コナコーヒー農園便り 2013年1月号
邦銀に勤めていた若い頃、上司にカラオケ好きがいて、金曜日ともなると朝の5時までお供した。歌が下手なので正直つらかった。それに、素人の下手な歌を我慢して聞く上、褒めちぎらねばならぬ。迷惑な話だ。我慢して聞いている分には恥をかかずに済むので隅で目立たぬようにしていると、「君も歌いなさい」と順番が回ってくる。万事休す。だが、こっちもサラリーマンの端くれ、固辞して座を白けさせる訳にはいかない。勇気を出して歌うのだが、不思議なもので、歌っているうちに、だんだん気持ちがよくなる。仕舞には、ネクタイを頭に巻いて大騒ぎ。朝まで調子外れに歌いまくり、他人に大迷惑を掛ける側に回る羽目になる。あれはよくない。
「流れくる 若き唄声 コナ休暇」コナの図書館でこの句を見つけた。かつて(1932〜1969年)コナの小中高校では、コーヒーの収穫に合わせて、9〜11月を夏休みとしていた。ハワイでもコナだけ。これをコナ休暇と呼び、子供は大人に混じってコーヒー畑で働いた。この句は、家族総出の厳しい農作業を楽しくする為に歌を歌った光景を詠んでいる。たしかに、現在80歳以上の日系三世たちは、日本の古い歌や民謡、童謡、演歌をよく知っている。両親・祖父母から畑で習ったそうだ。先日、日系人のクリスマスパーティーに招かれた。興がのると、ウクレレが登場し、昔コーヒー畑で歌った歌を老人たちが懐かしそうに歌う。中にはパパイアやココナッツの登場するハワイ風にアレンジした、へんてこな替え歌もある。若い世代は「何これ?」と首を傾げるが、歌っている当人たちは大笑いで、昔話をしながら盛り上がる。さらには90歳の長老から「もっと、テンポ速く歌わないと速くコーヒーもげないぞ」と日本語で野次が飛んだりする。
時を経て、日系人は社会進出を果たし、生活をコーヒーのみに頼らずとも良くなった。児童福祉法の観点からコナ休暇は廃止され、日系人の家族総出の作業は消えていった。現代の収穫はメキシコや中南米の労働者が中心。普段、米国本土で働いている彼らは、冬の収穫時期になるとコナに来る。そうやって食い繋いでいる。中には哲学者風に真面目な顔で摘んでいる人もいれば、陽気に仲間を笑わせながら摘んでいる人もいる。時折、スペイン語の歌声が聞こえてくる。畑のこっちから若者が1小節歌うと、向こうからそれを受けて、誰かが、また1小節続ける。そして、ゲラゲラ笑い、陽気に収穫作業が進行する。私にはチンプンカンプンだが、スペイン語の分かる家内によると、あの女の子が可愛いとか、いやいや、あっちの子の方が可愛い、など知り合いの女性たちの噂話を替え歌で唄っているのだそうだ。「僕の心を奪っていったー♪」さすがラテン系だ。
NHK紅白での美輪明宏「ヨイトマケの唄」は圧巻だったが、労働者の歌は日本に残っているのだろうか。日本人は何百年もの間、田植えや稲刈りの合間に歌ってきた。炭鉱や金山にも歌があった。民謡の起源だ。ところが現代は、耕運機やコンバインによる作業では一人でドドドドドーとエンジン音を聞いているうちに終了。皆で歌う暇などない。自動車工場のラインで歌に合わせて自動車を組み立てているとは思えない。丸の内のオフィスで業務中に「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ〜」と植木等のように歌ったら、たとえ上司がその通りと納得していても、一応、叱られるだろう。
効率化、ハイテク化が進むにつれ、労働の場から歌は消えていった。歌を失った我々は、代わりに仕事帰りにカラオケに通うこととなった。カラオケこそ田植え歌の嫡流だ。だから、手ぬぐいの代わりにネクタイを頭に巻いて歌うのだ。