては、翌年に果実はつかない。よって、豊作の翌年は不作。逆に不作の年は実が少なくて枝や葉に栄養が行き渡って葉が茂るので、そのまた翌年は豊作になる。

生産者は隔年性を防ぐために様々な工夫をする。肥料や水を調節したり、剪定して樹勢を強く保ったり。我々農家にとり隔年性を制御できるか否かは死活問題だ。しかし、喫茶店でコーヒーを飲むたびに隔年性に心を痛める消費者はいない。

コーヒー先物相場は変動が激しいが、隔年性は主たる変動要因ではない。先物市場でリスク回避する大手生産者や中間業者に加えて、ヘッジファンドなどの投資家が市場に参入することで市場の厚みと安定性が増し、隔年性は事前に相場に織り込まれてしまう。むしろ、相場を動かすのは天候不順などの予期せぬ出来事だ。

生産者には死活問題の隔年性だが、市場を介して価格は平準化し、消費者はそれに煩わされずに済む。投資家や投機筋が市場効率化を促し、消費者はその恩恵を受けている。ヘッジファンドだって、人様の役に立っている(かな?)。

 現役当時、隔年性を語るトレーダーの話を訳が分からずポカンと聞いていた私も、今ではNYへ遊びに行くと、「隔年性を回避するには、夏場の雨量と肥料の窒素量がね…」とか「木の剪定方法がね…」などと、もう得意になって説明して、現役連中を煙に巻く。ウォール街の若い連中なんて、目玉に$サインが書いてあるような目つきをしているが、それが?マークに変わっていく。実に愉快だ。

 

 ノーベル経済学賞を受賞したEugene Fama教授の金融理論に効率的市場仮説がある。株式などの金融市場は多くの参加者の競争により、情報がいち早く価格に反映される。過去の価格の情報(罫線・チャート分析)は既に相場に織り込み済みで、チャートをいくら分析しても、将来の相場を予想するのは困難である。また、企業が公表する情報(ファンダメンタルズ分析)も発表と同時に相場に織り込まれてしまうので、翌日の新聞を読んでからの売買では遅すぎる。市場はかくも効率的なので、相場で儲けるのは難しい。

Fama教授はさらに「強度の効率的市場」を想定した。そこではインサイダー情報(非公開情報)も、価格に織り込み済みで、インサイダー情報を用いても将来の株価を予想できないとする。ところが、現実の社会では、インサイダー情報に基づく株の売買は違法。重罪だ。そんなズルが許されたら市場は成り立たない。仮に私がインサイダー情報を持たずに株を買うとする。私が買えば、誰かが売る。その売手がインサイダー情報を持っているかもしれない。であれば私は損をするので、最初から株を買わない方が良い。つまり、インサイダー取引が許されれば、誰も株を売買しなくなり、市場は機能しなくなる。

よって、実際の市場は、インサイダー情報までも織り込こむほど「強度の効率的市場」ではないとされる。ところが、私のYale大留学時代の恩師Stephen Ross教授が好んで用いた「強度の効率的市場」の例外的な実証例にオレンジ相場がある。オレンジジュースの元になるオレンジの相場はフロリダ州オーランドの気候に左右される。そのオレンジ相場は気象庁の天気予報よりも正確にオーランドの天気を予想するという。つまりオレンジ相場は、世間には出ていないインサイダー情報(この場合は公表されていない天気予報)すら、織り込み済みで、それに先んじて動くという驚異的な具体例だ。

 

 さて、コーヒーの話である。コナでは年が明けて収穫が終わると乾期。コーヒーの木は成長を止める。枝は乾き、葉は黄色くなる。今にも枯れそうに見える。しかし、その乾期の間に花芽を成長させて雨期の到来をじっと待つ。やがて、春になると、雨が戻ってくる。木の組織中の水分量が増えて、木は元気を取り戻したように見える。すると、いっせいに白い花が咲く。花はジャスミンの様な香りがする。満開時には畑が真っ白に見えるので、コナではコナスノー(コナの雪)と呼ばれる。2月から4月にかけて雨が降るたびに開花が数回に渡り繰り返される。

以前、日本人の先輩農園経営者から面白いことを聞いた。コナのUCC農園はコーヒーハンターとして知られるミカフェート社長の川島良彰氏が開発したのは彼の著書にある通り。一方、UCCに隣接するドトールコーヒー農園は秋山亨氏が開発した。秋山氏は22年間もその農園を管理し、数年前に退社帰国。昨年、東京の立川にBurgundyというコーヒーショップを開いた。私の師匠だ。彼の説によると、雨が降ると花が咲くのは確かだが、花が咲くと雨が降ることもある。コーヒーの木は気温や湿度の変化など様々な情報を感じ取り、もうすぐ雨が降ることを察知し準備する。時には雨に先んじて花を咲かせ、雨はその後、遅れを取り戻すように降ってくるそうだ。自然界の虫や植物には人知を超えた能力があるというのが彼の持論だ。私は彼の観察力に深く感銘した。

そこで思い出したのが前述のオレンジ相場。私の義兄にカナダの気象予報官がいる。彼にオレンジ相場の話をした。すると、オレンジ業界の人が、民間の気象学者を雇って、天気を予想しているに違いないとの答えを得た。特定の地域に注力すれば、広く全国的に天候を分析する気象庁よりも、正確に予報することは可能だそうだ。

しかし、それでは面白くない。私は人知を超えた植物の能力を持ち出し、予報官よりも先に、オレンジの木自身が気象状況を感じ取り木や実の状態を変化させて、それが先物相場に反映されているのではないかと、食い下がってみた。しかし、義兄は、農業の人はその類の話が好きだが、それはありえないと取り合わない。確かに、現在では天候を対象に取引する金融商品まで存在し、もしも、天気予報よりも正確に広範囲にわたって天気を当てるなどの芸当が可能なら、大金持ちになれる。

そういえば、アメリカには「ドングリが多い年は大雪」という迷信がある。ある年の秋、週に一度の部内投資会議で、あるアナリストが「今朝、道端にたくさんのドングリを見た。今年は厳冬だ。石油の値段が上がる。原油先物の買い持ちを増やそう」と主張した。その日、議長の私はどう反論したものか戸惑い慌てた。顧客の金を預かり運用している以上、合理性に欠けた理由を根拠に投資をしたら受託者義務違反に問われる。もちろん、彼も冗談で言っているので実行しなかったし、実際その年は驚くほど暖冬となった。大外れ。

でも、毎日、ストレスと闘いながら金融市場を追いかけていた私は、コンピューターの画面を通してしか世界を見ていなかったので、道端のドングリが目に入る精神的余裕は全くなかった。道端のドングリを愛でるアナリストの心の平穏平和を羨ましく思った。

農夫になって10年。オレンジやコーヒーの方が人より賢く、効率的な市場を構築できるというのは、ちょっとロマンのある話に思えて来た。証明したら、ノーベル賞が取れるかも。経済学賞よりも心の平和賞かな。

             2018年3月 山岸秀彰

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2018/04/27   yamagishicoffee