一日の収獲量が少なく、ウェットミルに持っていく程の量がない日は、試験的に自宅の前で皮付きのまま乾燥させる。いわゆるナチュラル製法。昨年そうして試作したナチュラルを伊勢丹の催事に出展したところ好評だったので、今年も少しづつ作り溜めている。
コナでは水洗式が一般的。収穫したコーヒーの実は皮と果肉を取り除いてから乾かす。一方、乾燥した地域、水が貴重な地域、皮むき機械のない地域などは、皮をむかずに乾燥させる。非水洗式あるいはナチュラルと呼ばれる。
一般的に水洗式の方が非水洗式・ナチュラルよりも良質とされる。実際にコーヒーの先物市場でも、水洗式の方がナチュラルよりも高い値段で取引される。
しかし、ナチュラルの独特の風合いにファンは多い。Qグレーダー(コーヒーの鑑定士)の資格試験では、酢酸、リンゴ酸、クエン酸、リン酸など、コーヒーに重要な種々の酸を官能する試験がある。リンゴ酸とクエン酸とリン酸は最初から豆に存在するが、酢酸は本来はコーヒーの果実の中にはなく、収穫後の精製の段階で発酵により発生する。ナチュラルに特徴的な酸だ。Qグレーダーは少量の酢酸には好ましい評価をする。
ところが、私はナチュラルは発酵臭が気になって苦手だ。嗅覚は脳の中で記憶と繋がっている。コーヒーは収穫した瞬間から猛烈な勢いで発酵し始める。収穫前ですら、雨が続くと過熟した実は枝に付いたまま発酵する。我々コーヒー農家は発酵と闘いながら収穫や精製作業をしているので、コーヒーカップの中から果皮・果肉の発酵した臭いがすると、闘っている記憶と重なり、生理的に受け付けない。この臭いとセットで現れる酢酸も同様に不得手だ。私の周りのコーヒー農家にはそういう人が多い。
一方、生産者以外のコーヒー業界の人々、あるいは消費者は、脳にこの刷り込みがない。この種の発酵臭を不快に感じないし、多くの人が発酵臭とさえ認識しないのだろう。(一般にコーヒーの発酵臭というと、これではなく、もっと強烈な異臭をさす。)そして、わずかに感じる酢酸を好ましいと判断するのだろう。
発酵の具合がナチュラルの善し悪しを決めるという見方があるが、私はナチュラルの真価は発酵にあらずと考える。(詳細は別の機会に論じたい。)ちなみに、「ナチュラルやパルプト・ナチュラルでは、乾燥中に、果肉の糖分が豆に移り、豆の甘みが増す」との解説がコーヒー業界内に根強くあるが、あれは間違い。収穫後、豆は根や葉などのポンプから切り離されるので、水の循環は経たれる。糖分は移動できない。
巷に溢れる発酵臭のするナチュラルに不満なので、発酵臭の少ないナチュラルを自分で作ってみようと試行錯誤している。ところがコナは収穫時期にも雨が降るので、うまく乾燥させるのは難しい。やはり、ナチュラルはブラジルのように収穫期に雨がほとんど降らない地域で作るものであって、気候が全然違うコナでは勝手が違う。
そこで一計。コナの畑はフアラライ山の中腹にある。山の中腹は雨が多いが、車で10分降りた海沿いは雨が少なく乾燥している。ここに屋根付きの温室を借りた。ここならばブラジルと同じようにカラッと乾かすことができる。我ながら妙案だ。
ところが、12月は異常なほどに雨が続いた。海岸沿いまで連日の雨。雨の中、寒さに震えながら丸一日かけて摘んだコーヒーの実100キロをその温室で乾かしたところ、1割以上が見事にカビた。大失敗。発酵臭とカビ臭がてんこ盛りの恐れがある。ひょっとして運が良ければ、モカっぽいものができるかもしれないが、私の求めるものとは違う。残念ながら100キロ分は全部廃棄。コナでナチュラルを作るのは前途多難だ。