先月はコナの日系人が訛っていると書いた。本当に訛っている。うちの妻はバイリンガルで英語のネイティブだが、彼女でさえ、最初は彼らが何を言っているのか分からないことがあった。“How are you?”の代わりの“Picking coffee?”(コーヒーを摘んでいますか?)というコナ特有の挨拶にしても、2単語しかないのに訛っている。疑問文なのに語尾が下がるハワイ独特のイントネーション。映画評論家の小森和子の「モアベター(more better)」は、比較級の重複で文法的に誤りだが、ハワイでは、普通に使われている。ただし、日本人の英語と同様、語尾のRは発音しないのでMo Bettah(モーベタ)となる。
日本に行くと、ハワイからの観光客をたまに見かける。東京駅の雑踏で、すれ違っただけで、そのイントネーションからハワイの人だとすぐに判る。「ふるさとの訛りなつかし停車場の…」の石川啄木ではないが、ちょっと嬉しい。
かつて、私は純国内派の銀行員として日本で働いていた。27歳の時にMBA留学を命じられた。それまで海外旅行も経験なく、27歳で初めて飛行機に乗り、アメリカへ渡った。しかし、いかんせん勉強を始めたのが遅すぎて、英語は全く身に付かなかった。それでも、それ以来24年もアメリカに住み続けているのだから、いい加減なものだ。
テレビは日本語放送しか見ない。映画は、ほとんど会話が聞き取れないので、めったに行かない。例外的に、2011年のアカデミー賞を総なめにした「アーティスト」は無声映画なので見に行った。なるほどこれなら理解できたと満足して帰宅し、映画の感想を語っていると、妻が「主人公がフランス人だったからなんだね」と言った。「えっ?フランス人なの?」と私。実は、全編サイレントだが、ラストシーンで主人公が”With pleasure”(喜んで)と唯一、声を発する。それがフランス語訛りなので、観衆は「ああ、そうだったのか」と納得するという落ちらしい。台詞は全編通じて、この2単語しかないのに、映画の最も重要なトリックが理解できなかったのでひどくがっかりした。
そんな私でも、”Picking coffee?”は、たった2単語でも、すぐにハワイ訛りだと分かる。外国人のフランス語訛より際立っているから強烈だ。そんな人々と暮らすと、つい私もハワイ訛を真似してしゃべろうとするものだから、妻は大阪弁の変な外人みたいだから、やめてくれと文句を言う。ハワイ訛をマスターする道は遠い。
テレビで育った世代は標準英語を使い分けできるが、仲間内ではハワイ訛だ。ハワイ出身のオバマ大統領は演説の名手。しかし、彼もハワイで幼馴染と会うと、日本語に訳すと「ホワイドハウスはつがれるべな。ゴルフいぐべー」てな具合に話しているに違いない。会ったことないけど、そうだと思う。アグネスラムだってウォーリー与那嶺だって灰田勝彦だってみんな訛っていたに違いない。
さて、コナコーヒーといえば、クリーンですっきり、際立つ甘い酸味が特徴だ。飲んだときに、歯のエナメルがキュッキュッと音がするのではないかと思うくらい酸味が強い。これがコーヒーの世界でのコナ訛なのかもしれない。ところが、昨年の私の畑の豆は、例年に比べて酸味が少なく、その代わり甘みが非常に強かった。それはそれで美味しいのだが、やはり、コナ訛をマスターする道は遠いのか。
本当にコナは訛っているのだろうか。コナはティピカというコーヒーの原種に最も近い品種を守っている。栽培に手間の掛かるティピカは、他の産地では次々と姿を消し、味を犠牲にして、生産効率の良い品種改良種を栽培している。原種に一番近いコナがコーヒーの標準語で、世界中の他の産地が訛っているといえるかも知れない。確かにティピカのウォッシュトはコーヒーの香味の基本だ。