コーヒーの収穫が始まった。コーヒー畑にはみかんやオレンジが植えてある。柑橘類の収穫時期はコーヒーと重なる。この時期、朝は自家製の新豆コーヒーと、もぎたて絞りたてのオレンジジュースが並ぶ。実に贅沢な気分の朝食だ。
今年のノーベル経済学賞を受賞したEugene Fama教授の金融理論に効率的市場仮説がある。株式などの金融市場は多くの参加者の競争により、情報がいち早く価格に反映される。過去の価格の情報(罫線・チャート分析)や企業の公開情報(ファンダメンタルズ分析)は、既に現在の価格に織り込み済みで、将来の株価を予想する役には立たないとされる。なかなか儲からない訳だ。Fama教授はさらに「強度の効率的市場」を想定した。そこでは非公開情報(インサイダー情報)も、価格に織り込み済みで、インサイダー情報を用いても将来の株価を予想できない。さすがに、これは実証分析で否定され、現実の世界はこれほどには効率的ではないとされる。
ところが、私のYale大学MBA時代の恩師のStephen Ross教授が、好んで用いる「強度の効率的市場」の例外的な実証例にオレンジ相場がある。オレンジジュースの元になるオレンジの相場はフロリダ州オーランドの気候に左右される。そのオレンジ相場は気象庁の天気予報よりも正確にオーランドの天気を予想するという。つまりオレンジ相場は、市場には出ていないインサイダー情報(この場合は公開されていない天気予報)すら、織り込み済みという驚異的な具体例だ。
さて、コナの冬は乾季。コーヒーの木は成長を止める。枝は乾き、葉は黄色くなる。今にも枯れそうに見える。やがて、春になると、雨が戻ってくる。木の組織中の水分量が増えて、木は元気を取り戻したように見える。すると白い花が咲く。花はジャスミンの様な香りがする。満開時には畑が真っ白に見えるので、コナスノー(コナの雪)と呼ばれる。だから、春になると雨が待ち遠しい。
ところが、先日、地元の友人から面白いことを聞いた。彼によると、雨が降るから花が咲くのは確かだが、花が咲くと雨が降ることもある。コーヒーの木は気温や湿度の変化などさまざまな情報を感じ取り、もうすぐ雨が降ることを察知し、準備している。時には雨に先んじて花を咲かせ、雨はその後、遅れを取り戻すように降ってくるというのが彼の考え。自然界の虫や植物には人知を超えた能力があるというのが彼の持論だ。私は彼の観察力に感銘した。コーヒーの花は天気予報よりも正確に雨を予想して、もし、コナコーヒーの先物市場が存在すれば、「強度の効率的市場」の具体例になりそうだ。
そこで思い出したのが前述のオレンジ相場。私の義兄にカナダの気象予報官がいる。彼にオレンジ相場の話をしたら、オレンジ業界の人が、民間の気象学者を雇って、天気を予想しているに違いないとの答えを得た。特定の地域に注力すれば、広く全国的に天候を分析する気象庁よりも、正確に予報することは可能だそうだ。しかし、それでは面白くない。私は人知を超えた植物の能力を持ち出し、人よりも先に、オレンジの木自身が気象状況を感じ取り木や実の状態を変化させていて、それが先物相場に反映されているのではないかと、食い下がってみた。しかし、義兄は、農業の人はよくそういう話をするが、それはありえないと取り合ってくれない。確かに、現在では天候を対象に取引する金融商品まで存在し、天気予報よりも正確に広範囲にわたって天気を予想できれば、大金持ちになれる。しかし、オレンジやコーヒーの方が人より賢く、効率的な市場を構築できるというのはちょっとロマンのある話だと思うのだが。証明したら、ノーベル賞が取れるかも。