自粛解禁。先月、1年8カ月ぶりにハワイを離れ、カリフォルニアへ行った。ナパでワイン畑を訪問し、カーボン・ファーミングを見学した。堆肥を積極的に使い、かつ不耕起にして、炭素を土壌に戻す農法。耕すと地中に埋めた炭素が地表に露出して二酸化炭素として蒸発してしまう。この農法は、炭素を土壌中に貯めて温暖化対策になるという触れ込み。実際に、付近の土は少し茶色がかっているが、ワイン畑の中はフカフカで黒い(腐植が多い証拠)。土を大切にしている印象を受けた。
植物は光合成で空気中の二酸化炭素を取り込んで根や枝や葉などの組織を作る。その死骸(堆肥)がある程度分解した段階で土壌に残ったのが腐植。つまり、炭素の塊。ただし、3億年前の石炭紀には木材を分解する菌類がいなかったので、森林の樹木が石炭となり地中へ炭素を大量に固定したが、現代の農地や森林では細菌類が有機物を分解して、地表の炭素の99%は大気中へ蒸発し、土壌中に残るのは1%以下。しかし、1%とて馬鹿にはできない。地球全体の土壌中には大気の3倍もの炭素が腐植として存在しているそうだ。
さて、うちの畑はコーヒーの木が列に並んで植えてある。最初の数年は各列の両端の木の生育は悪かった。端の木は隣に木がないので太陽光を多く浴びる。コーヒーの木は直射日光が苦手。葉が黄色くなり収穫量も少なかった。困った問題だった。ところが、ここ数年は端の木の生育が非常に良い。むしろ、各列の端の数本は、畑の中央部分よりも収穫が多い。不思議なこともあるものだ。
2つ理由が考えられる。まず第一に、数年前にキラウェア火山の噴火が止まって以来、コナは雨が多い。日光が柔らかくなったことが原因ではなかろうか。(ただし、先月、再び噴火が始まり雨量が減った。)
第二に、土壌中の炭素量。うちの畑は2年ごとに木を膝の高さでカットバック(剪定)する。切った枝葉を畑の端の通路脇に積み上げ、粉砕機で細かく粉砕し畑に撒くが、そんなに遠くまでは飛ばせないので、どうしても列の端の方に集中する。それら枝葉は1年で昆虫や細菌類に分解されてなくなるが、1%ぐらいは腐植として土壌中に残る。よって、列の端の方の土壌は腐植が多いと推測される。
土壌中に腐植が多いと、土は団粒構造をなし、コロコロ、ネバネバ、柔らかくなる。水はけが良いうえに、保水力が高まる。また、栄養分を蓄える力も増す。つまり、腐植が多い土は肥えている。これが、列の端の木の生育が良好な理由ではなかろうか。
コナは日本と同じで火山灰土壌(黒ぼく土)。火山灰土壌はアロフェン粘土が腐植を強く吸着するため、他の土壌の何倍、何十倍も腐植が多い。だが、同時に、アロフェン粘土は植物に必須のリン酸も強く結合するので、植物の根がリン酸を吸収できない。火山灰土壌が不良土とされる所以だ。しかし、腐植が多ければ植物の根はある程度は腐植からリン酸を吸収できる。だから、腐植が多いほど土は肥える。炭素は宝。
この畑は溶岩だらけだったが、ひとたび雑草(芝)が覆うと、ほんの10年で地表は黒く粘り気のある火山灰土壌で覆われた。常夏のコナは雑草が元気。ナパの10倍は生える。通常、高温多湿の熱帯では、有機物はすぐに分解・蒸発し、土壌は枯れるが、コナは火山灰土壌の粘土が有機物を蒸発する前に腐植の形でガッチリつかみ取る。土壌は地質学的な年代を経て形成されるが、ここの火山灰土壌は驚くべき速さで成長し、炭素を固定した。
コナコーヒー畑は腐植が豊富。コナコーヒーこそがカーボン・ファーミングを名乗るのにふさわしいかもしれない。しかし、話はそう単純ではない(来月号に続く)。