この夏、ドイツへ行ってきた。街角や駅の売店で飲む普通のコーヒーの質が高い。さすが、コーヒー文化の根付いた国。なにせ1683年にオスマン帝国がウィーン包囲の際にもたらして以来だそうだ。日本や米国より遥かにコーヒーの歴史は長い。スペシャリティーコーヒーの店も良い豆をそろえていて美味しい。だが、コナやブルーマウンテンは見かけなかった。コナは近年の害虫被害による品薄で入手困難になったそうだ。
一方のブルーマウンテンはコナと並んで今でも主にティピカ種を生産している産地。このブルーマウンテンはドイツと同様で米国にもない。コーヒーショップの人でもその名を知らない人さえいる。ある友人など「いや、俺は一度だけNYの専門店で見た」と自慢する。隣国ジャマイカのコーヒーだが、ほとんどを日本が買い取るので、米国には回ってこない。世界の市場から隔絶され、日本で価格形成がなされる珍しいコーヒーだ。
もう一つ、米国にないのはアメリカンコーヒー。日本でのみの呼称で米国では通じない。日本でもその定義は曖昧。浅く焙煎したコーヒーのことをアメリカンとする説がある。また、薄めに淹れたコーヒー、あるいは、お湯で薄めたコーヒーという説もある。カフェ・アメリカーノなら米国にも存在する。エスプレッソをお湯で割ったもの。しかし、日本のアメリカンとは違う。
米国にはアメリカンコーヒーはないが、まずいコーヒーならある。米国人が慣れ親しんだロバスタ種のコーヒーだ。嗜好品は人それぞれで、これをお好みの方には申し訳ないが、私にはまずい。世界中の消費者はアラビカ種を飲む。安いロバスタ種は缶コーヒー、インスタントコーヒーの原料となる。なんと米国人はそのロバスタ種をドリップして飲む。
私は在米27年。米国にはお世話になった。偉大な国だと思う。私のような移民にも寛容だ。その上なぜか、まずい食べ物にも寛容で慈悲深い。一般家庭では大きな缶に入った挽いたロバスタ種を買って飲む。安いがまずい。レストランや外食チェーン店でもこれを使う。渡米当初はビックリしたが、周りのお客は平気だ。
ロバスタ種は深煎りだと焦げて飲めないので、浅煎りとなる。推測するに、戦後、日本人駐在員が米国人の飲むこの不思議なコーヒーを帰国後に再現しようと、浅煎りにしたり、お湯で割ってみたり工夫したのが日本のアメリカンコーヒーの始まりではなかろうか。ちなみに、日本のアメリカンは米国の一般コーヒー(ロバスタ)よりもずっと美味しい。
その後、登場したのがスターバックスである。同社は、少なくとも創業初期は、深煎りのアラビカ種を米国に根付かせることを使命としており、ヨーロッパ人はロバスタ種を飲まないことを米国人に知らしめた。爆発的にヒットして、会社は急成長した。
アラビカ種を浸透させたスターバックスの功績は大きいが、深煎り一辺倒なのはいかがなものか。アラビカ種は深煎りも良いが、浅煎り(ミディアム)の方が豆の特徴が分かり易い。だから、カッピングもミディアムで行われる。スペシャリティーコーヒーを楽しむには浅煎りもお試しいただきたい。
NY時代、部下と有名ドーナッツ店に入ったら、ロバスタ種が出た。驚いたことに部下は「コーヒーはこれでなくっちゃ」と嬉しそうに飲み、スタバのコーヒーを嘆いた。子供の頃からロバスタ種に慣れ親しんだのだろう。一方、先日うちの畑のとっておきの豆を浅煎りにして米国の富豪の集まりに出した。すると、「これはコーヒーではない。なぜならスターバックスはこんな味がしない」との批評を受けた。とほほ。
振り子がロバスタ種からスタバの深煎りへ振り切っている。